桜の木の下で
迷走してます。ヤンデレ表現が大丈夫な方、未熟な文が平気な方はどうぞ。
君がそんな風に言うから、私だってちょっとくらい怒るんだよ。君はいつだって私の気持ちなんてこれっぽっちも考えてくれないんだから。でも、そんな君が好きだから。そんな君を好きになったのは私だから。君の全部愛してる。ねぇ君もそうでしょう? 愛してるって言うの、恥ずかしいんだよね? 私は分かってるよ。恥ずかしいから君はそんな風に私を言うんだって。だから許してあげる。
* * *
「高坂」
夕日に染まる教室に、少年少女は立っていた。少年が短く名前を呼ぶと、少女はにっこりと笑った。
「なぁに?」
嬉しそうな少女、高坂夏美に対して、少年は眉間に皺を寄せ、重たい口を開く。
「高坂、もう……」
「ねぇ、私たちがはじめて会ったときのこと覚えてる?」
少年の声を遮り、教室をゆっくりと歩き出しながら夏美は話し出した。少年の顔はみるみるうちに強ばっていき、やがて青ざめる。夏美はその姿を見て小さく笑い、続けた。
「あのときは桜の花びらが落ちてきて、丁度葉桜になりかけてたころだったね。君は私を見てにっこりと笑ってくれたのを今でも鮮明に覚えてるよ。そう、そのときから私たちの愛は始まってたんだよね、初めてあったそのときから」
窓辺に寄りかかり、もう枯れてしまった桜をうっとりと見つめた。少年は何か言いたそうな顔で口を開いたり閉じたりを繰り返す。しかし、彼の口から彼の声は聞こえてこない。彼は、声を出すことが出来なかった。身体が緊張していき、冷や汗が彼の額を流れた。
「それからも君は私に笑いかけてくれたよね。あ、一緒に鬼ごっこもしたっけ。君は足が速いんだもん、私吃驚しちゃった。でも頑張って追いかけて捕まえたとき、すごく嬉しかったなぁ……」
夏美がクスクスと笑うと、彼は苦しそうに息を荒くした。胸を押さえ、目線は彼女の足の方を見ていた。冷や汗は全身からふきだして、彼の制服はもうびしょびしょだった。
「どうしたの? 苦しいの? 大丈夫だよ、私は側にいるからね」
「ひっ」
夏美が少年に近づこうとすると、少年は短く悲鳴をあげた。
「ひっ? しゃっくりでもでちゃったかな、私が驚かせて止めてあげようか?」
夏美は少年の頬に手を滑らせる。少年の形相は酷いものであり、彼女に酷くおびえていた。彼女はそれに気が付いているのかいないのか、口角をあげた。
「私が、怖いの?」
耳元で、夏美はゆっくりと、その言葉をささやいた。
「そんなわけ、ないよね? 私たち、愛してあってるんだもの」
声がだんだん低くなっていき、彼はガタガタとふるえだした。彼女の冷たい視線が、彼に突き刺さった。彼は片膝を、床に着いた。
「私知ってるよ。君さ、私のことストーカーって呼んでるんでしょ? 酷いよね? 私たち付き合ってるのにそんな言い方するの。今まで私は君のためにいろんなことしてきたんだよ? ううん、私と君の愛のために、私は何だって……」
「高坂……、もう、もうやめてくれよ!!!」
夏美の声を遮り、少年は怒鳴り散らした。やっとの思いで声が出ると、緊張の糸が切れたのか、彼は立ち上がり、更に怒鳴った。
「俺が何をしたっていうんだよ! なんなんだよ、お前! 気持ち悪いんだよ!! 愛し合ってるとか、被害妄想もいい加減にしてくれ!」
冷ややかな目で少年を見る。少年は時々荒く呼吸をしながら、苦しそうに続ける。
「お前、自分がなにやったかわかってるのか? その手に、足に、なにがついてるかわかってんのかよ!!!」
「おもしろいこと聞くんだね」
夏美は目を細めると、ゆっくり、少年から離れていく。
「これはゴミから出てきた汚いエキタイ」
自分の手足を見つめて、困った顔で夏美は言った。
「ゴミ……!? 人間を、ゴミ扱いかよ!!!」
「にん、げん?」
彼女はもう一度自分の手足を見た。その手は赤黒く、白い三つ折りの靴下もまた赤黒く染まっていた。
彼女は驚いた顔をして、小さく悲鳴をあげる。
「な、に、これ……血……?」
「高坂……?」
「わた、私こんなコトしてない! して……してない……!」
そう言って、夏美は彼に腕をつかんだ。そして俯いて、小さくふるえた。少年が暫く困惑していると、夏美の身体のふるえは、大きくなっていく。そして、彼女の甲高い声が教室に響いた。
