第十二話 「初仕事」
ギルドカードを受け取る為、俺は一階のカウンターへと足を運ぶ。
ちなみに食堂を出てからずっと、一定の距離を保ちつつ、三人が俺の後を付いて来ている。
なんだか無言の圧力を感じるな。
窓口で昨日受け取った書類を提出し、ギルドカードを受け取った。
ポケットに入っていたカードと似ているが、こちらは全体的に白い色をしている。
ついでに、手持ちの八万数千ガルドを口座に預金しておいた。
この国ではギルドカードを利用した電子マネーが主流だからな。
……魔力で認証してるから、魔力マネーと言うべきか?
まあ、何でもいいか。
ちなみに銀行業務は冒険者ギルドの他、商人ギルドや農業組合などでも、同じギルドカードで利用出来るそうだ。
しばらくアグウェルから引っ越す予定はないが、他の町でお世話になるかも知れないので覚えておこう。
「成人指定の仕事も請けられるんですか?」
「問題ありません。昨日の魔力測定でイズミ様の年齢は確認済みです」
「なっ……年齢まで分かるのか!?」
「はい。お若く見えますので少々驚きました」
若く見えると言われても嬉しい歳ではない。
それにマリアほどじゃないだろう。
しかし、あの双眼鏡もどきを覗くだけで、年齢まで測定出来るとは思わなかった。
「パーティを組んで仕事を請けたい時は?」
「全員で一緒に受付に来て頂ければ大丈夫です。
人数制限は仕事によって異なりますので、依頼書をご確認下さい」
「なるほど。ありがとうございます」
どうやらハンス達とパーティを組むのは問題無さそうだ。
後は俺の気持ち次第か。
「おかえりなさい!」
待合所で俺を待っている三人の元に戻ると、ニコが期待に溢れた表情で駆け寄ってきた。
「ギルドカードは作ったし、年齢もクリアしてるけど、俺は戦闘はド素人だぞ」
「問題ない。戦闘は俺がやる。
その短剣でニコと一緒に、後ろで援護してくれればいい」
実力は分からないが、自信はあるようだ。
俺は仮初の保護者で、実質的なリーダーはハンス。
悪くない。
ラルフから買った魔法道具については、マリアから聞いたのだろう。
「ちなみにニコは何が出来るんだ?」
「ボク? 一番得意なのは治癒魔術かな。
指先くらいなら無くなっても再生出来るよ」
「試してみるか?」
「待て待て待て」
ハンスが腰の剣に手を充てて、物騒な事を訊いてくる。
まだ少し、今朝の事を引き摺っているんじゃないか?
「大丈夫。先っちょだけだから」
「先っちょだけでも嫌だよ!」
視線を逸らすとマリアが頬を染めつつ、こちらを見つめていた。
あれは絶対に勘違いしてるな。
「他にも土と風の魔術が使えるよ」
「ほう」
ニコは万能型の魔術士か。
何より、話を逸らしてくれたのがありがたい。
空気の読める良い子だ。
「こんな感じ。
万物の霊長たるニコラ・ティールスの名のもとに。
風よ! 我が心に応えよ! 微風魔術」
詠唱が終わると同時に、待合所の中に風が渦巻いた。
風がマリアのスカートを翻し、水色と白のストライプが垣間見える。
威力を調整しているのか、物が吹き飛ぶような事はなかった。
「今日は縞パンか」
縞パンは二十一世紀の日本独自の物と思っていたので、異世界にも存在した事に少し感動する。
「白の契約者、マリア・ヴィーゼの名のもとに命ずる」
俺が異世界と日本の意外な共通点に思いを馳せていると、何だか聞いた事のある詠唱が聞こえてきた。
「その変態をぶちのめしなさい! 召喚!」
「ちょ、痛い痛い! 血が! 血がーっ!」
マリアの詠唱により召喚された柴犬が、俺の足に噛み付いてくる。
犬歯が深く食い込み、俺の足が真っ赤に染まる。
これにより、一時的に立ち上がれなくなる程の怪我を負ったが、ニコの治癒魔術により傷は瞬く間に完治した。
ちなみに、スカートを捲ったのは俺じゃないと意思表示してみたが、『ニコちゃんはいいのよ』と、俺だけが悪者にされた。
なんだか理不尽だと思ったが、昨日の行いのせいだな。
自業自得なので反省します。
何にせよ、結果的にニコの実力も知る事が出来た。
野生動物討伐は不安だったが、この兄弟と一緒なら安心だ。
俺は二人とパーティを組み、初仕事を受ける事を決意した。
◆◆◆◆
俺とニコとハンスの三人でパーティを組み、仕事の登録を済ませる。
請け負った依頼は畑を荒らす野生動物の討伐。
農業組合からの依頼で、代表の農家に伺って詳しい話を聞く事となった。
ギルドから依頼主への連絡の後で伺う事になるので、実際の仕事始めは明日だ。
そのまま、夕方まで冒険者ギルドの待合所で雑談をして過ごした。
