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子どもの被害妄想

作者: 百円

 トントン。ノックをする。返事はない。


「入るよ」


 そう断ってから私はドアノブに手をかけた。

 拓は、体育座りをして、壁に寄りかかっていた。窓から零れる月明かりに照らされ、体の輪郭は確認できるものの、拓の表情は暗闇に溶けてよく見えなかった。


「拓。ご飯」

「うん」


 そう言っても、拓は腰を上げる気配すら感じさせない。


「いい加減、機嫌直しなよ」

「うん」

「お母さんだってさ、あんたが宿題ちゃんとしてれば、何も言わないんだから」

「うん」

「ほら、早く」

「うん」

「ねえ。あんたが、食べにきてくれないと、私が食べれないんだってば」

「うん」

「ねえ、聞いてる?」

「うん」


 何を言っても上の空で、ただ儀式のように相槌を打つだけの拓にいらいらしてくる。

 私は、ずかずかと拓の部屋に入って、電気をつけた。すると拓は光を拒むかのように、眩しそうに目を細める。


「いかないよ、僕。どうせ、お母さんは僕のこと、嫌いなんだもの」


 拓の被害妄想にも似た言い訳に、溜め息をつきたくなった。愛故にしかる、という原理自体理解できない年頃なのだから、仕方がないといえば仕方がないが。

 拓は宿題手抜きの常習犯だ。漢字練習は本来一文字を一マスに埋めるはずが四マスも使って一文字を書く。算数の問題は一番、二番、三番、までは良いのだが、三番から何故か十四番まで飛ばされていたりする。お母さんは根気よく拓に手を焼いていたのだが、拓自身は全く頑張る気がなく、とうとうテストで零点という、小学生ではそうそう取れない点数を取ってしまった。勿論、お母さんは怒る。

 私はと言えば、お母さんの怒鳴り声と拓の泣き声がだんだんヒステリックになっていく様を、高みの見物とばかりに傍観していた。私は自分で言うのも難だけれど、成績はいつも上位だし、提出物を忘れるなんてことは一年に一回あるかないかぐらいだ。だから、拓の気持ちは全く分からないし、拓を庇う気にもならなかった。

 散々怒られた挙句、拓は部屋に閉じこもり、夕食時の今となっても部屋から出ようとしない。お母さんはまだ怒りが収まらないのか、拓を呼びにも行かない。流石の私も拓が可哀想になって、拓を慰めに足を運んだ。けれど、ずっとこんな調子じゃ説得するのも難しい。

 どうしようかと考えている私を尻目に、拓は窓を開けた。冷たい風が頬を掠める。


「寒いから閉めてよ」


 私がそう言うのを無視して、拓は椅子を引っ張り出し、その上に乗った。窓には柵があるものの、跨ごうとすれば跨げるぐらいの高さだ。


「ねえ。ここから飛び降りたら、どうなる?」

「死にはしないだろうけど、痛いんじゃない?」


 うちは、一戸建てで、この部屋は二階。窓から飛び降りれば、足の骨折ぐらいはするかもしれない。


「痛いのか」


 拓は顔を歪めた。


「飛び降りたら、お母さん悲しむ?」

「悲しむでしょ、そりゃ」

「ふうん……」


 拓は窓から身を乗り出した。流石に危ないと感じて、私は無理矢理拓の手を引いた。すると、拓はバランスを崩して、私の方へ倒れてきた。華奢で小柄だと思っていた体は、思ったよりも重量があって、私も体を支えきれず、そのまま尻餅をついた。


「あんた、死ぬ気?」

「ううん」


 拓はふるふると首を横に振った。


「お母さん、悲しむかな」

「さっきも言った。悲しむに決まってるでしょう」

「でも、お母さん、あんたなんていらないって言った」


 拓は悲しそうに目を伏せた。


「冗談に決まってるでしょう」

「僕、今お母さんが死んでも悲しくないよ。お母さんもきっと同じ気持ちだ」


 拓は泣きそうな目でこちらも見た。被害妄想も甚だしい。


「少なくとも、私は悲しむの! あんたが死んだら」


 私はつい声を荒げた。そして、自分の言った言葉が、自分でも恥ずかしくなって、俯いた。

 拓は一瞬驚いたように目を見張って、その後、にっこりと微笑んだ。


「おなかすいた」


 ぎゅるる、とタイミングよく二人の腹の音がこだました。


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