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第百話 「マリアの願い」

 気が付くと、俺は仰向けになって天井を見上げていた。

 視界には見覚えのない古ぼけた天井。

 天井が見えると言う事は屋内か……。

 アグウェル冒険者寮や王都の社宅ではなさそうだ。

 石造りの建物なので、日本ではなくカトリアだとは思う。


 それにしても、こうやって天井を見上げるなんて、随分久しぶりだ。

 丸っこいぬいぐるみ(ダイフク)の身体じゃ、仰向けになるなんて無理だからな。

 ん? 待てよ。

 ……と言う事は、元の身体に戻れたのだろうか?

 いや、意識を失う直前のハルトマンの行動はとても胡散臭かった。

 ここは天国とか、別の異世界と言う可能性もある。


 起き上がって辺りを確認しようと思ったが、妙に体が重い。

 まずは、ぬいぐるみの時は短すぎて機能していなかった手足を動かしてみよう。


 右腕に力を入れて少し上げてみる。

 ……動いた!?

 腕が動く!

 これでカードゲームが出来るぞ!

 たった一日動かせなかっただけなのに、感動で涙が出そうだ。


 続いて左腕も同じように力を入れてみる。

 うん……こっちも動く!

 お? 手の甲が何か柔らかいものに触れたぞ。

 これは何だろう?

 手首をひねらせて、掌で形を確認してみる。

 ぷにぷにとして、とても触り心地の良い柔らかさだ。

 ん? 途中に割れ目があるな。

 そして、割れ目の先にまた柔らかいものが━━。


「さっきから、どこを撫でまわしてるのよっ! この変態っ!」

「ぐあっ……」


 柔らかいものが左手から離れた。

 そして、次の瞬間、おれの左頬に平手打ちが炸裂する。

 とても痛い……けど、何故か懐かしい痛みだ。

 それに、聞き慣れたこの声。

 痛みと同時に安堵感を覚える。


「マリアなのか?」

「目覚めて早々、レディのお尻に手を伸ばすような人に教える名前はないわ」

「えっ……?」


 あのぷにぷにはマリアの尻だったのか!?

 これは復帰早々やらかしてしまったぞ。

 あまりにも触り心地が良いからつい……。


「でも、それで確信したわ。

 おかえりなさい。ユーヤ。

 元に戻れたのね」

「あ、あぁ……おかげ様で。

 えと、さっきのは手が動くかどうか試してただけで……。

 マリアの身体だとは気付かなかったんだ」

「最低っ!」


 既に赤くなっているであろう俺の頬に、二発目のビンタが追撃する。

 それもそうか……。

 お尻を触っておいて言い訳をするなんて情けないよな。


「……ごめんなさい」

「私だと知ってて手を出したのかと思ったのに……」

「あの……」

「何よ?」

「身体が重くて起き上がれないんだ。

 悪いけど起こしてくれるか……くれますか?」

「もう、世話が焼けるわね」


 マリアの手を借りつつ、ゆっくりと上半身を起こす。

 そこは全体がピンク色に彩られた小さな部屋の中だった。

 俺が居るのは部屋の片隅にあるベッドの上。

 マリアは俺の肩を支えるように、ベッドに腰を下ろす。

 若干幼さの残る、とても十八歳とは思えない、可愛らしい顔が間近に迫る。


「マリア」

「何?」

「本当にマリアだ!」

「そうよ。てか、さっきから何なのよ」

「戻ってこれたんだな……俺。

 危険だと知りつつ、こんな遠くまでやって来て、臆することなくガイストに勝負を挑み打ち勝った。

 俺の為にここまでしてくれて嬉しいよ。

 マリア、ありがとう!」

「えっ? ど、どういたしまして」


 マリアの顔を見るだけで、喜びと感謝の気持ちが溢れてくる。

 こんな素直な気持ちになれたのは久しぶりだ。

 少し変な感覚だが、とても気持ちが良い。

 リックやメイドたちにもお礼を言わなければな。

 そう言えば、この部屋には俺とマリアしか居ない。


「ここに居るのはマリアだけなのか?」

「ここには私たちだけよ。

 リックとメイド二人は交代で外を見張っているわ」

「危ないじゃないか!」

「えっ? 何の事?」

「俺だったから良いけど、もしも、ハル……。

 ガイストみたいに別の奴が、この身体でお前を襲ったかも知れないんだぞ」


 もし、あの時ハルトマンが俺の身体を奪う事に成功していたなら……。

 目覚めた時、目の前に居るマリアはどうなっただろうか?

