第百一話 「敵襲」
「失礼でしょ! 出てってよ!」
マリアは両腕で慌てて貧相だが綺麗で柔らかい胸を隠した。
そのまま、顔を真っ赤にしてメイドに抗議する。
彼女の言い分はもっともだ。
他人がえっちな事をしてる最中に乱入してくるなんて非常識極まりない。
「申し訳ございません。
私としては、しばらく見守るつもりでしたが、そうも言ってられないようでして……」
「見守るですって!?」
「お前……いつから覗いてたんだ?」
「キスして……の辺りからですわ」
「なっ!?」
それって、ほぼ最初からじゃねーかっ!
このロリビッチに見られていたと思うと、急に恥ずかしさが込み上げて来た。
マリアも俺と同じく言葉を失ったまま、メイドを見つめている。
「しかし、驚きましたわ。
あのヘタレな殿方が、女性を押し倒すなんて!
でも、お二人は初めて同士……心配なので見守らせて頂く事にしましたの。
『ちょっと、そこじゃないわよ。もっと下』
『えっ? こんなに下なの?』なんて状況になったら、お手伝いしようかと思いまして」
「よ、余計なお世話よ!」
全くだ。
大体、お手伝いって何をするつもりだったんだ。
「そのくらいになさい。あまり時間がありません」
「そうでしたわね。
もし、熱り勃ったモノが治まらないようでしたら、三分で処理してあげますわよ」
「はっ?」
「ダメよ! ユーヤは私の……とにかくダメ!」
次から次へと恐ろしい台詞が出てくるロリビッチだな。
しかし、俺の股間は既にエンドフェイズに突入している。
ビッチの手助けは不要だ。
「生憎だが、俺がDTを卒業する時は、マリアが処女を失う時って決めたんだ」
「なっ!? 何カッコつけて変態発言してんのよっ!」
「いてっ! 手を上げると、おっぱいが見えるぞ」
「きゃっ! 見ないでよ……バカ」
さっきは散々いじらせてくれたのに、今は隠すのか……分からん。
それを見たメイドたちが「初初しい」だの「微笑ましい」だの感想を述べているが無視しよう。
「マリア、俺の上着とデッキホルダーを取ってくれ」
「いいけど……動けるの?」
「あぁ、だいぶ慣れた。もう元通りだ」
マリアが服を着るのを待ち、愛用のローブとデッキホルダーを取って貰う。
ベルトにデッキホルダーを装着し、ローブに袖を通すと、僅かに違和感を覚える。
左胸の辺りが妙に重く、狭っ苦しいのだ。
ここにはウィザクリのデッキしか入っていないはずだが……。
内ポケットに手を入れて違和感の正体に触れてみる。
硬くて冷たい……そして重い。
少なくともカードではなさそうだ。
思い切って取り出してみるか。
そう思って手を引き抜いた瞬間、俺は言葉を失った。
「なっ……!?」
「見た事のない物体ですわね」
「何ですの? それは?」
「それって、エドヴァルド・ヴォルフが持ってた魔法道具よね?
どうして、あなたが持っているの?」
それはハンドガンだった。
特殊な弾丸を装填する事で、符術士をも傷付ける事が出来る強力な武器だ。
確か、ハルトマンが地球の技術を持ち込んで再現した物だったか。
それが何故、俺の上着のポケットに……。
「ちょっと、ユーヤ? 聞いてるの?」
「そうか! これが!」
「きゃっ! 急に大きな声出さないでよ」
ハルトマンは最後に餞別をくれると言っていた。
奴はこの銃で俺に何かをさせたいのだろう。
「敵襲って言っていたが、何が襲って来てるんだ?
ひょっとして顔のないバケモノじゃ……?」
「若様と同じ鎧を装備していました。おそらく南カトリア軍ですわ」
「数は七人。移動速度の遅さから訓練された正規兵ではないと推測されます」
「七人って、随分と少ないわね」
虚無の魔王ではないと分かり、少しホッとした。
リックと同じ鎧を纏い、メイドが敵と判断する相手は一人しか居ない。
「ジャスティス・ササキだな」
「おそらく」
「嘘っ!? もう追いついたの!?
早く逃げなきゃ!
裏口からなら見つからずに逃げられるわ」
「いや、逃げるのはなしだ」
「でも、あの人はユーヤを殺そうとしてるのよ」
マリアの言う通り、ジャスティスの目的は俺の殺害だ。
だが、それには彼なりの理由がある。
俺が元に戻った事を伝えれば、考えを改めてくれるかも知れない。
それに……。
「俺一人なら逃げるのが最善策だろうな。
でも、ここにはリックやロッテが居る。
特にロッテは王女様だ。
無事に王都まで送り返さなきゃならない」
「それは分かるけど……」
「だから、和解するしかない。
大丈夫だ。俺に任せてくれ」
「ユーヤ……分かったわ。
でも、なんでニヤニヤしてるの?」
「だって、ついにジャスティスと対戦出来るかも知れないんだぜ!
