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第九十六話 セレスティアの帰還

季節が変わる頃、ようやくセレスティアは祖国・サダール国への帰還の時を迎えた。出発の朝、王都の玉座の間にて、彼女は初めてマーレン国の王――アルザール陛下に正式に拝謁した。身分不明のまま長らく城に滞在していたこともあり、周囲の慎重な配慮によってこの対面は遅れに遅れていたが、記憶が戻り、その正体が明らかになった今、ついに謁見が許されたのである。


玉座の前に進み出た彼女は、静かに一礼し、穏やかに言葉を紡いだ。


「この度は、アルザール陛下にお目通り叶いましたこと、心より感謝申し上げます。わたくし、サダール国サフィール伯爵家の次女にして、後方支援局の局長を務めております、セレスティアと申します。記憶を失ったとはいえ、身元の定かでない者を長きにわたり保護していただきましたこと、また、第二王子レオンハルト殿下に命を救われ、手厚い看護を賜りましたこと、この身に余るご厚情を深く感謝申し上げます」


優雅なカーテシーと共に深く頭を下げる彼女に、王は穏やかに応じた。


「顔を上げよ、セレスティア嬢。長らくの滞在中、挨拶の機会を逸してしまい、こちらも遺憾に思っておる。さて、聞けば帰国にあたり、我が子レオンハルトも同行するとのこと。あの男は、国を捨ててでも共に歩む覚悟でおるそうだ。そなたはどう考えておるのだ?」


その問いに、セレスティアは静かに、しかし誠実に答えた。


「レオンハルト殿下より心を寄せていただいていること、光栄に存じます。ただ、わたくしには婚約者がおりますため、直ちにお応えすることはできません。その旨は、すでに殿下にもお伝えしております。それでも尚、共にいたいと願ってくださったので、この度の帰還の道中、ご一緒いただくこととなりました」


王は大きくうなずき、言葉を続けた。


「国を背負う立場ゆえ、すぐに答えは出せまい。だが、レオンハルトはこの国に必要な男。婿として送り出すつもりはない、そのことは理解しておいてほしい」


「はい、承知しております。殿下がこの国にとって欠くべからざる存在であること、わたくしもよく存じております。これ以上のことは、帰国後、陛下との謁見の中で話を進めさせていただきたく存じます」


そう言って一礼し、玉座の間を後にしようとしたその時、王の声が再び彼女を呼び止めた。


「これは公式の場ではない。そなた自身の、本当の気持ちを聞かせてくれ」


一瞬の沈黙ののち、セレスティアは目を伏せ、しかしはっきりと告げた。


「…殿下は、わたくしにとって、かけがえのない存在です。それ以上は、ご本人に直接お伝えしたいと思っております。どうか、ご容赦ください」


王は苦笑しつつ、側近へと視線を送った。


「またしても、手に入らぬ娘に心を奪われおって…。まったく、うちのレオンハルトときたら」


そして、帰還の刻がやってきた。


中庭には、転移を共にするサダール国の関係者たちがすでに揃っていた。セレスティアは、凛とした面持ちで姿を見せた。その身には、出立の証として、後方支援局の制服がまとわれていた。


「皆様、長らくお世話になりました。本日サダール国へ帰還する事になりました。滞在中、お世話になり心より感謝申し上げます。必ず、また参ります。それまで、どうかお元気で」


その言葉と共に、転移の魔法陣が光を帯び、セレスティアとレオンハルト、サダールの者たちの姿は一瞬にして掻き消えた。


あとに残された者たちは、しばしその場に立ち尽くし、消えた空間を見つめ続けていた。エリー――いや、セレスティアの「また参る」という言葉だけが、微かに風に残っていた。


転移先の装置室では、サフィール伯爵家の家族をはじめ、ナイラ、ティアナ王女、後方支援局の面々が一斉に待ち構えていた。姿が現れた瞬間、誰もが歓声を上げ、涙を流し、抱きしめ、再会を喜んだ。


「ただいま戻りました。セレスティア=サフィール、帰還いたしました」


そう高らかに告げるセレスティアを、母は涙ながらに迎えた。


「まぁ…こんなに痩せて…。でも、身長はまた伸びたわね。知らぬ間に、こんなに立派に…」


その言葉に焦ったように彼女は返した。


「や、痩せたんじゃなくて!記憶喪失の影響でね、意識が何度も飛んで、その度に倒れたりしてたのよ。食べられなかった訳じゃなくて…食べてたの、ちゃんと…」


「寝起きからよくもまぁ腹が減るもんだ」と、どこか遠慮もなくレオンハルトが口を挟んだ。


「だって、あんなに長く眠ってたんだから当然でしょ!?しかも、あなたがちまちまと少量ずつしか食べさせてくれなかったじゃない!」


「お前がまた吐くからだ」


「なっ、2回ぐらいしか吐いてないわよ!」


「その2回とも、俺の手の上だった」


「…その節は、ほんとうに申し訳なかったと思っております…」


――場は一瞬静まり返った。


再会の歓喜に包まれていた人々は、この二人のやり取りのあまりの自然さに、ただ呆気にとられていたのだ。


気まずさを誤魔化すように、セレスティアは咳払いを一つ。


「…改めまして、こちらにおられるのは、マーレン国第二王子、レオンハルト=ヴァルゼン様。わたくしが記憶を失い倒れた際、命を救い、献身的に看病してくださった方です。しばらくはサフィール邸に滞在していただきますので、どうかよろしくお願い致します。父上、母上、書面でお伝えした通り、彼を王城に宿泊させてもどうせついて来てしまいますから、最初から我が家へと…」


苦笑を浮かべつつ、そう告げると、すぐに後方支援局への挨拶と王城への謁見の準備に向かった。


同行するのは、エリックとエリオット――そして、第二王子レオンハルト。すべての始まりと終わりを見届ける者たちであった。


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