『「察しろ」と言ったら〜 』
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
新年初投稿です。
楽しんでいただけましたら幸いです (^^)
もしも人生をやり直せるとしたら、レグモンドは迷わず一週間前のあの瞬間に戻るだろう。
「マリーベル、愛している。僕と付き合おう」
――そう、この嘘の告白をした瞬間、レグモンドに破滅の門が開いたのだった。
◆
レグモンドが所属する第六騎士団は、平民からなる騎士団であった。
それも数ある騎士団の中でも一番下っ端で、王都では「ああ、第六騎士団ね」と鼻で笑われる程度の騎士団だ。
そんな立場だから、王都から離れた村や町への一年の派遣は第六騎士団の仕事だった。
今回、国境近くの小さな町に派遣されることになったレグモンドとジャックとドイルは、初めはくさくさした気持ちでやって来た。
しかし、派遣されたノルドー町は思いのほか素晴らしかった。
王都から来た騎士というだけで、レグモンド達はチヤホヤされた。町に出ればみんな尊敬の眼差しだし、店の前を通れば「いつもありがとう」と果物や野菜をもらった。
そのうえ、レグモンドは、三人の中で一番顔立ちが整っていた。
騎士にしては少し長めに切ってある栗色の髪はサラサラ風で、くりくりした茶色の瞳は愛嬌がある。鼻もまあまあ高く、全体的に甘やかな雰囲気のような顔立ちをしていた。
正直なところ、王都の垢抜けた女の子達と比べると町の女の子達はどこか野暮ったい。
しかし、それを上回る彼女達のキラキラした視線や、キャーキャーとレグモンドを慕う姿は、おおいに自尊心を満たし、鼻を高々と伸ばしに伸ばしてしまった。
エメットという恋人もできた。
彼女はレグモンドより三つ下の二十歳で、情熱的な赤髪の、華やかで色っぽい町一番の美人だった。しかも、この町唯一の商会の娘で金持ちだ。
レグモンドは、これまでの人生で経験したことがないほどチヤホヤされ、褒め称えられ、そして甘い時を過ごした。
はっきり言って、いい気になっていた。
…………だから、軽い気持ちであんな賭けをしてしまったんだ。
それは、本当に酔った勢いだった。
レグモンドは、この町に一緒に派遣されているジャックとドイルと毎晩酒を飲み、賭けを楽しんでいた。
その夜もいつもの流れで酒を飲み、何がきっかけかは覚えていないが、たまには違った賭けをしようと盛り上がった。
「はっ! 僕くらい顔が良ければ、どんな女でも落とせるさ。これを賭けるか?」
酔ったレグモンドは、謎の万能感があった。
「ブハッ! お前さ、自分が思うほど顔良くないからな」
「ゲラゲラ……。ああ、中のほんのちょい上くらいだろ? 無理無理」
…………この二人の言葉は、真っ当な評価である。
しかし、この時のレグモンドはそれを二人の僻みだと思った。自分は世界一の美形だと、なぜか心から信じていた。
「一週間で、魔法薬店のマリーベルを落としてみせるさ」
マリーベルは、町でも変わり者で有名な女の子だった。
年頃だというのに、常に魔法薬士特有の黒いローブ姿で不気味な空気を纏っていた。
「いやいや、無理だろ? 人嫌いで暗いマリーベルだろ?」
「ああ、無理無理。できたら今までの負け込んだ賭け金をチャラにしてやるよ」
二人はレグモンドができるとはまったく思わず、鼻で笑った。
レグモンドは、賭けで結構な金額を負け込んでいた。
そろそろエメットに金を借りようかと思っていたところだった。
「よし、賭け成立だ! 俺がマリーベルを落とせなかったら倍の金を払ってやるよ」
高々と宣言した。
…………亡くなった母さんが言っていた。
「お前は褒められるとすぐ調子に乗るんだから、気をつけるんだよ」と。
嗚呼、母さんは正しかった――。
◆
マリーベルは兄と二人で、町はずれの森の中で小さな魔法薬店を営んでいた。両親は小さい頃に亡くなっているらしい。
王都から離れた町や村では、薬草に魔法を込めて作った魔法薬を塗ったり、飲んだりして治すのが普通だ。
もちろん大きな怪我や大病には効かないので、その場合は王都の神殿まで行くようだが。
魔法薬を作る者を魔法薬士と言い、魔力が少なく魔導士にはなれない者がなる職業だった。
マリーベルとその兄は、魔導士になれるほどではないが多少の魔力があるのだろう。
ただ、魔法薬はエメットの家の商会でも売っているので、マリーベルの店はそこまで貴重でもないようだった。
レグモンドは、マリーベルを一度町で見かけたことがあるが、絶対付き合いたくないタイプの女の子であった。なんか暗いし黒いし怖い。
しかし、マリーベルを一週間以内に落とせば負け込んだ賭け金もチャラだ。
エメットも、マリーベルが相手ならレグモンドが本気になることもないと、笑ってこの賭けを許してくれた。
それどころか、マリーベルのせいで嫌な思いをしたことがあるらしく、がんばってと応援までされた。
ちょうどいいことに、今マリーベルの兄は薬草を採りに行っていて、一週間ほど帰って来ないという情報もあった。
残念なことに、全てがレグモンドに都合が良かった。
――1日目。
