第八十七話 セレスティア劇場[終幕]
重苦しい空気が漂う貴族院の会場にて、四人の有力貴族が沈黙を守る中、その中の一人――イオナス公爵が、堰を切ったように立ち上がり声を上げた。
「なぜ……このような映像があったことを、我々に伝えなかったのだ?」
その言葉に、壇上に立つセレスティアは微動だにせず、ただ静かにまぶたを伏せ、やがてゆっくりと目を細めた。氷の刃のように鋭く、凍てついた視線が公爵を射貫く。
「なぜ、と仰いましたか?」
その声には、感情を削ぎ落とした冷たさがあった
。 「あなたのように、彼女たちの名を一度として口にしたことのない方に、何故こちらからご丁寧にお伝えしなければならないのかしら? ……ねぇ、つい先ほどまで、涙をこぼしていらっしゃったようだけれど。」
彼女は一歩前へと進み、言葉を一段と低くする。
「その涙に、どれほどの価値があるのかしら? 本当に価値ある涙とは、亡くなった方々と生前に交流を持ち、心からその存在を想ってこそ流れるもの。あなた方の流したそれは――ただ、自らの不安や後悔に向けられた、自己憐憫の涙。ただそれだけ。…何の重みもない、安っぽい水にすぎないわ。」
その場にいた者の息を飲む音さえも聞こえるほどの沈黙が落ちる中、セレスティアは言葉を続けた。
「……ねぇ、彼女たちが命を落とした後、あなた方は何をなさったのかしら? ご遺体になってしまった彼女たちに何か言葉をかけた? 犯人を捕らえるために動いた? 何か一つでも行動を起こしたのかしら?」
彼女の声が静かに、しかし明瞭に響く。
「あなた方があれほど忌み嫌い、何かと対立していた陸軍部の方々がね、血に塗れた彼女たちの亡骸をわざわざ王都まで運んで下さったのよ。その後は後方支援局で、女性職員だけで、心を込めて身体を清め、ご遺族のもとへとお戻し申し上げた。そしてね――盗賊団を見つけたのも、陸軍部の方々よ。」
セレスティアはふっと息を吐き、少しだけ視線を和らげた。
「私たちは、その盗賊が盗品を市中で売却していた痕跡を追い、最終的に第二騎士団が逮捕へと至った。……つまり、最初から最後まで、軍部の皆様に助けていただいていたということ。」
彼女は、あくまで穏やかに、しかしその言葉の一つひとつは容赦なく真実を突いていく。
「わたくしが本当に申し上げたいのは、所詮、対立や遺恨などと大仰な言葉を使ってはいても、その実――中身はなんと浅ましく、くだらないことで成り立っていたのかということです。」
そして少し間を空け、再び視線を全体へと向けた。
「……さて、現時点で、今後も軍部との対立を望まれる方は、いらっしゃいますか?」
問いかけには誰ひとりとして声を発する者はおらず、会場には言葉にできない沈黙だけが支配した。
「まぁ、よろしいですわね。今後は陸軍部、海軍部、そして騎士団、貴族院、魔道院の各機関が手を取り合い、連携を深めていくという理解で間違いないのですわね?」
彼女の言葉に、誰も反論はできなかった。
「それでは、陛下――皆さま方が無事和解された今、わたくしの未来のご主人様を、第一騎士団に所属させる必要はございますか?」
この問いには、アルドレア国王陛下も、すぐには返答できずにいた。内心では、彼女が婚約者であるレオナルドと共に遠征に同行することを恐れていた。軍部は過酷で、長期の外地勤務もある。そのため、より安全で王都に留まれる第一騎士団への配属の方が望ましいと考えていたのだ。
「すまない……軍部への配属がどうこうという以前に、レオナルドが遠征に出ることとなれば、君が同行してしまうことが予見される。国外に出すリスクは王家としても重い。だからこそ、彼には身近にいてほしいと、そう考えたのだ。……軍部がどうこうというのではない。私の、個人的な願いだ。」
するとセレスティアは、穏やかに微笑んだ。
「レオ様。あなたは、どうなさりたいですか?」
その問いかけに、青年はゆっくりと首を縦に振る。
「ありがとう、セレス。僕は……もう覚悟はできていた。海軍部を離れ、第一騎士団で務めていくつもりだよ。」
「そうですか。……では、何かありましたら、遠慮なくお話しくださいね。」
彼女は彼の決断を尊重し、言葉の端々に優しさを滲ませた。
場にいた多くの者たちは、ただ驚きを隠せずにいた。軍部と第一騎士団、貴族院それぞれの対立構造が明るみに出る中で、まさかこのように全体を巻き込む形で、しかも一人一人の夫人や婚約者を介しながら裏の策まで練っていたことは、想像をはるかに超えていた。
和解など到底不可能だと考えていた者たちの思惑をよそに、今ここに、一つの転換点が訪れたのである。国の未来のために、少なくとも“建前としての連携”が成り立つということは、確かに大きな一歩であった。
そしてこの日、この場に居合わせた者は思った
ーセレスティア嬢を怒らせてはいけないとー