 俺の事を邪魔者扱いしていた奴だ。

 最悪のシナリオが脳裏をよぎる。


「大丈夫よ。ミスティが言ってたの。

 あなたが帰ってくるって」

「ミスティが?」

「ええ。待ってる間に寝ちゃったから、王女様と一緒に別の部屋に寝かせてるわ」

「そうか……」

「納得した?」

「あぁ」


 ミスティの奴、俺よりも先に戻って来てたのか。

 それならマリアが信頼するのも頷ける。


「ところで、俺のカードは?」

「全部回収してデッキホルダーに入れてあるわよ。

 上着と一緒にそこに吊るしてあるわ」

「良かった。無事か。サンキュ」


 マリアが指した先には見慣れた黒いローブがハンガーに吊るされていた。

 ローブのポケットに愛用のデッキホルダーが装着されているのも見える。

 流石はマリアだ。

 こういう所もしっかりしている。

 彼女が仲間で本当に良かった。

 戻って来てもカードがなければ、意味が無いからな。


「ここはね。私のお家なの。戻って来たのは十年ぶりかな」

「へぇー、マリアの実家なのか?」

「うん。マウルの惨劇で敷地の半分近くはダメになっちゃったけど、使える部屋もあったから。

 ここは私が小さい頃に使っていた部屋よ。

 埃まみれだったけど、魔術で掃除をして使えるようにしたの」

「可愛らしい部屋だな」


 マリアっぽくないと言えば失礼だが、いかにも女の子の部屋って感じだ。

 強いて言えば、小さなテーブルの上にある、犬のぬいぐるみは彼女の趣味に合いそうかな。


「ねぇ、お願いを聞いてくれるって約束、覚えてる?」

「おっ……覚えてます」


 ガイスト戦が始まる直前にマリアのお願いを聞くと約束したっけ。

 ぬいぐるみになっていた時に着替えを覗いたり、一緒のベッドに潜り込んだ事の罰として……。

 自力で動けなかったから不可抗力なのだが、それで納得出来るような事ではないだろう。

 それに彼女は俺の命の恩人だ。

 俺に出来る事ならやってやりたい。


「今でも良いかしら?」

「お前に肩を借りているような状態でも出来る事なのか?」

「うん」

「分かった。言ってみろ」

「じゃあ……キスして」

「……はい?」

「なっ、何でもない! 冗談よ! 冗談!」


 今、とても恐ろしい台詞が聞こえたような気がする。

 空耳だろうか?

 マリアはこんな冗談を言うような性格じゃなかったような……。

 俺から視線をそらす彼女の顔は真っ赤に染まっている。

 そう言えば俺を軍に誘いに来たイケメンが、マリアは俺に惚れていると言っていたな。 女たらしの妄言かと思っていたが……まさか、本当なのか!?


 落ち着け……キスくらい、ミスティにしょっちゅうされているじゃないか。

 ……ほっぺにだけど。


「えっと……手の甲とかでいいか?」

「キスって言ったら口に決まっ……何でもないって言ってるでしょ!」


 マリアの顔の赤みが増していくのがはっきり分かった。

 元々、美少女である彼女だが、赤面していると妙に色っぽい。

 それを俺のものにしたいという欲望と、愛おしく思う感情が胸の奥から湧いてくる。


「よし、マリア。目瞑って力を抜け」

「えっ?」


 右手でマリアの頭を引き寄せ、そっと唇を重ねた。

 唇同士が触れ合うだけの軽いキス。

 それでも、彼女の唇の柔らかさと温もりが伝わってくる。

 もっと、長く、この感触を味わっていたい。

 俺は左腕を彼女の背にまわし抱き寄せ━━。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 俺たちは大きな音を立ててベッドから転がり落ちた。

 慌てて両手を着いて身体を支える。

 俺の身体はまだ完全復帰とは言えない。

 身体を支えてくれていたマリアを抱き寄せれば、バランスを崩すのも当然だ。


「ごめん。大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫。

 だけど、その……右手を」

「右手?」


 右手には何やら柔らかい感触が伝わってくる。

 マリアのお尻程の柔らかさではないが、左手に伝わる硬い床とは明らかに違う。

 視線を下ろして、その正体を確かめた時、俺の頭は一瞬真っ白になった。


「ご、ごめん。わざとじゃ……」


 俺の右手はマリアの胸の上にあったのだ。

 彼女のまっ平らな胸がこんなに柔らかいとは思いもしなかった。

 まな板は固いと言う固定観念は捨てなければならないな。


「いいわよ。男の子だものね」

「へ?」

「えっちな事……してもいいわよ」

「はい?」


 やっぱり、今日のマリアはおかしい。

 きっと、キスをしたから雰囲気に酔っているだけだ。


「えっと……俺はこの世界の人間じゃなく、身体はお前の━━」

「知ってるわよ!

 あなたが魔符(カード)の英霊だって事も、あなたの身体が母の仇の物だって事も……。

 それでも、好きなんだから仕方がないじゃない!」

「マリア……いいんだな?」


 いつもミスティが言っている「好き」とは違う。

 赤面しながら、勇気を絞りだすように発せられたマリアの「好き」と言う台詞。

 それを聞いて、股間の相棒はスタンドフェイズに突入した。

 もう一度軽くキスをして、次はドローフェイズ。

 カード切れ(デッキアウト)になりそうなくらい薄い山札から《Aカップのブラ》をドロー。

 メインフェイズをスキップしてアタックフェイズに突入する。


「あの……私、小さいから恥ずかしい」

「すごく綺麗だ」

「あ、ありがと、ひゃんっ!」


 なだらかな丘に立つ薄桃色のユニットに攻撃(アタック)を仕掛ける。

 悶えるような表情が妙に艶かしい。

 効果はバツグンのようだ。

 このまま攻め続けてやるぜ。


「あっ……あの、ユーヤ」

「なんだ? 今更やめろとか言うなよ?」

「ううん。でも、その……私、初めてだから」

「えっ?

 オ、オウ。オレニマカセテオケ。

 アンシンシテミヲユダネロヨ」


 って、何言ってんだよ! 俺もDTだよっ!

 DTと言っても、カードが出てくるアーケードゲーム筐体じゃないぞ。

 だが、ここで中断する訳にはいかない。

 俺は柔らかいまな板への攻撃を中断し、スカートへと手を伸ばす。

 緊張で手が震えるのが自分でも分かる。

 おかしいな?

 マリアのパンツなんて見慣れている筈なのに……。


 深呼吸をして、スカートのベルトに手を掛けた時、背後で大きな音が響く。


「お楽しみの所、失礼致しますわ!」

「ええっ!?」

「きゃっ! 何なのよ!」


 音のした方を振り向くと、部屋の入口が開け放たれ、銀髪のメイドが立っていた。


「残念ですが、敵襲ですわよ」

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