「マリーベル、愛している。僕と付き合おう」
訪れた魔法薬店の中は薄暗く、薬草特有の苦味のある匂いがした。
その中心に立つマリーベルは、さらに黒々しい印象を受けた。
頭からつま先まですっぽり着た黒いローブから覗くのは、伸びっぱなしの長い黒髪に青白い肌、唇ばかりが赤く目立ち、前髪で隠れた目は視線が合ってるんだか、合ってないんだかもわからない。
しかし、そんなことは気にしないふりをして、レグモンドはマリーベルの前に跪き、とっておきの甘い声でマリーベルに嘘の告白をした。
「…………」
しかし、マリーベルからは無言が返ってきた。
闇を煮詰めたような闇より黒々した髪も、血のように赤い唇も、幽霊を前にしたように背筋がゾワッとした。
夜中に見かけたら、レグモンドは悲鳴をあげて逃げる自信がある。
しかし、ここぞとばかりに無駄な勇気を振り絞った。
自分は世界一の美貌だと証明したかったし、賭けに勝ちたかった。
「マリーベル、愛している。僕と付き合おう」
レグモンドはもう一度言ってみた。
ついでに王子様を気取って、その手の甲にキスをしようとした。
しかし、マリーベルの手に触れた瞬間、バチッと静電気が弾けた。
「痛っ!」
レグモンドは咄嗟に手を引いて、静電気如きで大声を出したのを誤魔化すように咳払いした。
「ゴホン、マリーベル。返事をくれるかな?」
「………………………………誰?」
長い長い沈黙のあと、マリーベルがぽつりとしゃべった。もっと低くおどろおどろしい声を想像していたが、意外にも高く澄んだ声だった。
一瞬その声にポーッとなったが、すぐにレグモンドはびっくりした。この町で自分のことを知らない奴がいるなんて思いもしなかった。
「えっ!? 僕のこと知らないの? 本当に?」
マリーベルがこっくり頷いた。
「僕は王都から派遣された、今噂のイケメン騎士のレグモンドだよ」
「………………」
気を取り直して、レグモンドは自己紹介した。
マリーベルは、またもや沈黙した。
「あの、マリーベル? 僕とのお付き合いは、もちろんオッケーだよね?」
「無理」
マリーベルが即答した。
レグモンドは断られるなんて、微塵も思っていなかった。だから、マリーベルは自分と釣り合わないと思って断ったんだと独自の解釈をした。
「マリーベル。君は宝石の原石のように素敵な女の子なんだ」
安心させるように、優しく微笑みを浮かべて適当なことを言った。
「宝石……原石……素敵…………。本当に?」
しかし、マリーベルが今までと違う反応を返した。
「うん、本当さ! そうだ、まずは今日から一週間だけお試しで付き合ってみるのはどうかな? 僕と付き合ったら、絶対宝石みたいな女の子になれるよ」
レグモンドは、付き合いさえすればマリーベルはすぐに自分に惚れるはずだと、なんの根拠もない自信があった。
「………………わかった」
マリーベルは、コクリと頷いた。
「じゃあ、早速明日デートしよう!」
「………………うん」
…………嗚呼、破滅の門がウェルカム! と開いてしまった。
――2日目。
次の日から、マリーベルのお昼の休憩時間に合わせて町でランチをすることにした。
待ち合わせの噴水前で、レグモンドは一応初めてのデートということで少し早めにやって来た。
驚いたことにマリーベルはもう噴水前に来ていた。
レグモンドは、やっぱりマリーベルは自分のことが好きなのではないかと思った。
「マリーベル、早いね。じゃあ、行こうか」
レグモンドは流れるように手を繋ごうとしたが、またもや静電気がバチッと鳴った。
「痛っ!」
マリーベルは帯電体質なのかもしれない。
レグモンドは、手を繋ぐのは諦めて隣を歩くことにした。
町の大通りを歩いていると、周りの人がギョッとしたように、連れ立って歩くレグモンドとマリーベルを見た。
やはり、黒ローブに長い黒髪のマリーベルは黒々とした空気を纏ってとにかく目立つようだ。
そんなマリーベルの隣を歩くのは恥ずかしかったが、賭けのために我慢した。
適当なカフェでマリーベルとランチをしたが、とにかく気まずいの一言に尽きた。
向かいに座って黙々と食べるマリーベルは、何を話しても無言だし、長い前髪に隠れた目はどこを見ているかもわからない。
しかも、ちゃんとエメットに借りておいたお金でおごってあげようとしたのに、マリーベルはきっちり自分の分を払ってしまった。
カフェを出てからこっそりお金を渡せばいいのにと、察しの悪いマリーベルにイライラした。
「では、店があるので…………」
マリーベルが今日一番の長文をしゃべり、さっさと踵を返した。
ローブが黒々と翻る。
「待って、マリーベル」
レグモンドは、明日のことを考えて呼び止めた。
「…………?」
マリーベルが、振り返って小首を傾げた。
「あ、あのさ、マリーベル。明日は黒ローブじゃない服装はどうかな? 絶対素敵だと思うんだ」
明日も黒々したマリーベルの隣は嫌だったから、レグモンドは必死の愛想笑いを浮かべて言った。
「素敵……。例えば?」
今日初めてマリーベルと会話が成立した。
「例えば……? あ、これとか、あれとか、それとかは?」
