第百四話 「片翼の天使長MIKA」
ジャスティスは手札から三枚のカードを選び、こちらに向けて公開した。
それぞれ、青・緑・白と属性の異なる三枚のカードだ。
残念ながら、遠くてカード名までは判別出来ないな。
それらの三枚のカードは宙を舞い、リーダーエリアのMIKAの身体に吸い込まれた。 カードをその身に取り込んだMIKAの背には、新たに三枚の翼が出現する。
それらの色は青・緑・白の三色。
取り込んだカードの属性と同じ色だ。
「翼が四枚になった!?
何なのよ!? あれは!
他のカードを吸収する英霊なんて見た事がないわ!」
「変わったのは見た目だけではありませんよ」
「今の能力でAPが8000まで上昇している。
だが、まだ慌てる必要はない」
「えっ? 手札を三枚も消費して、たったの8000?
それって……弱くない?」
マリアが疑問に思うのももっともだ。
現在のステータスだけを見ればMIKAは決して強くはない。
今のままでは手札を三枚減らしただけで、かなりのアド損に思えるだろう。
だが、これは最終形態に進化する為の布石に過ぎない。
「あいつがヤバくなるのは《メンバー》の属性が五種類になった時だ。
……おそらく、その時には翼が六枚になるんだろうな」
「ほう……まるで私の相棒の能力を知っているかのようだ。
おかしいですね?
彼女を見て生きていられた符術士は一人も居ない筈ですが」
《片翼の天使長MIKA》がリーダーエリアに登場した時、自動能力が発動し、手札から《アイドル》を三枚まで選び、そのカードの下に表向きで重ねて置く。
このMIKAの下にあるカードを《メンバー》と呼ぶ。
俺の知る限りでは、他のカードでは採用されていない、MIKAだけの特殊ルールだ。
MIKAのAPは《メンバー》の属性の種類の数に応じて上昇し、最大で12000となる。
「《メンバー》はプレイヤーのメインフェイズ開始時に山札の上から最大一枚が補充される。
そして、五種類の属性が揃った時……手札の全ての《アイドル》のレベルは0となり、相棒にMIKAが追加される。
つまり、コストなしでサポーターの召喚と守護召喚が可能となるんだ」
「何よそれ!? 無茶苦茶じゃない!」
「大丈夫だ。最短でもまだ二ターンの余裕がある」
MIKAが最終形態になるには、赤と黒のカードを《メンバー》に加えなければならない。
山札に眠るカードの属性が均等だと仮定しても、最短で《メンバー》が揃う確率は約八パーセント。
だが、ジャスティスは前のターンに一枚捨てて、二枚引く能力を使用した。
この事から山札の中は偏っていると予想できる。
最短での完成は一割強と考えた方がいいな。
ぶっちゃけ、警戒する程の確率ではない。
「二ターン……だったら、次のターンに倒しちゃえばいいのね!
そんなの簡単じゃない。
心配して損しちゃった」
「それが出来れば良いんだけどな」
MIKAにはもうひとつ、通常戦闘ではダメージエリアに送られないと言う厄介な能力が有る。
対策として次のターンまでに能力無効化を手札に加えたいが……。
それにしても、懐かしいな。
このデッキは俺が日本に居た頃、友人がよく使っていたものにそっくりだ。
決して勝率の高いデッキではなかったが、MIKAが完成した時には苦しめられたっけ……。
「なぁ……あんた、マサヨシ・ササキって人を知ってるか?」
「ササキ? 私と同じですね。
ですが、マサヨシと言う人物は知りませんね」
「そうか。中断させて悪かった。ターンエンドだ」
いくつかの共通点から、ジャスティスは俺の友人と関係があるのではないかと考えたが、思い過ごしだったようだ。
俺の攻撃はあと一回残っているが、MIKAを倒す事は出来ない為、終了宣言をする。
「私のターンですね。ドロー&マナチャージ。
そしてメインフェイズの開始時、MIKAの自動能力が発動します!」
ジャスティスの山札の上のカードが公開された。
気になる属性は……黒だ。
公開されたカードはリーダーエリアのMIKAの身体に吸収され、背中に黒い翼が出現する。
「翼が五枚になったわ」
「ちっ……運の良い奴め」
次のターンに赤属性のカードが《メンバー》に加われば手が付けられなくなる。
四種類目が加わった事により、最短で完成する確率は約二割にまで跳ね上がった。
「運が良い? 違いますよ。
運とは己の実力で手に入れるモノです!
EMAの起動能力! 手札を一枚捨てて二枚引く!
マナコストを①支払い、サポートエリアにRUBYを召喚!」
幼女天使が休息状態になり、その隣に眼鏡っ娘天使が召喚された。
EMAの能力を使用しなければ、このターンに三回の攻撃が可能だ。
だが、ジャスティスは前のターンで減った手札を補充する事を選んだか。
MIKAの《メンバー》を最短で揃える自信があるのだろう。
「参ります。リーダーに攻撃!」
攻撃宣言を受けてMIKAがキンジローの前に躍り出る。
また、天使ちゃんロックンロールを歌うのか?
