月がきれいな夜だから
初めて出会ったのは、静かな図書館の片隅だった。
同じ本に伸ばした指先が触れ合い、互いに驚いて一瞬息を呑む。空気が少し揺れて、すぐに二人とも照れ笑いを浮かべた。そのときは結局、僕が本を借りることになったが、数日後、別の棚でまた同じように指先が重なった。偶然は必然のように繰り返され、気づけば自然と会話を交わすようになっていた。
おすすめの本を紹介し合う時間は、思った以上に心地よかった。ページをめくるように相手の心を知っていく感覚に、胸の奥が温かくなっていく。やがて連絡先を交換し、映画やカフェにも出かけるようになった。隣に並んで歩くたび、僕は君のことがどんどん好きになっていった。
けれど、想いは胸の中で膨らむばかりで、なかなか言葉にはできなかった。ある夜、澄み渡る空に月が浮かんでいたとき、ふと唇からこぼれた言葉――。
「月がきれいですね」
それは、照れ隠しのような、精一杯の告白だった。
君は知ってか知らずか、「そうだね」とだけ返した。僕だけが赤くなり、視線を逸らしたことを今でもはっきり覚えている。
あれから季節が巡り、今日まで僕らは歩んできた。平凡で何の取り柄もない僕が、君のようにきれいな人と一緒にいられることは、奇跡としか思えない。それでも僕は、君を幸せにすると心に誓っている。
そして明日、僕らは夫婦になる。
窓の外には、あの日と同じように月がやさしく輝いている。
「月がきれいですね」
きっと君は、またあのときみたいに「そうだね」と答えるのだろう。
その笑顔が見られるなら、それだけで十分だ。
はじめまして、蕗桜と申します。
お話を読んでくださり、ありがとうございます。
このお話は、あの有名な「月がきれいですね」を基に書きました。
皆様に、雰囲気が伝わっていると嬉しいです。