レグモンドは、たまたま目についた店の服を指差した。
はっきり言って、黒ローブ以外ならなんでもいい。
「なるほど」
マリーベルは頷くと、レグモンドが指差した服を次々と買って帰って行った。
すぐに言う事を聞いたマリーベルに、間違いなく自分にぞっこんだとレグモンドは確信した。
――3日目。
レグモンドが待ち合わせの噴水前に時間ぴったりに行くと、黒ローブは見当たらなかった。
やれやれ、マリーベルは遅刻かと噴水の縁に腰を下ろした。
レグモンドはふと顔を上げると、綺麗な後ろ姿の女の子を見つけた。
ほっそりと華奢な体つきなのに、柔らかそうな曲線を描く体の線が仄かに色っぽく、淡いピンクのワンピースに長い黒髪が風にサラサラと揺れる姿は妖精のような可憐さだった。
(同じ黒髪でもマリーベルとは雲泥の差だなぁ)
レグモンドがそう思った時、その女の子が振り向いた。
「っな!?」
あまりの驚きにレグモンドは、噴水に落ちそうになった。
「マ、マ、マ、マリーベル!?」
前から見たその姿は、安定の黒々とした空気を纏ったマリーベルだった。
「…………? はい」
マリーベルが、何言ってんだ? というように小首を傾げて返事をした。
レグモンドは、昨日と同じカフェに向かいながら、ソワソワとした心地を味わった。
隣を歩くマリーベルは、その指先は透き通るように白く嫋やかで、歩くたびに揺れる淡いピンクのワンピースが愛らしく、もうどうにも彼女に触れたくて堪らなかった。
しかし、抱き寄せようと肩に手を回すと静電気が盛大にバチッとなる。それで冷静になってその顔を見ると、やっぱり黒々とした長い髪の、暗黒の何かが漂うマリーベルで、その落差にビクッとなるのを繰り返した。
レグモンドは、店に着く頃には疲れてしまった。
「あのさ、マリーベル。とても今日のワンピースは素敵だと思うんだ」
「…………どうも」
「いや、長い黒髪もマリーベルらしくて素敵なんだよ? でもさ、不気……ゴホン、前髪を目が見えるくらい切って、伸びっぱな……ゴホン、綺麗な後ろ髪も揃えて軽くしてみたら、もっと素敵なんじゃないかな? うん、絶対素敵だよ!」
レグモンドは、とにかくこの黒々とした何かの元凶は長く重い黒髪だと思った。
それをどうにかしたかった。
絶対、今よりマシになるはずだ。
「なるほど」
マリーベルは、素直に頷いた。
「あ、ほら。ちょうど美容室があるよ。早速どうかな?」
目の前に、運命のように美容室があった。
「わかった。行ってくる」
レグモンドの言う通りに、マリーベルは言うことを聞いてくれた。
「うん! 本当に残念だけど、また明日ランチをしようね」
美容室に向かうマリーベルを、レグモンドは笑顔で見送った。
――4日目。
レグモンドは、待ち合わせの噴水前でドキドキとマリーベルを待った。
あの可憐な姿に普通の顔が付けば、それだけで1.5割り増しに可愛く見えるはずだ。
そうして、待ちに待ったマリーベルは、待ち合わせの時間より少し遅れてやって来た。
「ごめん、遅れた。よくわからない赤髪の女に絡まれた」
マリーベルが出会って一番の長文をしゃべったが、レグモンドはただあんぐりと口を開けるしかできなかった。
目の前にとんでもない美人がいた。
暗黒の黒と思っていた長い黒髪は、今は綺麗な星空の夜の色に見えた。
星の粒子を纏うように艶やかな黒髪は、背中の中程の長さに切り揃えられ真っ直ぐで涼やかだ。
初めて見ることができたその瞳は、蜂蜜のように甘やかな琥珀色でぱっちりと大きく、伏せるとまつ毛が影を作るほど長い。
幽霊みたいに青白いと思った肌は、新雪のように清らかな白で、血のような赤だと思った唇は、朝露に濡れた薔薇の花弁の紅に印象をがらりと変えた。
その小さく形良い唇は触れ難いほど神々しく、レグモンドは思わず拝みそうになった。
髪を切ったマリーベルは、その無表情さも相まって、一流の人形職人が人生を懸けて作り上げた人形のように美しかった。
「…………レグモンドさん?」
至高の美人がレグモンドの前にいて、レグモンドを見て、レグモンドの名前を呼んだ。
「マ、マ、マ、マリーベル!?」
レグモンドは驚愕の声をあげた。
「…………? はい」
それに対して、マリーベルは珍妙な生き物を見るような目でレグモンドを見ながら返事をした。
その後のレグモンドは、ドキドキうるさいほど高鳴る心臓と、完熟トマトよりも真っ赤な顔でマリーベルとランチをとった。
水は溢すし、スプーンを持つ手は震えてスープは上手くすくえないし、パスタはフォークに巻きつかない酷い有様だった。
そんなレグモンドなど、まったく気にしない様子でマリーベルは食事を進めるのだが、その姿はまるでお姫様のように気品があるように見えた。
もちろん、マリーベルの食べ方が変わったわけでもなく、レグモンドの見方が変わっただけだが。
どうにかランチを食べ終わったレグモンドは、ふわふわとした夢心地でマリーベルと別れた。
騎士の宿舎に帰ってからも、思い出すのはマリーベルのことばかりだった。
艶やかな宵闇の長い髪、大きな琥珀色の瞳、小さな紅い唇……。