全ての属性のカードを操る南カトリア最強の符術士。
これでワクワクするなと言われても無理だろ」
ジャスティスには何度か対戦を申し込んだが、多忙を理由に断られ続けていたからな。
訳の分からない内に敵対視されているのは解せないが、これは彼と対戦するチャンスだ。
「はぁ……あなたらしいわね。
でも、分かってるの? もし、負けたら……」
「負けなければ良いんだろ?
マリアは後ろで見守っててくれ。
そして、ジャスティスを倒したら、次はマリアの相手をしてやるよ」
「えっ? バ、バカ!
そういう事は他人の見ていない所で言いなさいよ」
「ん? あ、あぁ……次からそうする」
まずはジャスティスを倒し、誤解を解く。
その次は新しいカードを採用したマリアと対戦だ。
「そうだ。ここを出る前に、ミスティを起こさなきゃ」
「ご案内致します」
「こちらですわ」
メイドに誘われて、ミスティが寝ている部屋へと向かう。
ドアに手を掛けようとすると、足元に何かが居るのを察して後ろへ飛び退いた。
「うわっ! 何か居……リック!?」
「どうしてリックが廊下で寝てるの?」
「申し訳ございません。
若様がお嬢様方に手を出しそうでしたので、拘束させて頂きました」
「私たちの目の前で浮気だなんて、悲しいですわ」
よく見ると、リックは全身をロープで縛られて芋虫のようになっている。
こんな状態でよく眠れるものだ、と言いたい所だが、リックは俺を救う為に奮闘してくれたからな。
よっぽど疲れているのだろう。
リックを起こさないように、慎重にドアを開ける。
「おい、ミスティ起きてくれ」
「ん……ますたー?
ますたーだっ! おっきいますたー!」
軽く肩を揺すってミスティを起こす。
彼女は俺を見ると大声を上げながら抱きついてきた。
「しーっ、ロッテが目を覚ます」
「はぅ……ごめんなさい。
でもね、ミスティうれしいの!
ますたー、これからもミスティとずっといっしょだよね?」
「あぁ、もちろん。
ミスティのお陰で元に戻れたよ。ありがとな」
「うん!」
ぬいぐるみになってから元に戻るまで、およそ一日半。
短い間だったが、その間ミスティは俺の為に尽力してくれた。
俺には勿体無いくらいの最高の相棒だ。
何があろうとも、これからもずっと一緒だぜ。
「……あれ? ますたーからワンちゃんのにおいがする」
「えっ!? そ、それは……マリアの部屋で寝ていたからじゃないかな?」
「そっか、おねえちゃんのにおいだ」
あっぶねぇ……なんとか誤魔化せた。
これがイヌ臭いじゃなくてイカ臭いだったら言い訳が面倒だったぜ……。
「うぅ……やっぱり、私って犬臭いんだ」
後ろからマリアの嘆き声が聞こえた。
下手に褒めても逆効果な気がするし、ここは聞こえなかったふりをする。
……これが正解だよな?
「ミスティ、朝早く悪いけど一緒に来てくれるか?」
「うん。どこへいくの?」
「ジャスティスに会いに行く。
ひょっとしたら、戦闘になるかも知れない」
「めがねのおじちゃんをやっつけるの?」
「出来る限り、そうならないようにするよ。
でも、もしもの時は頼んだぞ」
「うん! まかせて!」
ロッテが眠っているのを確認し、そっと部屋を出た。
ジャスティスに会うのは俺とミスティ、そしてマリアの三人だ。
リックとメイドにはロッテの護衛という名目で、建物の中に残って貰うことにした。
だが、これは建前だ。
もしも和解が成立しなかった場合、符術士でない彼らには危険が大きすぎる。
それに、ジャスティスはリックたちが俺を助けるためにマウルへ向かった事を知らない筈だ。
最悪の場合、無関係を装って彼らだけ逃げる事も可能な状況にしておきたい。
もっとも、あのメイドたちは俺の考えなんかお見通しだろうがな。
◆◆◆◆
外に出たら、マリアの案内で町の入口を目指す。
奇襲を警戒しつつ慎重に歩く……が、それは杞憂に終わった。
「お久しぶりですね」
「二日しか経ってねーよ」
ジャスティスは正々堂々と正面から歩いてきたのだ。
彼の他に対魔導装甲の鎧を纏った人物が六人。
その内の一人、背が低くて丸っこい体型の人物は赤のデッキを使うオッサンだな。
残りの五人は見覚えがないが、女性や初老の男性が含まれているから軍人ではなさそうだ。
「《霊騎士ガイスト》を倒すつもりだったのですが……まさか、あなたに再会出来るとは思いもしませんでしたよ」
「ガイストはマリアが倒した。
もう二度とこの世に現れる事はないだろう。
だから━━」
「そうですか。
それは幸いと言うべきか、不幸と言うべきか……。
目標、不死の静寂。全員、構え!」
「はっ!」
「はいっ!」
「えーっと、これをこうして……」
ジャスティスの号令で周りの六人が一斉に腰からハンドガンを引き抜く。
オッサンだけは数秒遅れていたが、それはどうでもいい。
エボルタの処刑にも使われたあの銃だ。
やはり、南カトリアでも量産されていたか。
「嘘っ!? あれって……」
「聞く耳持たずかよ」