「あははは、なーんちゃって!」
「!?」
「心配してくれた? ねぇ、私のこと心配してくれた?」
嬉しそうににっこりと笑い、少年の突き飛ばす。
「いいじゃない、別に。だってむかついたんだもの。君は私のモノなのに、あのゴミがちょっかいかけるから」
悪びれもなくそう言うと、机の上に座った。
「ほんとこれ、汚いよね。私も早く洗いたいんだけど、君が私のこと呼んだんだよ? 寂しかったの? ねぇ、先に洗ってきてもいい?」
「ふざ……!」
「ふざけるな? 私は至って真面目だよ。はやく洗わないと、靴下の血が落ちなくなっちゃう」
「ひ、人を一人殺したんだぞ!」
「私はね、今までだってこうしてきたの。目障りなモノは排除しなきゃ。でも排除しても排除しても湧いてくる、本当に困っちゃうわ。だからこれからもこうしていくんだよ。私、君のためだったらなんでもしちゃうの」
夕日を背にした彼女からは狂気を感じた。少年は恐ろしいと思いながらも、言わなければならないと思った。
「……いらない」
そして、言わなければならないことをつぶやいた。
「え? いらない?」
きょとん、と夏美は首をかしげると、少年は恐ろしい形相で怒鳴った。
「お前なんていらない! はやくどっかに行ってくれ!!」
「いらない? 私が?」
彼女は目を見開いた。彼女の目はどこを見つめているか分からない。
少年は俯いて、先ほどの怒鳴り声とは一転して、消えそうな声で続けた。
「確かに高坂を呼び出したのも俺だ。あの日も、今日も。でも遊び半分だったし、本当にお前がいるなんて信じてなかったんだよ」
「え?」
「悪かったよ、もうやめてくれ……お前の愛してる人は俺じゃないから……はやく……どこかに行ってくれよ……」
「言ってる意味……わかんないよ……?」
「……」
彼女は困惑していた。動揺を隠せずに、机から降りる際に机を倒した。そして、ふらふらと彼に近づいていき、その際にも机と椅子が音を立てて倒れていく。
「消えてくれよ……高坂夏美……お前の愛した人も……それを願ってるよ……」
「しょう……くん? 何を言ってるの、将くん」
「俺は高松将じゃない」
彼女の中で何かがはじける音がした。
「イラナイ」
「え?」
「もう、あなた、イラナイよ」
少年の目の前は、真っ暗になった。最後に見たのは、涙をいっぱい目にためて、顔をくしゃくしゃにした高坂夏美の姿だった。
『なんでそんな顔、するんだよ』
* * *
普通に好きな子ができて、その子と話すのは楽しくて。転校生の高坂夏美も俺に一途だったけど、やっぱり好きな子が一番で。彼女には悪いと思ったよ。でも、俺は好きな子を選んだ。そしたら高坂は、俺の好きな子を邪険に扱うようになった。嫉妬してるのか、そりゃ、そうだよなと思ってた。でもどんどんエスカレートしていった。そして俺は、彼女に、初めて会ったときのこと覚えてる? と言われた。
俺は友達とのゲームに負けた。罰ゲームであそこの桜の木の周りをぐるりと三周したあと、桜を見てにっこりと笑って両手を広げる。そして四周目を回ろうとしたとき、桜の木の陰から高坂があらわれた。少し吃驚したけど、なかなか可愛い子だった。話を聞いたら、転校生だと言った。それが、始まりだった。
彼女の嫉妬はエスカレートしていく。好きな子の机中が荒らされたり、鞄が捨てられたり、まるでいじめだった。それから好きな子は、行方不明になった。そして、俺はあのときの友達に、桜の木の高坂夏美、という話を聞かされた。信じられなかった。怖くなった。でも必死に好きな子を探した。やっとの思いで探し当てたころには、好きな子の姿は無惨なものだった。俺はあの日、勇気を振り絞って彼女、高坂夏美を呼び出した。
しばらくして、言いたいことを言い切った俺は、彼女に、イラナイと言われた。俺の視界は真っ暗になった。最後に見た彼女の泣き顔が、今でも忘れられない。……今、でも?
「あれ……?」
俺は気が付いたら夕暮れの教室で。目の前には高坂夏美が立っていた。高坂は眉を下げて、今にも泣き出しそうだった。
「どうして戻ってきたの?」
開いた窓から桜の花びらが教室へと入る。あれ? あそこの木の桜はまだ咲いてないんじゃなかったっけ?