絶世の美女のマリーベルは、なんでも言うことを聞いてくれるほど自分にぞっこんなのだ。
「はぁ…………。マリーベル…………」
熱い吐息と共に愛しい女性の名前を呟いた時、ノックもなしに無遠慮にドアが開いた。
「ちょっと、レグモンド! 今マリーベルの名前を呼んだわね!? マリーベルとは賭けのために付き合うふりをするだけじゃなかったの!? 今日マリーベルに会ったら、別人みたいになってたわ! ねぇ、本当にマリーベルのことはなんとも思ってないのよね!? なんでルカラシュカといい、あんたといい、マリーベルばかり! ちょっと、聞いてる!?」
そうギャンギャンと吠えながら入って来たのは、エメットだった。
今までは町一番の美人と思っていたのに、本物の美人を見たあとでは、ただの化粧の濃い田舎娘にしか見えなかった。
レグモンドはうんざりとした気分になったが、エメットが金持ちなのを思い出して、笑顔を貼り付けた。
「エメット。もちろん、君を一番愛しているよ」
「本当? レグモンド」
途端にエメットの機嫌が直り、媚びるようにレグモンドに抱きついた。
「本当さ。マリーベルのことは、賭けのために相手しているだけだよ」
レグモンドはエメットを抱きしめながら、今後のことを考えた。
マリーベルは確かに美しいが、寂れた小さな魔法薬店の娘だ。
結婚はエメットとして、マリーベルのことは愛人にするのはどうだろう?
マリーベルは、自分に惚れきっているのだ。
きっと、自ら愛人でいいからそばに置いてほしいと懇願するに決まっている。
…………破滅の門に嬉々として飛び込む自分につける魔法薬があったら、どんな高額でも買ったのに。
残念ながら、馬鹿につける薬はこの世にはないらしい。
――5日目。
レグモンドは、ウキウキといつもの噴水前に向かった。
美人のマリーベルに会うのが楽しみで、一時間も早く家を出てしまった。
しかし、途中ではたと立ち止まった。
どちらの立場が上か、ちゃんとマリーベルにわからせないと、愛人になるのを渋られてしまわないかと不安になった。
(こんな早くからマリーベルを待っていたら駄目だ)
これでは、マリーベルの立場の方が上みたいだ。
レグモンドは、噴水前ではなく近くの木の陰に隠れて待つことにした。
散々待たせて、マリーベルに振られる危機感を持たせるんだ。
そうして、木の陰に隠れて待つこと一時間。
やっと約束の時間にやって来たマリーベルは、やはり可憐で美しかった。
レグモンドは、木の陰からうっとりとその美貌を眺めた。
淡い水色のワンピース姿のマリーベルは、水の女神に見えた。あまりに清楚で無垢で愛らしくて、レグモンドは木の陰から拝んだ。
その時、道の向こうからジャックとドイルの姿が見えた。
レグモンドはチャンスだと思った。
(マリーベルと仲睦まじいとこを見せれば、賭けは僕の勝ちだ!)
それに、こんなに美しいマリーベルが自分にぞっこんな姿を見せるのは気分も良さそうだと、押さえきれない笑みが漏れた。
「マリーベル、さあ行こうか」
颯爽と木の陰から出たレグモンドは、気取ってマリーベルに声をかけた。
「え? この子がマリーベル!?」
「はぁ!? あの暗くて変わり者の!?」
案の定、二人は驚愕の声をあげた。
「ん? ああ、二人ともいたのか。紹介するよ。恋人のマリーベルだ」
レグモンドは、とても気分良くマリーベルを抱き寄せようとした。
しかし、いつもの如くバチッと静電気が鳴ったので、その手は誤魔化すように頭を掻いた。
「すげぇ美人じゃないか!」
「マジか!? もう恋人にしたのか!?」
興奮したように騒ぐ二人に、レグモンドはなんでもないような澄ました顔をしながら、内心は高笑いが止まらなかった。
しかし、そこで余計な言葉を言う者がいた。
「恋人ではない。一週間の仮の付き合いだ」
マリーベルが淡々と真実を二人に伝えた。
その声はさほど大きな声でなかったのに、それでも綺麗な鈴のようなマリーベルの声はよく響いた。
「なんだ、恋人じゃないのか」
「やっぱりな、こんな美人がレグモンドの恋人なんておかしいと思った」
ジャックとドイルは、馬鹿にしたように笑った。その場に居合わせた周囲にも笑いが起こった。
レグモンドは真っ赤になって、マリーベルを睨んだ。
「マリーベル、ちょっといいかな?」
「…………?」
レグモンドは、肩を怒らせて路地裏まできた。
マリーベルは、不思議そうな顔をしながらもちゃんとついて来てくれた。
「あのさ、察しろよ!」
我慢できずにマリーベルを怒鳴りつけた。
しかし、マリーベルは小首を傾げるだけだ。
「マリーベルは、察しが悪すぎるんだよ! 恥かかせるなよ! そんなんじゃ振られるからな」
振られるも何も付き合ってもいないのに、頭に血が上ったレグモンドは喚いた。
「ふ、振られる……」
しかし、意外なことにマリーベルは顔色を悪くした。
「ああ。察しが悪い女は振られるさ」
「なるほど」
マリーベルは、覚悟を決めたようにレグモンドを見た。
「貴重なご意見、ありがとう」
マリーベルは、ランチをすることなくいそいそと帰って行った。
――6日目。
ドンドンドン!
