第百二話 「取引」
「おっと、動かないで下さい。
敵対行動を取ると、命に関わりますよ。
この魔法道具の威力は知ってますよね」
六つの銃口は真っ直ぐに俺を狙っている。
弾が発射されるのと、ミスティがバリアを展開するのと、どちらが先か……。
そもそも、あの特殊な弾丸をバリアで防げるかどうかも分からない。
あの銃が量産されていると考えなかった、俺のミスだ。
「これは何のつもりだ?」
「私と取引をしませんか?」
「こんな状況で取引だと……」
「はい。
これでも私はあなたを気に入っているんですよ。
ですが、人類の敵である不死の静寂は倒さねばなりません。
そこで取引です」
「ユーヤ、これはきっと罠よ」
「分かっている。
危ないから、マリアは俺の後ろに下がっててくれ」
いつでも危害を加える事が出来る状況を作ってから、取引を持ち掛ける。
どう考えても胡散臭い。
これは取引ではなく、脅迫じゃないのか?
「こちらから提供出来るものはふたつあります。
まず、マリア・ヴィーゼとリック・グレーナーに対し、官有地への不法侵入、及び、官有地内での行動について罪を問わないと約束しましょう」
「マリアは分かるけど、リックは関係ないだろ」
「とぼけても無駄ですよ。
近隣の村に豪華な馬車が預けられていました。
グレーナー家の家紋の入った馬車が……ね。
その辺の民家にでも隠れているのでしょう?」
バレバレじゃねーか……。
リック、少し詰めが甘いぞ。
しかし、言われてみれば、ここら一体は国の管理する進入禁止区域だったな。
考えもしなかったけど、無断で入っただけでも犯罪になるのか。
マリアもリックも俺を助けるために危険を承知で、ここまで来てくれた。
それが罪に問われる事は避けたい。
「……分かった。
それはこちらにとっても悪くない話だ」
「話の分かる人は好きですよ。
では、二つ目です。
これをあなたに差し上げましょう」
「それは!」
ジャスティスは足元から大きな箱を拾い上げた。
それは以前見せて貰ったアタッシュケースだ。
あの中に入っているお宝を思うと、俺の心臓の鼓動は早くなる。
「この作戦が成功したら渡すと約束していた報酬です。
中には数千枚の魔符が入っています」
「マジかよ! やったぜ!
で、俺は何を出せばいいんだ?」
「ちょっと、ユーヤ。
罠だって言ってるでしょ」
いけない、いけない。
銃で狙われている事も忘れて、思わずガッツポーズをしてしまったぜ。
マリアの言う通り、美味しい話だからこそ警戒しなきゃならない。
カードを受け取った直後に撃たれるかも知れないからな。
「こちらがあなたに求めるものはひとつ。
あなたに……英霊の世界へ帰って頂きたい」
「は?」
「とぼけても無駄ですよ。
あなたがこの世界の人間ではなく、魔符の英霊である事は知っています」
英霊の世界ってのは、ハルトマンが言っていたカードのユニットが住む世界の事だよな。
そこに帰れと言われても、俺はカードのユニットじゃないし……。
「ごめん……それは無理だ」
「あなたが帰った後、抜け殻となった神の依代は私が責任を持って処分します。
よくお考え下さい。
これがあなたを傷つけずに人類を救う唯一の方法なのです」
「理由はいくつかあるが……まず、カードを貰っても別の世界に行ったら使えない。
そして、英霊の世界とやらじゃ、カードゲームが出来ないかも知れない。
そんな生き甲斐のない世界なんてまっぴらゴメンだ」
「ちょっと、そんな理由なの!?」
「それに、ここには大切にしたい人が居るからな」
「愚かな……その考えが、大切な人をも傷付ける事になるのですよ!」
ジャスティスの目つきが変わり、言葉に怒気が入り混じったように感じた。
それもそうか……俺だって選択肢をミスったと言う自覚は有る。
でも、仕方がないよな。
「そもそも、元の世界に戻る方法なんて知らないんだから、どうしようもないだろ」
「ますたー……あのね」
「交渉決裂ですね。
……全員、不死の静寂を殲滅せよ!」
「マリア! 伏せろ!
ミスティはバリアだ!」
「ふぇっ!? う、うん!」
こうなったらイチかバチかだ。
俺は左胸の内ポケットに手を伸ばし、彼らに対向する為の武器を取り出した。
続けて、複数の閃光と激しい炸裂音が、ほぼ同時に周囲を包み込む。
次にその場を支配するのは、激しい痛みから生じる大きな悲鳴。
そして、最後に静寂が訪れる。
「何が起こったの?
そうだ! ユーヤは!?」
「大丈夫……なんとか生きてるぜ」
幼くても闇の魔女の実力は本物だ。
彼女は重力操作で銃弾の威力を弱め、バリアはそれを完全に防ぐ事に成功した。
お陰で、あれだけの銃撃を一斉に受けたにも関わらず、俺は無傷だ。
そして、辺りには意識を失って伏している人物が六人。
……六人!? 一人足りない!
