第八十九話 転移の先へ
セレスティアが忽然と姿を消してから、すでに二日が過ぎていた。
王都中の目撃情報を洗い出し、各部署が動いた。後方支援局も総出で捜索を続け、各種転移陣や魔道具の反応を辿ろうと試みたが、どれも空振りに終わる。残された僅かな手掛かり――それは、彼女自身が信頼する者に託していたバングルに刻まれた転移陣だった。
エリックとエリオットは、それぞれ手にしたバングルを通じて転移を試みたものの、魔力は虚空に吸い込まれるばかりで、転移は発動されなかった。焦燥と疑念が入り混じる中、二人は魔道具師サミエルの工房へと足を運び、事情をすべて話した。
サミエルは、眉間に深い皺を寄せ、長く重たいため息をついた。
「…多分、バングルに刻まれた転移陣ではなく、耳に着けていたピアスの方が反応したんだろうな」
そう言って視線を伏せた。
ピアスにも転移陣が組み込まれていることは知っていたが、その座標や発動条件までは、サミエル自身も完全には把握していなかったという。さらに、バングルとの連動性が断たれているという事実は、ピアスの転移先が王国の外――国外である可能性を暗示していた。
「もう、追うことが出来ない座標の先に飛んでしまった可能性がある……」
その言葉に、静かに工房を後にするしかなかった。
状況は一刻を争う。
二人は直ちに、アルドレア陛下への謁見を求めた。許可が下りると、急ぎ王城の広間へと向かう。そこでは、第一騎士団の面々がすでに列を成して頭を垂れ、何らかの裁きを待っていた。
緊張の中、エリックが一歩前へと出て、静かに頭を下げた。
「陛下。後方支援局より報告申し上げます。魔道具師サミエル殿の見解によれば、セレスティア嬢は不意の転移陣発動により、王国領外へ飛ばされた可能性がございます。バングルからの転移追跡が不可能な以上、国外への探索をご検討いただきたく……」
言葉が終わるより先に、アルドレア陛下の怒声が響き渡った。
「国外だと!? セレスティアが国を離れるほどの事態が、なぜ起こったのだ!第一騎士団の誰一人として、それを阻むことも出来なかったのか!」
誰も言葉を発せぬ中、やがてアレス、ミラベル、サジナル、ロイドの四名が恐る恐る前へ進み出た。
「大変……申し訳ありませんでした……ほんの、ほんの出来心でした。驚かせて反応を見たかっただけで、まさか、こんな……」アレスが唇を噛み締めながら、俯いたまま言葉を絞り出す。ミラベルは蒼白の顔で膝を折り、涙ながらに頭を垂れた。「も、申し訳……ありませ……ん……」
その姿に、陛下の怒りはさらに膨れ上がる。
「ロマノフ、エルザル……貴様らは、この第一騎士団を率いる者たちだ。この件の責任からは逃れられぬ。まして、貴様ら四人――自分たちの戯れで、我が国の未来を担う者を追い詰めたのだ。その罪の重さ、わかっておるのか!」
そして、レオナルドへと目を向けた。
「レオナルド、お前もだ! 被害者面するな! セレスティアはお前との結婚を、心から楽しみにしていた。お前が訓練で忙しい? 会う時間もなかった? そんな言い訳で彼女の心が癒えるとでも思ったのか? 彼女は、忙しさの合間を縫って、わざわざ会いに行っていたのだ。……それすら、お前は気づかなんだのか……!」
拳を強く握り締めながらも、王はなんとか怒りを呑み込み、「沙汰は追って伝える」とだけ言い残して広間を後にした。
謁見の場を後にしたエリックとエリオットは、すぐさま後方支援局へ戻ると、局内での対応を整え始めた。国外探索という大きな課題に向け、準備は一刻の猶予も許されなかった。
幸いなことに、セレスティアと繋がる転移陣は、彼ら二人のバングルに刻まれている。そこを起点とし、痕跡を少しでも辿ることが出来るよう、局内での探索支援班と連携して進めていく手筈となった。
局の誰もが知っていた。セレスティアが突然、音もなく消えるような人ではないことを。何か、耐えがたい出来事が彼女を追いやったのだと。戻らないのではなく、戻れない。だからこそ、迎えに行くしかない――それが、この局を支える者たち全員の想いだった。
その想いを形にするために。
いま、後方支援局全員が動き出す。彼女を取り戻すために――。