「うぅ、頭が痛い。気持ち悪い……」
レグモンドは、明け方までやけ酒を飲んで寝たため、最悪の目覚めだった。
そのうえ、ドアを叩く音が頭に響いてめまいがしそうだ。
「おい、レグモンド! 寝てるのか!? 今日昼に王都から第六騎士団長が様子を見に来るの、忘れてないよな!?」
「ちゃんと身支度整えろよ!?」
ドアの向こうから怒鳴るジャックとドイルの声に、レグモンドは顔を真っ青にした。
すっかり忘れていた。
時計を見ると、昼までもう一時間ちょっとだ。
レグモンドは慌てて飛び起きた。
(まずい、まずい、まずい)
吐く息は酒臭いし、顔色は悪いし、酒が抜けずにクラクラしている。
こんな姿では、団長の前に出られるわけがない。
どうにか、酒を抜かなければ大変だ。
しかし、二日酔いに効く魔法薬は町にあるエメットの商会では無駄に高かった。
商会長のエメットの父親はケチだからタダでくれるわけもなく、いつものようにエメットにこっそり持って来てもらう余裕もない。
(そうだ、マリーベルだ! あいつに魔法薬をもらえばいいんだ)
レグモンドは、宿舎を飛び出した。
二日酔いでヨロヨロする足で必死に走り、やっと森の中の魔法薬店にたどり着くと、ちょうどマリーベルが小瓶をカウンターに並べているところだった。
紫色の小瓶は、二日酔いに良く効く魔法薬の小瓶だ。
「これをもらうよ」
「は?」
レグモンドは、マリーベルからその小瓶を奪うとぐいと飲み干した。
「ああ!」
マリーベルは、嘆くようにレグモンドが飲み干した小瓶を震える手で握った。
二日酔いの魔法薬は高価だから、小さなこの店では貴重な品なのだろう。
「急いでいるんだ。仮とはいえ付き合ってるんだから、それくらいサービスでいいよね!」
レグモンドは、金を払うつもりはさらさらなかったけど、この場は「急いでいるからあとで払う」と言って、あとでなあなあにするつもりだった。
しかし、慌てていたレグモンドは間違って本音を告げてしまった。
(まずい!)
レイモンドは、逃げるように店を飛び出した。
マリーベルが何か叫んでいたが、今はそれどころではない。
脇目もふらず、レグモンドは宿舎に戻った。
「おい、遅かったな」
「どこ行ってたんだよ」
すでに身支度を整えた、ジャックとドイルが宿舎の前に立って団長を待っていた。
「ご、ごめん。うっぷ……」
レグモンドは、えずいた口元を覆った。
「おい、大丈夫なのか?」
「お前、酒臭いぞ」
ジャックとドイルが、顔を顰めてレグモンドを見た。
「二日酔いの魔法薬を飲んだから、じきに落ち着くよ」
二人はホッとしたように頷いた。
そのすぐ後、第六騎士団長が宿舎に着いた。
本当に間一髪、団長が来る前に間に合った。
レグモンドは、ホッと胸を撫で下ろした。
「ご苦労」
団長はニコリともせず、低い声でレグモンド達に声をかけた。
強面で大柄な団長は、威圧感が半端ない。
レグモンド達は一斉に背筋を伸ばし敬礼をした。
「早速、ノルドー町の警備の報告を聞こう。ジャック」
団長がジャックの前に立った。
「はっ! ノルドー町に魔物が出ることはありませんでした。自分達は、主にこの町の治安維持に務めております」
ジャックはキビキビと答えた。
「うむ、ドイル」
次に団長は、ドイルの前に立つ。
「はっ! こちらノルドー町の見回り記録になります」
ドイルが用意していた記録簿を団長に渡すと、パラパラとページを目を通し始めた。
レグモンドは早く薬が効くのを祈ったが、残念ながら一向に効く気配はない。
とうとう、団長がレグモンドの前に来てしまった。
「次、レグモンド……って、なんだお前、酒臭いな?」
ギロリと睨まれて、レグモンドはビクリと飛び上がった。
「も、申し訳ございません!」
「それについてはあとで罰を与える。ノルドー町について、気づいたことはあるか?」
レグモンドはこれ以上の失態はまずいと、気を引き締めた。
「はっ! この町の娘は野暮ったいですが、キャーキャー言って慕うところはいいと思います。自分達が騎士服を着て、適当に町をウロウロすれば野菜や果物をもらえるし、店では安くしてもらえるのもいいです」
レグモンドはハキハキと答えたが、その内容に焦って口を覆った。
(な、何を言ってるんだ、僕は!?)
