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第七十九話 重ねる想いと言葉

恋人同士として歩み始めた私たちだったが、互いを深く知るには、まだあまりにも時間が足りていなかった。想いを重ねたとはいえ、日々の中でふとした拍子に「知らないこと」が顔を覗かせる。


だからこそ、何度も時間を作っては会い、たわいのない話をしながら、笑って、驚いて、時に真剣に向き合った。互いの過去や、好きな食べ物、何気ない癖や苦手なこと、些細なことを語り合ううちに、少しずつ絆が育っていくのが分かった。


年齢のこともそのひとつだった。


「そういえば……俺、今年で二十八になる」


と、何気なく彼が言った時、私は思わず言葉を詰まらせた。というのも、私はまだ十六。干支一周分ほども歳が離れていたのだ。お互い顔を見合わせて、思わず笑ってしまったけれど、意外にも年齢差はそれだけで終わった。「だからどう」という感情は湧かず、ただ「そうだったのね」と、事実として受け入れるだけだった。


レオ――レオナルド様は、王立学園の騎士科を卒業したあと、誰もが期待する騎士団への道には進まず、あえて軍の養成所を選び、海軍部に籍を置いたのだという。


その選択は、当時のディオラン様の激しい反対を招き、親子関係は一時冷えきったままだったそうだ。仲を取り持ってくれたのは、サーラ様。穏やかな物腰の裏にある芯の強さが、きっとあの親子を繋ぎ止めていたのだろう。


そして、長兄のエルドラン様――現在の次期侯爵でもある彼が、いつもレオの味方でいてくれたらしく、何かと声をかけてくれたおかげで、親子の距離も徐々にほぐれ始めたという。


その流れの中で、ディオラン様が倒れ、一時は心肺が停止するという出来事があった。私が創造魔法で治療を施し、命を繋ぎとめたあの夜――そのときの話を、兄であるエルドラン様からレオが聞いたのだという。


「……セレスが、父を救って……あの時、初めての口付けだったって?」

恥ずかしさと気まずさに頬が熱を帯びたが、彼の声にはむしろ驚きが混じっていた。


「まさか…父を助ける為とはいえ……父が顧問を務める場所の長で……よく軍部で見掛ける子がと…正直ずっと気になっていた。」


そんなふうに言いながらも、どこか愛しげに私の手を取る彼の仕草に、疑念や不信のようなものはもう感じられなかった。


それに続けて、彼は自分の過去も語ってくれた。


学生時代、一度だけ真剣に付き合っていた女性がいたという。だが、相手が同じ騎士科の仲間と密かに関係を持っていたことが発覚し、婚約は破談となった。その一件が、騎士団ではなく軍部への進路を選ばせた大きな要因のひとつだったらしい。


その後も何人かと付き合ったことはある、と彼は正直に話してくれた。ただ、どれも相手からの申し出で始まり、侯爵家の肩書きを求めて近づいてきた女性たちばかりで、「軍部なんて危ないからやめて騎士団に行って」と言われることも多く、最長でも一ヶ月も続かなかったのだという。


その話を聞いて、頭の奥がキーンと冷えていくのを感じた。――もしかして、私もその中の一人になるのでは? そんな不安が、どうしても心の中にしこりのように残った。


「……セレス? どうかした?」


彼の声に、我に返る。視線を上げられず、俯いたまま、か細い声が零れた。


「……私とも……お別れ……するの?」


震えた声だった。言ってしまってから、こんなことで動揺している自分が情けなかった。でも、もう後戻りできないほど、私は彼を――レオを、好きになってしまっていたのだ。


「セレス……俺はな、本気で誰かを好きになったことがなかった。けど、お前に出会ってからは違った。もう誰にも譲りたくないって、そう思った。セレス、お前は……俺のこと、嫌いか?」


その言葉に、何かが堰を切ったように涙がこぼれ落ちた。


「……レオが好き。心が引けないほど、愛してる。別れを想像しただけで、私が私でなくなってしまいそうで、怖かったの」


言い終えたとき、彼の瞳が優しく細まり、しっかりと私の手を包み込む。


「……ようやく、セレスの口から言葉が聞けた。ありがとう。――セレス、愛してる。俺と結婚してくれ」


「……はい。私も、レオを心から愛しています」


その日、私たちは恋人という枠を超え、婚約者としての第一歩を踏み出した。


互いの家族への報告も、早々に済ませることとなった。


サフィール家では、母と姉が手を取り合って泣いて喜び、兄は「やっぱりか」と寂しげな顔をしながらも笑って祝福してくれた。問題は父だった。


「だ、だめだ! セレスを嫁にはやらん!」


そう宣言するなり、母にしっかり腕を掴まれて、奥の部屋へと連れて行かれた。


しばらくして戻ってきた父は、顔を引きつらせながらも無言で頷いた。母……一体、どんな説得をしたのかしら……。


ハルシュタイン家では、レオのお兄様のエルドラン様と兄嫁のマチルダ様、そして姪っ子のライラちゃんと母のサーラ様が満面の笑みで賛成してくれた。ただ一人、難色を示したのが、やはりディオラン様だった。


「わしは認めん! レオナルドがセレスティア嬢を幸せにできるわけがない!」


いくら頭を下げても、「認めん!」の一点張り。


そこで私は、ふと思いつき――口にしてみた。


「ディオラン様。もしわたくしがレオナルド様と結婚しましたら……ディオラン様のことを“お義父様”とお呼びすることになりますが……」


その瞬間、頑なだったディオラン様がぴたりと動きを止めた。


「……認めよう」


「……え?」


「娘よ。さあ、呼んでみなさい」


「え、えっと……お、お義父様?」


「なんだい、娘よ」


その一連のやり取りに、周囲は一斉に沈黙し、誰もが引きつった笑顔を浮かべていた。だが私は、どこか安心していた。どんな形であれ、家族として受け入れてもらえたのだから。


そっとレオの方を向いて、「この家の一員になれること、本当に嬉しい」と伝えると、彼は笑いながら、「俺も、サフィール家の一員になれて嬉しいよ」と言ってくれた。


指先が触れ合い、静かに繋がる。


その温もりに、言葉以上の想いを感じながら、私たちは互いを見つめ合い、そっと笑った。


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