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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

傍観者の回想

作者: 豚遊
掲載日:2026/01/07

もう四年程前のことです。悪名高い御家が王族殺害の罪で一族郎党処刑されました。


一族の血を引く者は皆一様にどうしようもなく冷酷で、意地の悪い方達でした。富と名誉を愛し、悪戯に下々の者達を手にかけるようなそれはそれは酷い方たちです。

処刑された一族の中にはまだ年若い、時期当主だった貴公子とその妹君で王太子の婚約者であられたご令嬢がいらっしゃいました。そのご兄妹もまた、大変情け容赦のない、我儘な方達でした。


妹君は正確には処刑された訳ではありません。ですが、行き着いた先は結局同じような場所だったのですから、些細な違いでありましょう。



私は金で爵位を買った成金貴族の家に生まれ、そんな彼らの遊び相手として幼少期を過ごしました。


私が知るお二人について、少し、お話し致します。

まず初めに、私は、彼ら兄妹に平手一つだって浴びせられたことはありません。それ故、他の方達より少し偏ったお話をしてしまうかもしれませんがお許しください。


私はご令嬢ーー妹君であられるベルネッタ様のお気に入りでした。兄君のアルベルト様も妹君には大変お優しい方でしたので、私を丁重に扱っていたように思います。


ベルネッタ様と私は毎日のようにままごと遊びをしました。私の身につけているドレスよりもずっと高額であろうビスクドールや、宝石の類を、彼女は私に一つずつ教えました。

おっとりとした明るい方でした。

ほとんどはベルネッタ様と二人きりで過ごしていましたが、時々、私達は庭で摘んだ花で花冠を作ってアルベルト様に贈ったり、剣のお稽古をするアルノルド様を見に行ったりしました。


今となっては残虐な行いばかりを聞く方ですが、私の目には優しい兄のように映っていました。こっそりとベルネッタ様と私に甘い菓子をくれたり、冗談を言って笑わせたりするような方でした。


強いて困ったことをあげるならば、ご兄妹が並外れて優秀だった故に、私が出来ないことを理解できなかった事でしょうか。

エリー、お前は何で文字が読めないの?

何故理解できないの?

どうしてできないの?

ベルネッタ様とアルベルト様は私がまごつく度不思議そうに尋ねました。

馬鹿にするような調子ではありません。ですが、心底不思議そうな顔をして、お人形のように整った顔が二つこちらを見つめてくるのですから堪ったものではありません。

根気強く彼らは私に文字も算術も教え込みました。足りない私に怒ることもないけれど、本当に不思議そうな顔をしていたので、あの美しい生き物達の頭では、私のような普通の子供は理解出来なかったのでしょう。


そうして、春も、夏も、秋も、一年中私達は共に過ごしました。

ご兄妹は他人が私達の世界に介入してこない限り、少なくとも私にとっては普通の友人でした。




年頃になるにつれて三人で完結していた世界が変わっていきました。

ご兄妹は素晴らしい貴族に。

私は成金の娘として蔑まれるようになりました。

お二人に気に入られていたことがまた、同年代の少年少女にとってはおもしろくなかったのでしょう。いくらあの悪名高い一族の出だとしてもご兄妹が素晴らしい貴公子とご令嬢であったことは疑いようがありませんから。


ある茶会でのことです。私は他の貴族の子供たちに取り囲まれました。


卑しい顔立ち、卑しい振る舞い、卑しい身なりーー彼らは口々にそう言って私を罵りました。

実際に私が身につけていたのは、成金ゆえにそこら辺の貴族の中でも上等な部類のものでしたが、そんな事実は関係ありません。容姿も礼儀作法もご兄妹のお側に置かれたぐらいですので恥じらうようなものではないと自負していました。


私は罵倒を黙って聞いていました。どうやったって自分ではどうにもできないこともあると知っていました。


次第にエスカレートして子息の一人が私の腕を無理矢理引っ張って、池に突き落としました。臭くて汚い水の中で、これでやっと満足したかしらと考えていました。

水面に上がった時、何やら騒がしくなっていました。私を池に落とした少年が地面に蹲って呻いていました。その前には、アルベルト様が立っていました。


彼は数度少年を足蹴にして、剣でその右腕を切り落としました。地面に血が染みて黒々としていました。


少年は悲鳴をあげのたうち回っていました。対して、周りにいた子どもたちは水を打ったように静まり返っていました。

姫を助け出す王子というにはあまりに残酷ななさりようでした。


「エリー、またこういう事があったら僕に言うんだよ」


彼は幼い頃から見慣れた穏やかな顔つきのまま、そう言いました。騒ぎを聞きつけた大人がやってきて、それからは阿鼻叫喚になりましたから、彼と話せたのはそれきりです。


私はその出来事の後から、両親に彼らに関わらないようにと忠告を受けました。数年前まで、ご兄妹と上手くやりなさいと言っていた口で両親は私に再び命令を下しました。言われなくともそのつもりでしたので、私は素直に頷きました。