「は?」
団長が呆気に取られたようにポカンとした。
「お、おい。何言ってるんだよ」
「お前、ふざけるなよ」
ジャックとドイルが慌てたように、レグモンドの口を押さえようとした。
しかし、その前に団長が二人を制した。
「続けろ」
「はっ! 町一番の美人はエメットだと思っていましたが、マリーベルの方がとんでもない美人でした。そのため、結婚は金持ちのエメットとして、マリーベルは愛人にしたいと考えております。本当はマリーベルなんて賭けの対象でしかなかったんですが――」
レグモンドは口を閉じようと思っても、内心をペラペラとしゃべることを止められず、マリーベルの賭けや三人でたまにさぼっていたことまで、全て告げてしまった。
今や団長の顔は怒りで赤黒く染まり、ブルブルと体を震わせていた。
ジャックとドイルは、信じられないという目でレグモンドを睨んだ。
「よく分かった。三人には謹慎を命じる! 王都から交代の騎士が来たら、王都に戻り正式に処罰を申し渡すこととする」
団長は厳しく言うと、宿舎へ顎をしゃくった。
レグモンドは、ジャックとドイルに睨みつけられながら宿舎の部屋に戻った。
一体何が何やらわからなかった。
しかし、ハッとしたようにマリーベルの店の魔法薬を思い出した。
一向に二日酔いが治る気配もないし、思い出してみれば、いつもと味が違ってとろみがあって甘ったるかった。
(マリーベルの薬のせいだ!)
だからといって、レグモンドの今の状況が変わるわけではない。
レグモンドは、ベッドに横になって頭を抱えた。
ジャックとドイルは、職務怠慢だけだからそこまで重い罰にはならないだろう。
しかし、レグモンドは職務怠慢に加えて、平民女性に対する不適切行為だ。騎士の誇りと信頼を傷つけるこの手の不適切行為は、処罰も厳しい。
鞭打ちの刑のあと、騎士団をクビになるかもしれない。
騎士団をクビになると額に印を押されて、まともな仕事に就くことができなくなる。
運良くクビを免れたとしても、やらかした騎士が送られる左遷先、瘴気の森の魔物駆除の任に就かされてしまう。
そんなのは、どちらも嫌だ。
(ああ、どうしたらいいんだよ)
レグモンドは眠れない夜を過ごした。
――7日目。
「そうだ!」
レグモンドは、ガバリと起き上がった。
目の下には隈が色濃くくっきりと刻まれていたが、その目は希望に輝いた。
自分には、エメットとマリーベルがいることを思い出したのだ。
クビになるのなら、さっさと自分から辞めてエメットと結婚すればいいのだ。
それで、マリーベルを愛人にして、この町で楽しく暮らすなんて最高じゃないか。
状況が状況だけに、クビの印は押されてしまうが鞭打ちは免れるし、瘴気の森よりこの町の方がいいに決まっている。
そうと決まれば、レグモンドの行動は早かった。
団長の部屋に駆け込むと、とにかく自分が悪かったことを土下座して謝罪し、自ら退職すると告げた。
その涙ながらの謝罪と自主退職を前に、狙い通り団長も怒りを収めてくれた。
魔法具でクビの印は押されてしまったが、そんなことは愛の前には些細なことだ。
レグモンドはそのままの勢いで、エメットの元に駆け込んだ。
「エメット、結婚しよう。僕は君のために騎士を辞めて、この商会を継ぐことを決めたよ」
レグモンドは、玄関前で両手を広げて微笑んだ。エメットが感動して抱きついて来ると思った。
しかし、エメットはフルスイングでレグモンドをビンタした。
「エ、エメット!?」
勢いよく吹っ飛ばされたレグモンドは、尻もちをついたままエメットを見上げた。
「はぁ!? クビになったの間違いでしょ!? 町中あんたらの噂で持ちきりよ。私よりマリーベルが美人で、私とは金のために結婚して、マリーベルは愛人にするって!?」
なんてことだろう!? 昨日の宿舎での出来事はすでに町の噂になっているようだ。
「い、いや、それは、何かの間違い……」
しどろもどろと言い訳するも、もちろん上手い言葉は出てこない。
「そんなクビ印が額にあるのに間違いもへったくれもないでしょうが! 私はね、こんな田舎町じゃなくて王都に行きたいからあんたと付き合ってたのよ! 騎士でなくなったあんたに用はないわ! 二度と私の前に顔を出さないで」
エメットはキレッキレの滑舌で一息に言い切ると、足音も荒く家の中に入っていった。
レグモンドは、呆然と殴られた頬を押さえて地面に転がっていたが、それでもまだマリーベルがいると気持ちを奮い立たせた。
(そうだ。マリーベルは僕に夢中だし、元はといえばあいつの魔法薬のせいじゃないか。責任取って、僕と結婚してもらうんだ)
そうして意気揚々と魔法薬店に駆け込むと、驚いたことにマリーベルがレグモンドに駆け寄って来た。
(やっぱりマリーベルは僕にぞっこんなんだ)
「おい、あの魔法薬のせいで酷い目に遭ったんだぞ!?」
自信を持ったレグモンドは、上から目線で言った。
「なるほど。具体的にはどのように?」
マリーベルが、なぜか目を輝かせて食い気味に尋ねた。
「ぐ、具体的? えっと、思ってることを正直にペラペラとしゃべったり? え? 時間? 多分、一時間くらい? 体に変化? それはなかったよ。うん、どこも具合が悪くなったりしなかった。え? 改良点? う〜ん、ちょっと甘すぎかな。もっと柑橘系のさっぱりした味の方が……じゃなくて! その薬のせいでクビになったんだぞ。一体、なんの薬だったんだよ!?」
マリーベルの矢継ぎ早の質問に押されて答えていたが、はたと我に返ってレグモンドは軌道修正した。
本当に恐ろしい薬だ。自白剤か何かだろうか?
