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第九十九話 「光の魔女ライラ」

 ハルトマンの目的は俺から身体を奪う事だった!?

 そうなったら……俺は一生ぬいぐるみのままかよ!


「ふぇっ? ますたーが二人いるよ?」

「ミスティ! ハルトマンを止めろ!

 あいつは俺の身体を乗っ取るつもりだ!」

「えぇっ!?

 わかった。ますたー、しっかりつかまっててね!」


 ミスティは両手で抱き抱えていた俺を、左腕だけで支えるように持ち替える。

 そして、自由になった右手をハルトマンたちへとかざした。

 何をする気か分からないが、この状態でしっかり捕まっていろと言われても少し困るな。

 この身体は手足が恐ろしく短い為、落ちないようにバランスを取るので精一杯だ。


「ミスティービイィッム!」

「ええぇぇっ!?」


 ミスティの右手から光線が(ほとばし)る。

 反動で身体全体に重圧が掛かった。

 まるで野菜の星の王子様の必殺技のようだ。

 こんな技まで持っていたのかよ。

 結構長い付き合いだが、初めて知ったぞ。


 光線はハルトマンたちへ向かって直進。

 瞬く間にターゲットへとたどり着くが、そこで弾かれ、上空へと消えて行った。

 同時にミスティの身体が左側へと引っ張られる。


「何これかわいーっ!

 マスター、私この娘欲しい!」

「ふえぇっ!?」

「わたしはライラ。あなたのお名前は?」

「ミ、ミスティ……」

「ミスティちゃんって言うのかー」


 ミスティを引っ張った者の正体はすぐに判明した。

 ハルトマンの隣に居た筈の《光の魔女ライラ》がミスティに抱きついていたのだ。

 不思議な事に、光線が弾かれてから、こいつが抱きついてくるまでタイムラグが全くない。

 光線を弾いたのはハルトマンで、その隙に近づいてきたのか?

 それとも、瞬間移動の能力でも持っているのか?


「ねぇ、ミスティちゃん」

「な、なぁに……?」

「わたしのお嫁さんになって!」

「えぇっ!? ダ、ダメだよ。

 ミスティは、ますたーのおよめさんになるの」


 この女子中学生はさっきから何を言っているんだ?

 いや……これはきっと時間稼ぎだろう。

なんとかして振りほどかないと、ハルトマンに身体を奪われてしまう。


「んー、そっかぁ……それじゃあ、仕方がないね。

 だったら、義妹(いもうと)でもいいよ!」

「いもうと?」

「うん! わたし、前からずーっと、かわいい義妹が欲しいなって思ってたの。

 ねぇ、知ってる?

 義理の妹とお姉ちゃんは結婚出来るんだよ!」

「ふえぇー……ますたー、たすけてー」


 助けてやりたいが、ミスティとライラの間で挟まれて身動きが取れない。

 いや……元々、この身体(ぬいぐるみ)では動けないか。


『いいぞ! ライラ!

 そのまま、そいつらを押さえつけておけ!』


 見えないが、少し離れた所からハルトマンの声が聞こえた。

 やはり、こいつの行動は足止めか。

 とにかく、この状況をなんとかしなければっ!


「そろそろ離せよ。ミスティが嫌がってるだろ」

「あれれ? お腹の辺りから変な声がする」

「それにな、ミスティは大切な俺の相棒だ。お前にはやらん!」

「何これーっ!?」


 先程から感じていた圧迫感が消えた。

 ようやく、ライラがミスティから離れてくれたようだ。

 だが、息つく間もなく、全身が浮遊感に包まれる。

 こちらを好奇の目で見つめる金髪の少女と目があった。

 俺の身体が彼女に抱き上げられているのだと気付く。


「すごーい! この豚さん喋るのーっ!?」

「くそっ! 降ろせ!」

「あぁっ! ますたーをかえしてぇ」

「えっ? この豚さんがあなたのマスターなの?」

「ブタさんじゃないもん! うさぎさん!」


 不思議そうに俺を見つめる少女の先にハルトマンの姿があった。

 真っ直ぐに伸ばした奴の右手は、俺の本来の身体の中に少しめり込んでいるように見える。


「ミスティ、俺の事は後まわしだ。

 ハルトマンを止めてくれ!」

「ますたー……わかった」


 ライラの両手が塞がっている今ならミスティは自由に動ける筈だ。

 彼女はハルトマンへと向かって全速力で駆け出した。

 しかし、彼女がハルトマンに追いつくよりも先に、背景が目まぐるしく動き回る。


「ダメだよ。ミスティちゃんは私と遊ぶの!」

「ふえぇっ!?」

「はい、大切な豚さん。勝手に取り上げてごめんね」


 ライラは俺を抱いたまま、凄まじいスピードでミスティの前に回り込んだ。

 ミスティはかなり足が早いのだが、ライラはそれを遥かに上回っている。

 空間移動系の特殊能力と見て間違いないだろう。

 ライラは俺を返しながらも、ミスティの腕をしっかりと掴む。

 とぼけているようで隙のない行動だ。

 これで先程とほぼ同じ状況に戻されてしまった。

 こいつから逃れるのは不可能なのか?


『楽しそうだな。和泉裕也』

「楽しくなんかねーよ!

 いい加減、俺の身体から離れろよ!」

『俺の身体……だと?