と思ったが、今までとは様子が違った。
彼女の背中の翼が次々と天使へと姿を変え、五人の天使がキンジローを取り囲む。
少し違うのは、MIKAを除く四人が浴衣姿だと言う事だ。
「まさかっ!?」
「次は少し懐かしい曲を歌いたいと思います。
聴いて下さい! 私たちのデビュー曲です!」
五人の天使はキンジローを中心として、その周りで盆踊りを踊り始めた。
音頭と言っても、歌詞の内容はひたすらメンバーの自己紹介が続くだけである。
まるで昭和のアニメのエンディング曲みたいなノリだ。
ちなみにデビュー曲と言っていたが、彼女たちのCDは一枚しか出ていない。
「まさかカップリング曲で攻撃してくるとは思わなかったぜ」
「わぁー、楽しそう。ミスティもいっしょにおどりたいな」
「ダメだ。あんなのに憧れたら……えっ? ミスティ?」
この召喚戦闘で俺はミスティを一度も召喚していない。
そもそも、手札にすら引いていないのだから、声が聞こえるのはおかしい。
戦闘中にも関わらず、思わず後ろを振り向く。
そこには、この場に居る筈のない銀髪の少女の姿があった。
「なんで、そこに居るんだ!?
お前、さっきデッキに戻った筈じゃ……」
「んー、よくわかんないけど、おいだされちゃった」
「じゃあ、今のユーヤのデッキは一枚足りないって事?」
「んーん。一枚じゃないよ。ほら」
ミスティは手に持っている物をこちらへ見せる為、両手を大きく掲げた。
彼女が持っているものは三枚の小さなカード。
その全てに白くて丸いうさぎのぬいぐるみを抱いた少女のイラスト。
つまり、四枚全ての《闇の魔女ミスティ》が、デッキに入っていないと言う事になる。
「えぇっ!? じゃあ、四十六枚?」
「いや、デッキの枚数が五十枚じゃないと召喚戦闘は始まらない。
おそらく、ミスティの代わりに別のカードが四枚入っている」
「別のカード? それって、まさか」
「そろそろ、召喚戦闘の続きを始めませんか?
あなたのリーダーが指示を待っていますよ」
「えっ? あれ? キンジローは?」
「あの天使たちと一緒になって、楽しそうに踊りながら昇天したわよ」
「マジかよ……恐ろしい攻撃だな」
戦闘は終わっており、俺のリーダーエリアには額縁がぽつんと置かれていた。
《七不思議 音楽家の肖像画》だ。
MIKAをダメージエリアに送る事が出来る数少ない対策カードだが、残念な事に今はコストが足りない。
「特殊登場時能力発動!
サポートエリアの《純粋なる天使EMA》を墓地へ」
仕方がなく、ノーコストで発動出来る能力で厄介なサポーターを退却させた。
だが、これはこれで悪くない流れだ。
こいつが残っていると、毎ターン手札を一枚増やされるからな。
「しかし、相棒の入っていないデッキを使える符術士は初めて見ました。
なかなか興味深い。殺すのが少し勿体無いくらいです」
「だったら、降参してもいいんだぜ」
「ご冗談を。リーダーに攻撃!」
MIKAの盆踊り攻撃が再び繰り出された。
額縁から上半身を出した音楽家は和太鼓を叩き、幸せそうな表情でダメージエリアへと消えて行く。
全く……見ていて頭の痛くなる攻撃だ。
空席となったリーダーエリアに、山札から赤いランドセルの少女が召喚される。
「特殊登場時能力でダメージを一点回復するぜ」
「ほう……ここで逆転する予定だったのですが、いい引きをしますね。
ターンエンドです」
ハナコのお陰でなんとか同点で迎えた、四ターン目先行。俺のターン。
「俺のターン。ドロー&マナチャージ。
マナコストを①支払い、サポートエリアに七不思議ムラサキカガミ》を召喚!
続いて、マナコストを③支払い、リーダーエリアに《七不思議ムスター》を召喚!」
これでハナコがサポートエリアに一体、墓地に二枚になった。
そして俺の手札には《霊騎士ガイスト》が二枚━━五ターン目で勝負を決める準備は整った。
万が一、次のターンにMIKAの《メンバー》が揃っても押しきれる筈だ。
「ムラサキカガミとムスターで連携攻撃!」
「MIKAのHPが0以下になった時、自動能力が発動。
山札の上のカードを表向きでダメージエリアに送り、HPを11000まで回復します」
「何度相手しても厄介な能力だ」
「まるで、このデッキと戦うのが初めてでは無いような台詞ですね。
やはり、あなたは面白い」
「初めてどころか、何十戦やったか分からないくらいだぜ。
リーダーに攻撃!」
二回の通常攻撃により、ジャスティスに更なるダメージを与えた。
これでダメージは三対五。
俺が先行する形でターンを終了する。
そして迎えた四ターン目後攻。ジャスティスのターン。
「私のターン! ドロー&マナチャージ!
メインフェイズの開始時、MIKAの自動能力を発動!」
山札から一枚のカードがリーダーエリアのMIKAを目掛けて飛んで行く。
そのカードの属性は……赤!
「こいつ、最短で揃えやがった!」