「ん? 『察しろ』と言われたから、察しが良くなる魔法薬を作ったつもりだった。失敗、失敗」
マリーベルは、綺麗な人形のような顔でとんでもないことを言った。
「はあ!? とにかく、責任取って僕と結婚しろよ」
「…………なんで?」
マリーベルは、キョトンと首を傾げた。
「だって、マリーベルのせいだろ?」
「レグモンドさんが制止も聞かずに勝手に飲んだ。察しを良くするための薬の試作品だけど、効能はまだ試していないから気をつけろとちゃんと言った」
「あ……」
レグモンドは、ぐっと言葉を詰まらせた。
確かに、勝手に飲んだのは自分だ。
マリーベルは、あの時何か叫んでいたのに、それを知らんぷりして逃げたのも自分だ。
マリーベルには、なんの責任もなかった。
「一週間経ったし、もう仮の付き合いも終わりでいい」
そのうえ、マリーベルから仮のお付き合いのお終いまで言われてしまった。
しかし、レグモンドにはもうマリーベルしか残っていない。
「と、とにかく僕と結婚してくれ! お願いだ」
レグモンドがマリーベルに迫った瞬間、誰かに頭を鷲掴まれギリギリと持ち上げられた。
レグモンドは、掴まれた頭のあまりの痛みに涙を流して痛い痛いと喚いた。
しかし、ゆっくり向きを変えられ自分の頭を鷲掴む男と目が合うとパクンと口を閉じた。
闇夜のような艶やかな黒髪に、月の光を閉じ込めたような白金の瞳、高く形良い鼻梁に薄い唇。美を追求して作ったらこうなったというような、完璧な美貌の男が目の前にいた。
それまで自分は世界一の美形だと思い込んでいたが、一瞬で夢から醒めた。
美形というのは、目の前の男を言うのだ。
しかも、背も高く、黒いローブを着ていてもわかるような、均整のとれた筋肉がついている。
男から見ても惚れ惚れするような男だった。
そんな男が凶悪な顔で、視線だけで殺しそうなほどの殺気を纏って自分を睨みつけていた。
「てめぇ、誰だ?」
その柄の悪い口調すら、その男の美しさを損なうことはなかった。
「ルカ兄様、お帰りなさい」
掴み上げられたレグモンドなど目に入らないように、マリーベルがその男の横にキュッと抱きついた。
今までの無表情が嘘のように、マリーベルは愛らしい満面の笑みを浮かべていた。
途端に男は、レグモンドをポイッと投げ捨てた。
「マリーベル、ただいま」
その声はどこまでも甘やかで、横にくっついたマリーベルを前に移動させると、宝物のように優しく抱きしめた。
レグモンドが触れるとなぜかいつもバチッと鳴る静電気は鳴らない。
「なんで? 静電気は?」
「あ゛? あれは俺がマリーベルにかけた男避けの魔法だ」
なんてこともないように男は言うが、そんな魔法が使えるなんて魔導士レベルじゃないか。
先程マリーベルは男のことを『ルカ兄様』と呼んだから多分兄なのだろう。
しかし、どう見ても兄妹には見えなかった。
世界に二人だけしかいないように、抱きしめ合う二人は恋人同士にしか見えない。
「え? 兄妹じゃないとか?」
レグモンドは、床に這いつくばったまま混乱した。パズルのピースのようにぴったり抱き合う姿に思わず呟いた。
それでも、マリーベルにその声が聞こえたようで、ほんの少し顔をレグモンドに向けた。
「ん? ルカラシュカは、血が繋がっていない兄で、私の愛する人だ」
「あ、愛する……?」
レグモンドは、ガガンと脳天を打たれた心地がした。
「じゃ、じゃあ、僕は?「あ゛!?」すみません!――」
途端にルカラシュカに凄まれて、レグモンドは体を縮ませた。
「レグモンドさんは、私を宝石の原石だと言ってくれた。私はルカ兄様を愛しているが、妹としか見てくれない。だから、ずっと魅力的な女の子になりたかった。でも、私にはそんなことを相談できる友達はいないから、レグモンドさんと一週間お試しで付き合って宝石になろうと思った。ありがとう。助かった」
(要するに、初めから眼中にないと……)
レグモンドは、一縷の望みをぶった斬られた。
「どうだ? ルカ兄様、私は宝石になることはできたか?」
「マリーベル、そんなことを思っていたのか。お前はそのままで宝石よりももっと魅力的な女だ」
「じゃあ、なんで私と結婚してくれない?」
打ちひしがれるレグモンドなんかそっちのけで、二人の会話が進んでいく。
「俺はマリーベルの亡くなった両親に立派な男に嫁がせると約束したんだ。俺なんかより、格好良くて強くてマリーベルを大切にしてくれる男に嫁いで幸せになってほしい」