 デッキに付いて来た金魚のフンが何を言うか』

「お前が召喚しておきながら、勝手な事を!」

『もう会う事もないだろう。

 ここで闇の魔女と仲良く暮ら……うおぉっ!?』


 ハルトマンは俺の身体から手を離し、左腕を抑えこむようにして、その場にうずくまる。

 そこには、今までは居なかった筈の小さな影があった。

 それは、赤いランドセルを背負ったおかっぱの少女だ。

 彼女の手には銀色に輝く棒状の物が握られている。


「ハナコちゃん?」

『このガキ! コンパスの針は他人に刺しちゃダメだと先生に教わっただろ!』


 ハルトマンに怒鳴られたハナコは逃げるように姿を消す。

 彼女が作ってくれた機会を逃す訳にはいかない。


「チャンスだ! ミスティ!」

「ダーメ。ミスティちゃんはお姉ちゃんと遊ぼうねー」

「ふえぇ……むりぃ」


 ライラは腕を引っ張り、ミスティを引き寄せる。

 折角、ハナコが時間を稼いでくれたのに何も出来ないのか。

 いや、ミスティが捕まっていても、俺は自由だ。

 俺の意思ではどうやっても動かせない身体だが、方法がなくもない。


「仕方がない。俺をボールみたいに蹴飛ばせ」

「ますたーに、そんなことできないよぉ」

「いつも、ダイフクをボールにして遊んでただろ。

 それに、俺が元に戻れないと、もうプリン食べられないぞ」

「えぇっ!? それはやだー!

 ますたー……ごめんね!」

「あっ! 豚さんが!」


 幸い、足元はお留守だったようだ。

 ライラに邪魔される事なく、ミスティは俺を蹴りあげた。

 俺の身体は宙を舞い、俺の本体へと真っ直ぐに突き進む。

 ナイスコントロールだぜ!

 このまま、ぶつかれば元の身体に戻れる筈だ!


『させるか!』

「なっ!?」


 しかし、あと一歩と言う所で邪魔が入る。

 刺し傷の痛みから回復したハルトマンに弾かれてしまったのだ。

 ぬいぐるみである俺は自分の意志では動けない。

 万事休す……か。


『悪あがきを……。

 相棒でもないユニットが邪魔をしたのは予想外だったが、これまでだな。

 いつまでも貴様に好き勝手させる訳にはいかんのだ』


 ハルトマンは再び俺の身体へ手を伸ばす。

 俺はそれを間近で見ている事しか出来ない。


「お……お願いがある。

 その身体に入ってもマリア……俺の仲間には、手を出さないでくれ」

『あのぺったんこか。

 安心しろ。興味はない。

 俺の相手は……なにっ!?』


 俺の身体に触れた瞬間、見えない力に弾かれるようにハルトマンは後ろへと吹き飛んだ。

 今度はハナコではない。

 何が起こっているんだ?


『まさか、そんな筈は……うおっ!』


 ハルトマンは諦めずに再び手を伸ばすが、やはり見えない力に弾かれてしまう。

 三回目、四回目、五回目……同じ行動を何度も繰り返す。

 試行回数が二桁を超えたあたりで、力尽きたのか彼はその場にへたり込んだ。


『そうか……俺はこの世界には戻れないと言う事か』

「マスター、大丈夫?」

『作戦変更だ。

 ライラよ、闇の魔女にあれを教えてやれ』

「えー……ミスティちゃん連れて帰っちゃダメ?」

『ダメだ。そいつにはやって貰わねばならない事が出来た』

「わかった。しょうがないなぁ……。

 じゃあ、ミスティちゃん、お姉ちゃんが良い事教えてあげるね」

「いいコト?」


 ライラはミスティの耳に何かを囁きかける。

 作戦変更と言っていたが、今度は何をするつもりだ?


『和泉裕也。この身体は貴様にくれてやる』

「は?」


 ハルトマンは地面に置き去りにされている俺を抱え上げ、元の身体へと押し付ける。

 今まで散々邪魔をしておいて、どう言う風の吹き回しだ?

 元の身体に戻れるのは願ったり叶ったりだが、こいつの意図が読めない。


『そう訝しがるな。

 俺が戻れない以上、貴様に賭けるしかなくなっただけだ。

 ただ、この身体に宿る者の宿命も背負うと言う事を忘れるな』

「何言ってのか分から……」

『餞別を用意した。

 目が覚めたら左胸の内ポケットに手を入れてみろ』


 視界が眩しい光に覆われ、声を発することが出来なくなる。

 この訳の分からない空間ともお別れか。

 ようやく、元に戻れるんだな。


「どうして、そんなイジワルいうの!?

 ミスティはますたーとずっといっしょだもん!

 ひどいよ、うわああぁん」

「ごめんね。でもこれがミスティちゃんと豚さんの為なの。

 お願い。泣かないで」


 ミスティの泣き声が聞こえる。

 彼女が囁かれただけで泣くなんてよっぽどだ。

 あの百合女め。

 どんな酷い事を言いやがった。


『行くぞ。ライラ』

「うん。ミスティちゃん、寂しいけどお別れだね。

 また会えたら結婚しようね」

「ぐすっ……やだぁ」

『嫌われてしまったな』

「き……きっと、ちょっと拗ねてるだけだよ。

 それより、マスターはこれからどうするの?」

『さあな……次の生まれ変わり先でも探すか』

「じゃあ、今度は女の子にしようよ!

 かわいかったら、私が結婚してあげる!」

『女か……それもいいかも知れんな』


 徐々に会話の声が遠ざかって行く。

 やがて、何も聞こえなくなり、俺の意識は光の中へと沈んで行った。

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