これから一緒に仕事をする仲間達と親睦を深めておきたいと言う、俺の意思を皆が尊重してくれた結果である。
危うく、元の世界の事を話しそうになったが、マリアが軌道修正してくれた。
もっとも、それから話題の中心が俺のセクハラ行為に関する事になったので複雑な気分だ。
だが、お陰様で一日でかなり打ち解けた気がする。
◆◆◆◆
そのまま四人仲良く寮に帰宅して、夕食を摂る。
食事の時間にて、アリスに明日からの仕事の事を伝えておいた。
「あらあら、寂しくなりますねぇ。
マリアちゃん、明日はお姉さんと一緒に寝ませんか?」
「何言ってんのよ。一人で寝るわ」
「くすん、お姉さん振られちゃいました」
「それ意味分かんないからっ」
寂しいと言いつつもマリアを弄る余裕を見せている。
こう見えてもアリスは寮長だ。
留守を任せても問題ないだろう。
食事が終わると、屋上に干していた洗濯物を取り込み、部屋で一人の時間を過ごす。
時計の針が九時を過ぎるのを確認してからバスルームに入った。
脱衣所の鏡を見て金髪になっていた事を思い出したが、今のところ何も問題は起きてないので気にしない事にする。
寮のバスユニットは自宅の風呂よりも一回り大きい。
今は住人が少ないら基本的に一人風呂になるが、三人くらいなら一緒に入れそうだ。
温めのお湯に浸かり疲れを癒やした後は、部屋で魔力の使い方の練習をする。
練習と言っても、ドアの鍵の開閉を繰り返すだけだが、しばらく繰り返す内に何となくコツが掴めてきた。
これで明日は足手まといにならずに済むと良いのだが……。
異世界での初仕事に期待と不安を感じながら、俺はベッドで浅い眠りにつくのであった。
◆◆◆◆
翌朝、謎の声にうなされる事もなく自然と目を覚ます。
昨日のアレは夢だったのだろうか。
食事を済ませた後、身支度をして三人で冒険者ギルドへ向かう。
身支度と言ってもギルドカードと武器の短剣、それにアリスの淹れてくれたデパティを入れた水筒くらいか。
腰のホルダーに【フェアトラーク】のデッキもセットしてある。
俺は符術士ではないので意味はない。
これは気持ちの問題、お守りのようなものだ。
◆◆◆◆
俺たちが冒険者ギルドに着くと、しばらくして依頼主を名乗る初老の男がやって来た。
「初めまして。
農業組合の代表として参りました。
ゼップと申しますじゃ」
「一応、パーティのリーダーとなるユーヤ・イズミです」
「ボクはニコラ・ティールス」
「ハンス・ティールス」
「お前らもっと礼儀正しい挨拶をしろよ」
「いやいや、お気になさらずに。
それにしても、皆さん随分お若いですな」
「大事なのは年齢じゃない。実力だ」
「ほう、大層な自信ですな」
ゼップと名乗る初老の男は、俺たちを見て訝しげな表情をしていた。
若造ばかりの三人組だから仕方のない事だろう。
つーか、ハンスは言葉遣いを何とかして欲しい。
◆◆◆◆
自己紹介を終えた所で目的地に向かう。
町を出て徒歩で約一時間の道程だ。
町から離れるに連れ、背景に畑が多くなっていく。
目的地に到着する頃には辺り一面が麦畑で囲まれていた。
「この辺りですじゃ」
道中とは異なり、この辺りの麦畑は所々で穂が倒れている。
これが野生動物による被害なのだろう。
「幾つか罠を仕掛けてますが、残念ながら効果が薄くての。
奴らは夜行性なので、日が沈んでからが勝負時じゃ」
「分かりました」
決戦は夜。
それまでに辺りを調べて地理を頭に叩き込んでおこう。
ゼップから罠の場所を聞き、被害に遭った畑を観察する。
近くで見ると、踏み倒されているのではなく、根本が掘り起こされた為、倒れているのが分かる。
倒れている穂の幅から推測して、人間より一回り大きい野生動物の仕業だろうと聞かされた。
一昨日、俺を襲った奴よりもデカいのか。
少し怖いな。
◆◆◆◆
ゼップの家の一室を借りて日が暮れるのを待つ。
賄いで焼きたてのパンを貰った。
畑で採れた小麦から作られているらしい。
この美味しいパンを守る為、頑張ろう。
◆◆◆◆
「皆さん、そろそろお願い致しますのじゃ」
太陽が沈んでから二時間程経過した所で行動開始。
時計の針は九時を示そうとしていた。
随分と長く待たされたものだ。
作戦は単純だ。
目標を発見したら、俺の魔法道具とニコの魔術で牽制をかけ、その隙に近付いたハンスが一撃で仕留める。
もし誰かが怪我を負ったらニコが回復。
ニコがやられる事だけは避けなければならないが、後衛に徹すれば大丈夫だろう。
後はハンスの実力次第だが、本人が一撃で仕留めると言っているのだから、その自信を信じる事にした。