第百九話 「禁止カードと露出狂」
ウィザード アンド クリーチャーズ。
俺が中学生の頃に遊んでいたTCGであり、こちらの世界に来てからは魔術の代用品として使用している。
それがジャスティスから譲り受けたアタッシュケースの中にあるなんて……。
だが、何故ここにウィザクリのカードがあるんだ?
かなりの確率で、このアタッシュケースは俺の旧友である佐々木さんの物だ。
しかし、佐々木さんはウィザクリをプレイした事はない。
おそらく、このカードの元の持ち主は彼ではないと思われる。
「ユーヤの使う不思議な魔符に似てるわね」
「あぁ、俺が使ってる魔法カードと同じ種類の物だ」
「どこかで見た気がしましたが、そこにありましたか」
そう言えば、ジャスティスはウィザクリのカードを見てスケッチをしていたな。
あの行動はこのカードが記憶の隅に残っていたから行ったのか。
「で、その魔符があれば、どんな魔術を使えるの?」
「ちょっと待ってろ。今、確認する」
元の持ち主が誰であろうが関係ないか。
このカードは俺の物になったんだ。
これが流星群や黒洞などの強力な魔法カードなら、虚無の魔王との戦闘でも役立つかも知れない。
手に持ったカードを裏返す。
枠の色は緑ではなく茶色……クリーチャーカードか。
「《同族 殺しの七星龍》」
墓地の枚数が七枚ピッタリの時にのみ手札から召喚が可能なクリーチャーだ。
パラメータも高いが、こいつの真価はCIP能力である。
CIP能力とは、召喚成功時に自動的に発動する能力の事だ。
《同族殺しの七星龍》のCIP能力は、戦場にある自身以外の全てのカードの破壊。
そして、破壊したカードと同じ枚数を山札から引く。
召喚は基本的にメインフェイズ中なので、引いたカードで更なる自陣の強化が可能だ。
他のクリーチャーを召喚したり、装備魔法や設置魔法で七星龍の能力を底上げしたり……。
大抵の場合、七星龍を召喚したターンか、次のターンには決着が付く。
こいつが収録された当時は他に対抗できるもなく、半年に渡って環境を支配した。
強さと人気を兼ね備えたクリーチャーであったが、ゲームバランスを無視した能力に批判も殺到。
結果的に多数の引退者を出したあげく、半年後に禁止カードに指定されると言う不幸な結末を迎えた。
俺がウィザクリを引退してフェアトラークを始めたのも、丁度この頃だ。
「それはどんな魔術が使える魔符なの?」
「あぁ、これは……」
マリアに説明しようとして言葉に詰まった。
アグウェルの骨董品屋で出会い、今まで俺が愛用してきたデッキは緑一色と呼ばれる魔法カードのみで構築された物だ。
《突風》や《手札交換》など、一部のサポートカードを除き、デッキの八割以上が相手ライフに直接ダメージを与える魔法カードで構築されている。
クリーチャーカードを一枚も含まないバーンデッキ。
フルバーンと呼ばれるテクニカルなデッキだ。
こちらの世界で使用すると、カード名に準じた現象を発生させる。
原理は分からないが、これらが自然現象をモチーフにしたカードであろう。
なら……クリーチャーカードの場合はどうなるんだ?
普通に考えれば召喚……ドラゴンが姿を現すと思う。
だが、召喚に成功したとして、七星龍はミスティのように俺に協力してくれるのだろうか?
こいつは召喚成功時に敵も味方も関係なく、戦場の全てのカードを破壊するような奴だ。
一昨日のガイストのように、主人である俺たちに牙を剥いたり……。
「どうしたの?」
「えっ?」
「魔符を見つめたまま黙りこんじゃったから……」
「あ……ごめん。
このカードなんだが……実は俺にもよく分からないんだ。
強力なカードには違いないんだけど、使えるかどうか……。
使えたとしても、何が起こるか想像がつかない。
ひょっとしたら、味方まで巻き添えにしちゃうかも知れない。
そう言う……危険なカードなんだ」
俺はマリアに七星龍の能力をかいつまんで説明する。
禁止制限など、こちらの世界の住人に理解が難しそうな点は省いたが、危険性については理解してくれたようだ。
それは良いのだが、俺の話を黙って聞いていたマリアの顔がだんだん赤くなっているような……。
「そう……って事は、このケースの中身、全部ゴミじゃない!
負けたからって、こんな嫌がらせをするなんて性格悪いわね!
ちょっと文句言ってくるわ!」
「えっ? いや、待てよ! マリア!」
「何よ? ユーヤは悔しくないの!?」
「そりゃ、期待してたから少し残念だけどさ。
ここでジャスティスにあたっても何も変わらないだろ」
ジャスティスに殴りかかろうとしているマリアを全力で引き止める。
彼女の気持ちも分かるが、一応とは言え、休戦状態となったのに蒸し返したくない。
もっとも俺が落ち着いていられるのは、この無限回収ケースの真の持ち主が俺の旧友だからだろう。
持ち主の特殊な収集癖を知っているからこそ、諦めもつくと言うものだ。
一方、彼女に怒りをぶつけられている本人は、目を覚ました符術士たちに水筒で水を飲ませている。
いや、水だけじゃないな。
気付け薬……だろうか?