ベルネッタ様から手紙が送られても、パーティーでアルベルト様と鉢合わせても、私は素っ気なく接するようにしました。彼らは奇妙な私の態度に気付いていましたが、責めることはありませんでした。


彼らは時折問題も起こしますが、人気者でもありましたので、いつも人に囲まれていました。私一人に態々構うほど暇な方達ではありませんでした。

そしてとうとう、手紙は途絶え、声をかけられることもなくなりました。


直接関わらずともご兄妹の噂は耳に入ってきました。

ーー兄君は、気に入らない騎士を、遊び半分で弓でいて殺したらしい

ーー妹君は王太子と婚約するために、他の候補者だったご令嬢の顔を毒を盛ってぐちゃぐちゃにしてしまったらしい


ご兄妹のなさる、遊び半分の暴力も揶揄いも賭け事も、聞くもの全てが悪辣で、私にはどうしても見知った二人に結びつけられませんでした。




万事そのような調子でしたから、その結末も必然でした。

ーーご兄妹のお父君が王弟を暗殺したことが発覚したのです。

王弟は何度も彼ら一族を糾弾しようとなさっていたので、彼らにとって目の上のたんこぶのような存在でした。いつもならあの一族のなさる事は有耶無耶になって誰も触れることができなくなりますが、今回は違いました。彼らは金銀財宝と共に恨みも随分買っていました。

暗殺を実行した協力者が一族を告発したのです。その者たちは、家族や自身が一族のせいで辛い思いをしたそうです。

最期にかの一族を道連れにできたのですから、上出来でしょうね。



一族郎党処刑に処されると聞き、私も好奇心で公開処刑を見に行ったのですよ。


一族の方々は内面の醜悪さに関わらず、綺麗な面差しをしている方ばかりなので、断頭台に立つ姿が皆一様に哀れに見えました。


アルベルト様の番は最後から二番目でした。数年会わない内に、背が伸びて肩幅もしっかりして大人の男性になっていました。私は彼がこちらを振り向きはしないかと見つめていました。

彼はこちらに気づく事なく首を落とされました。呆気ない最期でした。

彼の番が終わると、私はどうも見る気も失せてご当主の刑が執行される前に広場を後にしました。

処刑人が罪人の首を掲げ、群衆が騒ぎ立てます。うるさくて堪らないので、私は耳を両手で塞いで人混みを進みました。


一族でただ一人、ベルネッタ様だけは刑を逃れました。

まだ彼女が16歳だったことや、はっきりとした傷害の証拠がなかったこと、仮にも王太子の婚約者であられたことが理由でした。

彼女は生かされました。ベルネッタ様はもとのお屋敷とは比べようもないほど見窄らしいお屋敷に、監視をつけられて幽閉されました。

彼女のもとを何人もの人々が訪れ、罵りました。

そして冬のある朝、彼女は窓から身を投げて、首の骨を折って息絶えているところを見つかりました。


それからです。私の前にベルネッタ様の幻影が現れるようになったのは。


本当は誰が貴女を殺したのです? 


彼女に問うても反応が返ってくる事はありません。ただいるだけ、わたしに見えるだけなのです。

自身が精神を病んでいるのか、本当に霊魂というものが存在していたのか、今でも私には分かりません。

確かな事は私が彼女の死を痛ましく思っていたことです。当時はかの一族への同情など誰にも話すことなどできない雰囲気でした。悪辣で残酷な悪魔のような方々だと皆が罵っていましたから。