「そんな男なんてこの世にいない。ルカ兄様が世界で一番格好良くて、強くて、私を大切にしてくれてる」
確かに、この男よりいい男で、魔法もなんか凄そうで、マリーベル愛が重そうな男はいないような気がする。
レグモンドはどう見ても両想いでお似合いの二人だと、遠い目をして思った。
「ルカ兄様、好き。大好き。愛してる。ずっと一緒にいたい」
蜂蜜のような琥珀の瞳を潤ませ、その白い頬をほわりと赤らめ、一心にルカラシュカを見上げて愛を告げるマリーベルは、蚊帳の外のレグモンドから見てもクラクラするほど愛らしく美しく可憐だった。
「だ、駄目だ、マリーベル。俺は、お前の両親に誓ったんだ。だから、察しろ!」
白皙の美貌をじわじわと赤らめて、ルカラシュカが叫んだ。
「なるほど。察しろと……」
マリーベルが、チラとレグモンドを見て感謝するように頷いた。
レグモンドは、よくわからないがつられて頷いた。
「ルカ兄様、顔が赤くて暑そうだ。これを飲むといい」
マリーベルがスッと懐から小瓶を取り出した。
それは、レグモンドもよく見覚えのある、あの紫色の小瓶だった。
「ん? 水か? なんでもかんでも小瓶に詰めて、懐に入れる癖は直らないな」
(あ……)
レグモンドが思うよりも速く、ルカラシュカは疑いもせず一気に飲み干した。
「とろみがあって甘い!? マリーベル、これはなんだ!?」
ギョッと目を見開いて、ルカラシュカはマリーベルを見た。
「ルカ兄様が察しろと言ったから、察することにした」
マリーベルは、「ね?」と言うようにレグモンドを見たが、お願いだから巻き込まないでと心から願った。
「てめぇのせいか!? 何を――」
飲ませた!? とはルカラシュカは続けられなかった。
代わりに口から出たのは、ルカラシュカの心だった。
「マリーベルを愛している。何よりも大切な宝物だ。マリーベルがいれば、他に何もいらない。ずっとそばにいたい。マリーベルに世界一幸せになってほしい」
ルカラシュカが慌てて口を覆うが、その心はもうマリーベルが受け取ってしまった。
「ルカ兄様と一緒にいられなかったら、私はちっとも幸せにはなれない」
マリーベルはルカラシュカの首に腕を回すと、花が綻ぶように笑った。
この笑顔に勝てる者などいないだろう。
「私の幸せをお父様とお母様に誓ったんだったら、ルカ兄様のお嫁さんにして?」
そして、駄目押しのようにマリーベルはルカラシュカの頬にチュッと可愛らしいキスをした。
ルカラシュカは、しばらくじっとマリーベルを見つめた。マリーベルも、目を逸らすことなく見つめ合った。
レグモンドも、固唾を呑んで見つめた。
そうして、ルカラシュカはギュッと一度目を閉じ、次に目を開けた時には、その白金の瞳には強い覚悟が宿っていた。
「マリーベル、俺の負けだ。結婚しよう」
「はい!」
二人はコツンとおでこを合わせると、幸せそうに微笑み合った。
美しい二人の輝くばかりの幸せオーラを浴びたレグモンドは灰になった……。
人生をやり直せるなら、一週間前に戻りたい。
しかし、そんな奇跡は起こるわけもなく……。
ただただ、レグモンドは調子に乗っていた自分が恥ずかしくて情けなくて、「ごめんなさい〜」と鼻水垂らして泣くことしかできなかった。
自分もこんな風に真摯に愛すれば良かったんだ。
しかし、戻ることは叶わない――。
っと思ったところで、マリーベルに耳打ちされたルカラシュカが、レグモンドの前にしゃがんだ。
「マリーベルが楽しかったようだからな」
かなりの衝撃を受けるデコピンをされた。
首がもげるかと思った。
「クビの印を消してやった。町にはいられねぇが、これでどうにか生きていけんだろ?」
ルカラシュカが、さっさと行けと手をヒラヒラ振った。
マリーベルが、珍しく察しよく鏡を見せた。
レグモンドの額からクビ印が消えていた。
おいおいと大声で泣いて、「ありがとう〜」と言ってはまた泣いて、レグモンドは二人のために恩返しして生きようと心に決めた。
その後、レグモンドはさすらいの吟遊詩人になった。
もちろん彼が感謝を込めて唄う歌は、黒髪の美しい二人の恋の物語だった。
歌い出しはいつも同じだ。
『「察しろ」と言ったら〜』
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