「なんて事でしょう。
まさか、たったの一撃で全滅とは」
「俺の故郷のことわざにこんな言葉がある。
カードゲームは銃より強し!」
俺が内ポケットから取り出したものは愛用のバーンデッキだ。
閃光と炸裂音の中で初期手札から、もっとも有効そうな《稲妻》を選び、発動させた。
あの鎧が魔術を無効化すると言っても、主な素材は金属である。
金属なら電気による攻撃は有効だと思って、賭けてみる事にしたのだ。
賭けは成功。
俺の右手から発せられた稲妻は、次々と敵に襲いかかり、気絶させるに至った。
……一人を除いて。
「あの奇妙な魔符ですか。
しかし、神の鎧を纏った符術士に通用するとは思いませんでしたよ」
「俺も避けられるとは思わなかったよ。
ところで、その翼はなんだ?
あんた……本当に人間なのか?」
思えば、ホーミング性能の有るウィザクリの魔法カードによる攻撃を避けられたのは、今回が初めてだ。
その攻撃を避けたのはジャスティス・ササキ。
そして彼の背には天使のような大きな翼が一枚だけ生えていた。
「これは私の相棒ですよ」
「その翼が相棒だって?」
「嘘よ! 符術士と一体化してる相棒なんて聞いた事がないわ」
符術士の相棒となるユニットは、カードから実体化し、生きているかのように振る舞う。
俺にとってのミスティ、マリアにとってのジロー、他の符術士も同様だ。
符術士と合体する相棒なんて初耳だし、翼のようなユニットも記憶に無い。
あれも俺の知らない未来のカードなのだろうか?
「私が何故、最強の符術士と呼ばれているか、お教えしましょう。
それは私がこの国で唯一、レベル4の英霊を相棒にしているからです」
「レベル4ですって!?」
言われてみれば、俺の知る限りでは、全てレベル2以下のユニットだ。
しかし、それが強さと関係あると言われると、どうもしっくり来ない。
「ですが、その魔力はあまりにも強大な為、召喚戦闘時以外に召喚する事が叶いません。
そこで、私の身体を媒介させる事で、その力を発揮させたのですよ」
「意味がわからないわ」
「他人の事をバケモノ呼ばわりしておいて、そっちも十分バケモノじゃねーか」
「褒め言葉と受け取っておきましょう」
「で、どうすんだ?
これで人数は逆転したぜ。
そろそろ同士討ちは止めにしないか?」
「先程の話を聞いていなかったのですか?
あなたに恨みはありませんが、その身体は滅ぼさねばなりません」
「あんたも頑固者だな」
ジャスティスは最後の一人になっても俺たちと戦うつもりのようだ。
人数はこちらの方が多く、俺の手札にはまだ四枚も攻撃魔法カードが残っている。
どう考えてもジャスティスの方が不利だが、それほど自信があると言う事か。
「このまま魔術で戦っても構いませんが、これ以上の被害は出したくありません」
「何だ? 怖じ気付いたのか?」
「私とあなたが本気で戦えば、ここら一帯に十年前以上の被害が出るでしょう。
あなたの為に持ってきた魔符も、消し炭になってしまいますね」
「待て! それは困る!」
ジャスティスと戦う覚悟は出来ている。
しかし、戦闘の余波により、数千枚のカードが消し炭になるなんて耐えられない。
「そこで提案があります。
私と召喚戦闘をしませんか?」
「なっ!?」
「私に勝てれば、この魔符を全て差し上げましょう」
「ダメよ! ユーヤ!
彼は全ての属性の魔符を操る南カトリア最強の符術士。
いくらあなたでも相手が悪すぎるわ」
ジャスティスからの意外な申し出。
それはカードバトルで正々堂々と決着をつけようと言う内容だった。
今まで頑なに拒まれていたジャスティスとの対戦がついに実現する。
これは俺にとっては願ったり叶ったりの素晴らしい提案だ。
やっぱ、符術士同士なのにカードじゃなく、銃や魔術で戦うのはおかしいよな。
「いいね。もちろん、受けて立つぜ!」
「ユーヤ、聞いてるの?」
「最強と呼ばれるプレイヤーから対戦を申し込まれたら、喜んで受けるのがカードゲーマーだ!
そして、全ての属性のカードを扱える符術士はここにも居るぜ!」
「あなたならそう答えると信じていましたよ。
では、始めましょう。英霊解放!」
ジャスティスの背中の翼と、俺の隣に居たミスティがカードへと姿を変える。
空中でお互いのデッキがシャッフルされ、召喚戦闘が始まった。
ランダムで選ばれたお互いの初期リーダーユニットが実体化する。
こちらのリーダーは《七不思議ハナコ》。
って、ヒールトリガーかよ……ついてないな。
対するジャスティスのリーダーは二枚の大きな翼を持つ黒髪の少女。
やはり、天使型のユニットか。
特徴的なのは赤を基調としたチェック柄の衣装を着て、片手にマイクを持っている所だ。
「《AGL48》か」
「そうそう、ひとつ伝えておく事がありました。
この召喚戦闘中は、私の事をプロデューサーとお呼び下さい」
これでジャスティスのデッキ内容は大体把握した。
幸か不幸か、俺の知っているデッキのひとつだ。
「全ての属性を使ったデッキが、まさかアイドルデッキだったとはな」