何か錠剤のような物を飲ませている。
「ちょっと、ユーヤ。
いつまで抱きついてるのよ。
もう落ち着いたから離しなさいよ」
「あっ、ごめん」
イケないイケない。
マリアに抱きついたまま、ジャスティスの行動に気を取られていた。
これでは彼女の怒りの矛先が俺に向いても仕方がないな。
後ろ蹴りが飛んでこない事を祈りながら、俺は彼女から両腕をそっと離す。
それでも、視線だけはジャスティスたちへと集中させる。
今まで気を失っていた符術士たちは、俺を敵視しているからだ。
事情を知らないまま、再び襲い掛かって来ないとも限らない。
「べ、別に抱きつくのは嫌じゃないけど……外だとちょっと恥ずか━━」
「オッサンたちが目を覚ましたようだ」
「えっ? あっ……あぁ、彼らを見ていたのね。
ユーヤの魔術を喰らっても生きているなんて、なかなかやるわね」
「一応、意識を失わせる程度の威力に調整はしたからな」
六人の符術士たちは虚ろな目でこちらを見つめている。
無限回収のカードで俺を引き付けておいて、その間に彼らを目覚めさせた……。
何故だか、いい気はしない。
「あれ? 所長に先生?
何で地面に大量の魔符が?
えーっと、わしは確か不死の静寂の討伐に無理矢理……」
「あなたたちは不死の静寂の魔術の直撃を受け、意識を失っていたのですよ。
対魔術装甲ですら防げない、恐ろしい魔術でした」
「そ、そうなんですか!?」
「ですが、ご安心下さい。
この地で再開した英雄、ユーヤ・イズミと私が協力して敵は倒しました!」
「おおっ!」
「あの這い寄るロリコンが南カトリア最強の符術士と共闘!?」
「しかも、相手は不死の静寂ですって!」
「ちくしょう! 見たかったぜ!」
符術士たちは声高々に俺とジャスティスに賛辞の言葉を贈る。
小一時間程前に俺に襲い掛かった事など微塵も覚えていないようだ。
褒め称えられては居るが、不気味さしか感じない。
「こいつら……何を言っているの?」
「いや、俺も訳が分から……あっ!」
不可思議な状況だが、俺には思い当たる節があった。
幻惑魔術━━ジャスティスと初めて出会った日に会話に出てきた単語だ。
実際に見た事はないが、この状況はジャスティスが彼らに幻惑魔術を施したとしか思えない。
幻惑と言うよりは洗脳に近い印象だ。
おそらく、俺を襲わせた時にも同じ魔術を使用したのだろう。
「何か知ってるの? ユーヤ」
「いや、何でもない。
それよりも、散らばってるデッキを回収しなきゃ」
「ますたーのカードならここにあるよ」
「お、でかしたミスティ!」
戦場に散らばっていた俺のデッキはミスティが回収してくれていたようだ。
俺はデッキを受け取り、腰に付けたホルダーに片付ける。
七星龍のカードも魔法カードと一緒にポケットに収納した。
おそらく使う事はないだろうが、三年前に使っていた思い入れのあるカードだ。
コレクションとして持っておこう。
カードを片付けて、この場を立ち去ろうとした時であった。
綺麗な銀色の髪をなびかせながら、メイドがこちらへと駆けて来る。
彼女は目にも止まらぬ速さで俺の前を過ぎ去り……いきなり服を脱ぎ始めた!?
あー……そう言えばこいつは露出狂だった。
それにしても、この場を去ろうと言うタイミングでいきなり脱ぐ理由が分からない。
「お許し下さい」
「いきなりナニをするのじゃ!
まっくらはイヤなのじゃーっ!」
「お静かに……ハァッ!」
鈍い音と共にエプロンドレスが地面へと叩きつけられる。
露出狂が脱いだ服をロッテに覆い被せ、みぞおちに拳を御見舞いしたのだ。
「なっ!?」
「えっ? ちょっと、あなた何やってんのよ!?」
「ロッテちゃん!」
傍目には下着姿の女子中学生が女子小学生を虐めているようにしか見えない。
十分カオスな状況だが、意表を突いたのは見た目だけではない。
近くに居た者、全ての空きを突く早業。
物理攻撃に絶対的な耐性を持つ符術士を一撃で仕留める威力。
そして何よりも、味方であるロッテにいきなり襲いかった事が理解出来ない。
「ロッテちゃんをいじめないでー!」
ミスティが露出狂の脚にしがみついて抗議をする。
だが、彼女はミスティを振り払う素振りすら見せず、じっと地面を見つめていた。
そこにピンクの髪をした、もう一人のメイドが駆け寄って来る。
その手には数々の亡霊を薙ぎ払ってきた巨大な鉈が握られていた。
「ミスティ様、お下がり下さい!」
「なっ! やめろ!」
「だめえぇっ!」
制止の声をあげるが、身体がついて来ない。
メイドは鉈を振りかぶり、勢い良く地面へと叩き付けた。