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第百十話 「強襲」

 味方だと思っていたメイドたちの攻撃よって、目の前で王女が殺害された。


「嘘……だろ?」


 亡霊(ゲシュペンスト)をも断つ事の出来る魔法道具(マジックアイテム)で攻撃されれば符術士であっても無事ではすまない。

 新しく入手したカードや、ジャスティス達の怪しい行動に気を取られていたとは言え、取り返しの付かない大失態を犯してしまった。


「手応えはありまして?」

「いえ、かすっただけですわ」


 今、なんて言った?

 かすっただけ……なら、ロッテはまだ無事かも知れない。


「ミスティ! 魔法を使ってもいい。ロッテを助け出すんだ!」

「うん! ふぇ? わわわっ!」


 露出狂の脚から手を離し、魔法のステッキを取り出すミスティ。

 だが、それよりも速く、彼女の上に黒い塊が投げ落とされる。

自身の体長と同じくらいの大きさのそれを両手で受け取り、ミスティはその場に尻餅をついた。


「大丈夫か?」

「うん。ロッテちゃんもブジだよ。ほら」


 ミスティの腕の中から綺麗な金髪の少女が姿を見せる。

 先程、彼女が受け止めたのはエプロンドレスに包まれたロッテだった。

 意識は失っているがケガはないように見える。

 しかし何故……?

 ロッテに危害を加えるのが目的じゃなかったのか?


