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第九十七話 帰還報告

謁見の間へと足を踏み入れた瞬間、セレスティアは空気の重みに肩を竦めそうになった。玉座を中心にずらりと並ぶのは、国の中枢を担う者たち――アルドレア陛下を筆頭に、海軍部元帥のサミエル将軍、陸軍部元帥サマール将軍とその配下たち、そして、第一騎士団からはあのロマノフ団長と副団長エルザル、第二騎士団からはイグナス団長にマイエル副団長、さらに第三騎士団には父・カイゼル副団長と、その上司たるシリウス団長の姿もあった。魔道院総長ハロルド、各科の責任者、貴族院の有力者たちに加え、枢機卿や王宮の側近たちまでが一堂に会しており、それはまるで、この国の「現在」を象徴するかのような威容であった。


――こんなにも大勢に心配をかけていたのだな、と彼女は胸中で密かに反省し、深く頭を下げた。


「アルドレア陛下、並びにご列席の皆様。このたび、セレスティア=サフィール、無事マーレン国より帰還致しました。長らくのご心配、誠に申し訳ございませんでした」


その言葉に、玉座から静かな声が返る。


「良い。無事で戻ってきたことが何よりだ。記憶を失っていたと聞いているが、いまはすべて思い出せておるのか?」


セレスティアは一歩進み、表情を引き締めた。


「恐れながら申し上げます。レオナルド様のことを除き、記憶はすべて取り戻しております。レオナルド様に関しては、後方支援局より状況の報告を受けておりますが、どうしてもお顔だけが、記憶の中で曖昧なままで…」


陛下は頷き、静かに促した。


「その事情、ここにいる者たちも知っておいたほうがよかろう。そなたの身に起こったことを、皆に語ってくれ」


「はい。…あの日、後方支援局での仕事が早く終わり、レオナルド様と少しでもお話できればと、彼の部屋を訪ねました。騎士団の方より、訓練が早く終わって寮に戻っていると聞き、部屋をノックしたのですが返事がなく、帰ろうとしたそのとき、中から物音がして……ドアが開いておりました」


「不用心だと思いながらも様子を伺おうと中へ入りました。すると、目にしたのは――裸で寝ておられるレオナルド様と、同じく裸の女性でした」


会場に微かなざわめきが走る。だが彼女は淡々と続けた。


「衝撃のあまり動揺して後退りし、テーブルにあったグラスを落とし、その音で二人は目を覚ましました。女性がレオナルド様の腕に手を添えるのが見えて……その瞬間、すべてを拒絶したくなってしまったのです。“逃げたい”と強く願い、その思いに身体が応えたのか、無意識に転移してしまいました」


「気がつけば、そこは見知らぬ森。そして、雪豹に遭遇し、恐怖で再び転移魔法を使ってしまったのです。次に目覚めたのは、凍った湖の中――冷たさに沈む意識の中、命を救ってくださったのが、マーレン国第二王子、レオンハルト様でした」


彼女は一礼し、少しだけレオンハルトの方に視線を向ける。


「その後は、記憶を失った状態で療養生活を送りました。後方支援局の皆様の尽力で連絡が取れ、再会した際にレオナルド様の話を伺ったことが引き金となり、深く記憶に潜ってしまい、1月近く意識を失っていたのです。記憶が戻ったのはその後です」


沈黙が、厳粛な空気をさらに張り詰めさせていた。やがて、アルドレア陛下が静かに口を開いた。


「よくぞ生きて戻ってきてくれた。…レオンハルト殿下、貴殿には国を挙げて礼を申す。セレスティアは、この国にとってかけがえのない存在。救ってくださったこと、深く感謝致します」


すると、レオンハルトが一歩前へ進み、凛とした声で応じた。


「陛下、ただいまご紹介に預かりました、マーレン王国第二王子レオンハルト=ヴァルゼンです。セレスティア嬢が祖国へ戻られると聞き、離れて過ごすことがどうしても叶わず、共に参りました」


――爆弾、落としたな。と、陛下もセレスティアも同時に心中で呻いた。


その場に苦い空気が流れた瞬間、「陛下、ご発言を」と声が上がる。ハルシュタイン侯爵である。


しかし、陛下は眉を顰め、「ハルシュタイン侯爵、しばし待て」と、その場で制止した。


「まず、今回の件に関してだが――第一騎士団の一部団員が、意図的にレオナルドを罠に嵌め、そなたと引き離す工作をしていたとの報告を受けている。すでに関与者には処分を下した。地下牢に1月、騎士団追放、自宅での蟄居を命じている。追加の罰を望むか?」


「すでに処罰が下されているなら、それ以上は望みません。ただし、許しはしません」


「そうか…。団長と副団長に関しては未決であったな。処罰の希望はあるか?」


「人事異動までは求めません。ですが、わたくしがこの国を離れていた期間分、陸海軍部の研修生として務めて頂ければと思います」


「なかなかに手厳しい…だが、それでよい。そうしよう。ではレオナルドには?」


セレスティアは少しだけ目を伏せ、やがて静かに言葉を紡いだ。


「何も。何も望みません。記憶と共に、あの湖の底に想いも沈めました」


そして、集まった面々に向き直ると、はっきりと宣言するように続けた。


「こんなことで?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、事実を申し上げます。わたくし達が知り合って2か月。その間に共に過ごした時間は3日。婚約後は、半日にも満たぬ時間しか過ごしておりません。関係を築くには、あまりにも短すぎたのです。…そして、わたくしがどれだけ深く想っていたかは、記憶喪失と、それを取り戻すまでにかかった1か月を思い起こしていただければ、分かっていただけるのではと存じます」


陛下は深く頷き、告げた。


「…そなたの気持ちはよく分かった。婚約は白紙とする。今は心身ともに整うまで大変だろうが、無理せず、また歩み出してくれ。そなたがいない間、王城はまるで火が消えたようだった。もう、どこにも行くな。セレスティア、そなたは、この国に必要な者だ」


その言葉にセレスティアは胸を熱くし、深く礼をとった。


「ありがたきお言葉、痛み入ります。わたくしも、この国を、民を、すべてを――心から大切に思っております。微力ながら、後方支援局の一員として、今後も尽力させて頂きます」


そう言って、余計な波が立つ前に、彼女は静かに退室しようと踵を返した。背後で、ハルシュタイン侯爵が追いすがる気配がしたが、間一髪で陛下の声がそれを止めた。


――今は顔を合わせる気分にはなれなかった。そう思いながら、彼女は歩を進めた。

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