ベルネッタ様と御婚約していた、王太子の結婚式が開かれる前夜のことです。

私は隠していた短剣を引き出しから取り出して、鞘から抜いて眺めていました。ご兄妹から頂いたものです。首に一度ぴたりと当ててその冷たさに驚きました。


「君には無理だよ」


青い瞳の亡霊が私の顔を覗き込んでいました。アルベルト様の顔をしていました。


「やってみないと分からないではありませんか」


彼はわたしを鼻で笑い、私が瞬き一つする間に掻き消えました。あたりを見回してもそこには誰もいません。


馬鹿らしい、と一人呟いて、繊細な装飾が施された短剣の刃を見つめました。鋭く尖ったそれは容易く私の皮膚を裂くことができましょう。

結局、私は何もせず大人しく王太子の結婚式に参列しました。私が何をしたってどうしようもないことなんていくらでもありますもの。


幻影が見えなくなった頃、私は彼らが亡くなられて初めて泣きました。


自らを殺めたベルネッタ様は、その一月程前に私へ手紙を送っていました。他愛のない内容です。幼い頃の夢を見たことや窓から見える夕焼けが美しかったこと、ここは退屈で死にそうだと、少しの愚痴を添えて。

一番最後に、会いに来てはくれないかと、彼女は書いていました。私はその手紙の返事を書けませんでした。


怖かったのです。手紙を読んで思い浮かぶのは幼い頃の親切で美しいご令嬢の姿でも、数年の間にあれ程の悪事を働いた方がかつての友人と同じ存在だとは思えませんでした。


そのまま一週間程経って、また同じような手紙が届きました。現実の影を感じさせない明るい内容でした。二度も無視するのは私も悪い気がしてきて、会いに行くわ、と短い返信を送りました。


数年ぶりに顔を見たベルネッタ様は、少しお痩せになっても、華やかな美しさは変わっていませんでした。兄君と揃いの青い瞳が私の来訪を喜んでいました。

エリー、エリーと意味もなく私の名を読んで抱き締める姿に、昔に戻ったような錯覚を覚えました。私の表情が優れないことも気にせず、彼女は喋り続けました。

私は相槌を時折打つぐらいで、自分の話をしようとはしませんでした。幽閉生活の中で語れる事など僅かですから、暫くして彼女は黙りました。窓の外を不安げに眺めていました。


「私、悪いことなんてしてないわ」


拗ねた子供のように彼女はぽつぽつと話しました。


「兄様が射たのは平民上がりだったわ。折檻を加えたのだってきちんと仕事をしないからよ。それを皆さんは酷いって仰るの」


ご兄妹の手で目を失った者、四肢を落とされたり、後遺症の残った者は沢山いました。


「私達を嫌な子供だと、気味が悪いと罵るような人にどうして慈悲を与えなければならなかったの? 私は当たり前の事をしただけじゃない」


無垢な顔で彼女は訴えました。彼女を知らない人が見たなら可哀想にと慰めた事でしょう。


「なぜ……お前も私をそんな目で見るの?」


心底意味が分からないとでも言うように、彼女は顔を歪めました。

私は黙って部屋を出ました。見張りの者が憎々しげにベルネッタ様を睨んでいました。


そしてそれからすぐ、彼女は命を断ちました。


私があの時何か言葉をかけていたら結末は違ったのでしょうか。貴女にとどめを刺したのは私だったのでしょうか。気分が沈んでそのように考え込むことがあります。


あの方が選んだ結末を、嘲笑う人、当然だと因果応報だと吐き捨てる人がいます。

全くもってその通りです。ですが、自業自得だという言葉を彼女にかけることは出来ませんでした。彼女には、いえ、あの一族の方には何が悪かったなど分かっていなかったでしょうから。

ただ、可哀想にと最後まで、私くらいは憐れんでいたいのです。


幼い頃、ベルネッタ様とアルベルト様は厳しく躾けられて育ちました。

あれは躾けというにはあまりに苛烈でした。まだ幼い子供達に平気で力いっぱい鞭をふるい、罵倒を浴びせていた彼らの母君の姿は遊びにくるだけの私にとっても恐ろしい存在でした。

泣かないように耐え忍んでいた、お二人の痛ましい姿を今でも思い出すのです。

生まれる場所など選べないではありませんか。

あのお屋敷でご家族がどんな会話を交わし、お二人はどんな教えを受けていたのかその全てを知る訳ではありません。

ですが、あの一族の中で生きるのに、お二人がああいった生き方以外を知る術などなかったでしょうにと、そんな事を考えてしまうのです。

美しい人達です。沢山の人を傷つけて尚、純粋無垢なまま死んでしまいました。


これは、幼い頃の思い出を捨てきれない私の戯言でございます。



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