「お友達の事は任せましたわよ」


 メイドの足元から小動物が飛び出し、下着姿の少女と巨大な鉈を掲げたメイドが後を追う。

 真っ白な毛並みと長い尻尾を持つそれは、日常生活でもよく見かけるありふれた動物だ。


「なんだ。ただの猫かよ」


 蹴りと斧を紙一重で躱しながら、真っ直ぐに走り去る白猫。

 そして白猫は地面に転がっていた立方体━━俺とジャスティスの召喚戦闘を中断させた忌々しい魔法道具だ━━に爪を立てる。

 と同時に白猫の身体が大きく横に吹っ飛んだ。

 耳をつんざくような乾いた音が響き渡り、白猫はピクリとも動かなくなった。

 音のした方へ振り返ると、ジャスティスが両手でハンドガンを構え、真剣な眼差しで白猫の遺体を見つめていた。


「あれが軍の秘密兵器ですの? 若様のご友人が持っていた物と似てますわね」

「上級魔術並の射程と威力……なのに詠唱が必要ないなんて恐ろしいですわ」


 白猫を追っていたメイドたちは、初めて目にする銃の威力に驚きを隠せないでいるようだ。

 もっとも俺は、彼らの行動に対して別の感情を抱いていた。


「おいおい、たかが猫相手にやり過ぎだろ」

「猫? ……おかしいわね。十年前の惨劇以来、この町(マウル)には虫一匹すら生息していないって話よ」

「そうなのか? でも━━」


 マウルに来た時の事を思い返す。

 ジャスティスに連れられて来た時に出会ったのは……

 虚無の魔王、《霊騎士ガイスト》を始めとする実体化した俺のユニット、《光の魔女 ライラ》、ニートのおっさん。

 マリアと一緒に来た時に出会ったのはガイストの他にはジャスティス達だけだ。

 確かに普通の動物を見た記憶はない。


「あれは野生動物(モンスター)だよ。ユーヤくん。

 しかも、最強と呼ばれるグレーナー家のメイド達の攻撃を軽々と躱すような強敵だ」


 リックが俺の隣に立っていた。

 珍しく真剣な眼差しで、右手を腰の剣に添えている。


「軽々と躱すって言っても、猫なんだからすばしっこいのは普通じゃないか?」

「見て! さっきの猫が」


 猫の身体が霧のようになって溶けていく。

 瞬く間に霧は空気と同化し、騒動の主である猫は姿を消した。

 三発の銃弾とジャスティスの魔法道具がその場に残る。

 以前と少し違うのは魔法道具の形が立方体ではなくなっている事だ。

 猫が爪をたてた辺りがスプーンで抉ったかのように欠けている。


「まずい! 下がるんだ!」

「はいっ!」

「かしこまりました」


 リックが叫び、メイド達が後ろへと飛び退く。

 再び霧が集まり、真っ白な猫が姿を現す。

 いや、猫ではない。

 猫科ではあるが、虎とか豹のような……もっと大型の猛獣に見える。

 特徴的なのは、顔のパーツが存在しない事だ。

 敵を噛み砕く為の大きな口と牙はあるが、目と鼻がない。

 その姿は《(ダーク)(ロード)(・オブ)(・ヴァ)(ニタス)》が召喚(コール)した無属性のユニットにそっくりだ。


「うわああぁっ! た、たす━━」


 猛獣が近くに居た兵士に襲い掛かった。

 すかさずジャスティスが銃弾を放つ。

 だが、身体に銃弾を浴びても猛獣の勢いは止まらない。

 鋭い牙に身体を貫かれ、兵士は命を落とした。

 彼の遺体に流血はなく、噛まれた部分がぽっかりと消失している。


「嘘……あれって」

「間違いない。消去(イレース)だ」


 疑問が確信へと変わった。

 あの猛獣は虚無の魔王が送り込んだ刺客だ。


「なるほど。先程の小動物は結界を破壊する為の特攻兵でしたか」

「ひいぃっ!」

「こ、こっちに来るなぁっ!」


 猛獣は攻撃を仕掛けてきたジャスティスを敵と定めたようだ。

 ジャスティスは上体を反らして飛び掛かる猛獣を躱す。

 彼の後ろにいた符術士たちが悲鳴をあげた。


「落ち着きなさい。

 あなた達の纏っている神の鎧は亡霊の攻撃を無効化出来ます。

 英霊を召喚して敵を倒すのです!」

「そうか! 召喚!」

「わ、わしも……召喚!」

「召喚!」


 符術士たちが次々と相棒(クンペル)を召喚する。

 小さなドラゴン、片目の狼、白装束を纏った鬼、覆面レスラー、バイクに乗ったヒーロー……。

 召喚された英霊(ユニット)の姿は千差万別だ。

 強力な戦闘力を有するユニットたちが一斉に猛獣に飛び掛かる。

 しかし、ユニットたちは猛獣にかすり傷ひとつ付ける事なく姿を消した。

 それも当然だ。

 どれだけ強力なユニットでも、牙や爪が少しかすっただけで消去されてしまうのでは勝負にならない。


「わ、私の相棒が……」

「もうダメだーっ!」


 瞬く間にユニットを壊滅させた猛獣は符術士たちに狙いを定めたようだ。

 猛獣は逃げ惑う符術士の背に容赦なく爪をたてる。

 攻撃を受けた者たちは、能力によって特殊な鎧もろとも消去させられていく。

 このままでは全滅も時間の問題だろう。


「俺たちも……加勢するか」

「本気かい? 彼らはキミを殺そうとしたんだよ」

「そんな事を気にしている場合じゃないだろ」

「なら、僕も腹をくくろう」

「ミスティはますたーの言うとおりにするよ」

「勝算はあるの?」

「勝算……か」


 口には出さないが、勝算なんてこれっぽっちもない。

 一度対峙したあの時以来、俺は召喚戦闘(カードゲーム)で虚無の魔王に勝利する方法を模索している。

 だが、リアルファイトで戦う事は全く想定していなかった。


「手助けは必要ありません! 英霊解放(レボリューション)!」


 ジャスティスの背中に一枚の天使の翼が出現した。

 相棒《片翼の天使長(伝説の初代センター)MIKA》の魂をその身に宿す事で、彼は驚異的な身体能力を得る事が出来る。

 変化は翼だけに留まらない。

 彼の全身が光輝き、ハンドガンがマイクスタンドへと変化した。

 続いて鎧がチェック柄を基調としたアイドル衣装へと変化する。

 短めのプリーツスカートからすね毛だらけの足が露わになる。


「げっ! なによアイツ、女装癖まであったの!?」

「きれいなおようふくー!」

「ミスティ、見ちゃダメよ」


 本人が好きでやっているかは分からないが、見た目は完全に変態だった。

 だが、敵を引きつける事には成功したようだ。

 猛獣がジャスティスに牙を剥く。

 ジャスティスはそれを避ける素振りも見せず、マイクスタンドでガッチリと受け止めた。

 しかし、牙に触れたが最後。

 マイクスタンドは消去……されていない!?


「甘く見ないで頂きたい。

 私の相棒は南カトリアで唯一であるLv4の英霊。

 亡霊ごときが傷を付ける事など不可能です!」


 ジャスティスの身体が輝きを増した。

 スカートにはフリル、首にはハート型のネックレス、頭には薔薇を象った髪飾り。

 様々な装飾が施され、ジャスティスの衣装は可愛さを増して行く。


「もういい! 止めるんだ! ジャスティス!」

「ご心配は無用です」


 違うんだ……俺はお前の身の安全を心配してるんじゃないんだ。

 細マッチョの青年が可愛らしいアイドル衣装を着ているのが痛々しくて見てられないんだよ。


「本気で私たちを倒すつもりなら、敵が一体だけなのが腑に落ちません。はぁっ!」


 マイクスタンドに喰らいついている猛獣の腹部に蹴りをお見舞いする。

 直撃を受けた猛獣は十メートルほど後方へ吹っ飛んだ。

 攻撃よりも、すね毛だらけの太腿の付け根からチラっと垣間見えた紫色のレースの布地が印象深かった。


「うわぁ……下着まで女物になってる。引くわ~」

「私の推測ですが、これは陽動でしょう。

 ここは私に任せて、あなたは一刻も早くアグウェルへ向かいなさい!」

「うん、そうさせてもらうわ。じゃあな」


 孤独に戦い続ける変態を背に、俺たちはマウルを後にした。

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