「君がそんな風に言うから、私だってちょっとくらい怒るんだよ」
彼女は、ぽつりと言った。
「君はいつだって私の気持ちなんてこれっぽっちも考えてくれないんだから。でも、そんな君が好きだから。そんな君を好きになったのは私だから。君の全部愛してる。ねぇ君もそうでしょう? 愛してるって言うの、恥ずかしいんだよね? 私は分かってるよ。恥ずかしいから君はそんな風に私を言うんだって。だから許してあげる」
言い切ったとき、彼女の目から大粒の涙がこぼれた。
「私はいつだってそう思ってたけど、違ったんでしょ。それを、伝えに戻ってきたんでしょ」
俺は何も言わなかった。いや、言えなかった。何かに邪魔をされたように、俺の声は出なかった。あのとき、彼女に見つめられて怖くてでなかったのとは、違う感じだった。
「わかってるよ。私がオカシイのも、イケナイコトしたのも。でもあの人も、今まで会ったあの子も、あの子もあの子もあの子たちも君も、私を見てくれないから、視線の先の女が、羨ましくて、妬ましくて」
「知ってるよ。今までのあの子たちも、君も、将くんじゃないことくらい。将くんはとっくに死んじゃってるってことも。ただ、将くんを信じることで縛られていたかった」
「将くんの好きな人も、あの子たちの好きな人も、君の好きな人も、私じゃない。でもそれを受け入れないで、好きな人は私だって思いこんで。私に好きって言わないのは恥ずかしいからだなんて思いこもうとして」
「そうやって思ってないとつらくて苦しくて胸の奥の黒いもやもやが私を侵食していって、思いこむことでもやもやにふたをして、つらいことも苦しいことも忘れようとした。でももやもやはふたからあふれ出ちゃった」
「そして私は今までたくさんの女の子を殺したの。これからもそうしてくって思ってた」
「でも君が戻ってきたってことは、もうやめろってことなんでしょ」
「あのとき、いらない、じゃなくて、やめろって言えばよかったって後悔したんでしょ」
「そんな同情こそイラナイよ。君の伝えたいことは全部わかってるから、放っておいてよ」
「わかってて私はやり続けてるんだから、いいんだよ」
言い切ると、彼女は涙を制服の袖口で拭き、ため息を吐いた。
「もうやめよう」
ふっ、と俺の声はでるようになった。そして第一声が、それ。
「……」
高坂は不服そうに口をへの字に曲げる。
「君の気持ちは分かったよ。でも、もういいだろ」
あの時のような怖さは微塵もなく、俺は異様に冷静だった。
「……言っておくけど、俺はお前を見てたよ。ちゃんと。将くんの代わりにはならなかっただろうけどさ」
「……」
「どうせ俺は死んじゃってるし、お前の観察日記でもつけておこうかな?」
俺が笑うと、高坂は口をへの字に曲げたまま言った。
「……ありがとう」
「……おう」
こんなにぶっきらぼうな彼女は、はじめてだった。
「やめる」
「え?」
「そろそろ潮時だと思ってた」
「……」
「それでも、最期まで繰り返そうって。君に止められたってことは、最期くらい、本当に笑えってことなのかな」
「高坂……」
「君、死んでないよ」
「!?」
「大丈夫、ゆっくり目覚めるから」
「あ、ああ……」
「あのね、人間のこと、ゴミなんて言ってごめんね」
バイバイ。そう言って笑った彼女の姿は徐々に薄くなり、消えた。俺の意識もだんだんと遠のいていった。
* * *
「……くん」
「……?」
「起きて、もう下校時間だよ、帰らなきゃ先生に怒られちゃう」
ぼやっとする視界に浮かぶのは、俺の好きな子。
「あれ……?」
「帰ろ?」
そして、頭が混乱したまま、俺は好きな子と共に下校した。
次の日学校に来ると、あの桜の木が切られていた。よくわからないが、木の病気らしくて、腐っていってしまうらしい。それは他の木々にも影響するため、撤去するそうだ。
「黒い、もやもや」
そうつぶやいて、俺は目を瞑った。
図書館で古いアルバムをさがすと、高松将の名前は見つけたが、高坂夏美の名前は見つからなかった。ここの卒業生だという先生に話をきくと、高松将という先輩は変なやつで、ずっと桜に話しかけていたそうだ。そしてその桜の下で当時学校のアイドルだった高野清美に卒業式の後で告白した。残念ながら、その後二人がどうなったかはわからないという。
目に浮かぶのは、桜に向かって告白練習をする一人の男の姿と、嬉しそうな桜だった。
迷走しました。書いている本人もなんだかよくわからなかったりします。
眠いです。夜中の3時過ぎに初期設定も何も考えずに書き上げています。起承転結もありゃしない。
たまに矛盾点などあるかもしれませんがご愛敬と言うことで……w