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第七十七話 出会いがもたらすもの

ハルシュタイン侯爵家とは時折、お茶の席に招いていただく関係が続いていた。サーラ様の落ち着いた佇まいと侯爵の意外な一面を垣間見ながら、どこか心が緩むような、穏やかな時間を過ごしている。


その日も、いつものように客間に通されると、ライラちゃんが本邸から顔を出して隣に一人の男性を連れていた。ライラちゃんの父ではない…となれば、親戚筋か、もしくは彼女の知己か。目元にどこか見覚えがあると思ったその時、ハルシュタイン侯爵が低く渋い声で口を開いた。


「ライラ、今日は客人があると伝えておいただろう。人を連れてくるのは控えるよう言ってあったはずだが」


眉間に皺を寄せた侯爵に、ライラちゃんは臆することなく言い返す。


「だって、お祖父様が最近少し雰囲気が変わられたって話してるのを、レオおじ様が聞いて、お父様は“年を取っただけだろう”なんて言ってたけど、私は絶対セレスティア様の影響だと思ったの。だから、ぜひレオおじ様にお会いしてもらいたくて連れてきたのに!なんでダメなのよ」


そのやり取りに、サーラ様はくすりと笑みを漏らしながら言った。


「お祖父様は、他に男性がいると…きっと嫉妬してしまうのでしょうね」


それを聞いたライラちゃんが呆れた顔で反論する。


「お祖父様にはちゃんとお祖母様がいらっしゃるのだから、セレスティア様に男性の知り合いが出来たって当たり前なのよ? そういうところ、心が狭いわ」


「なっ……!」


ディオラン様が言葉に詰まったその隙を縫うように、ライラちゃんは私の方を振り向いてにっこりと笑った。


「セレスティア様、こちらはわたくしの叔父、レオナルド=ハルシュタインです。海軍部で中佐を務めておりますの。お祖父様の件で、レオおじ様が、ぜひご挨拶をと言ってましたので」


そのまま彼女は勢いのまま、「さあ、レオおじ様、セレスティア様のお隣にお座りになって」と、まるでお見合いの場を仕切る仲人のように、自然な流れで席を整えてしまった。


戸惑いながらもレオナルド様は微笑み、柔らかい声で話しかけてくださった。


「私は軍務で何度かお見かけしておりましたが、こうしてご縁をいただけて嬉しく思います。……差し支えなければ、セレスティア嬢とお呼びしても?」


「はい、もちろんです。私も海軍部でお姿をお見かけしておりました。周囲への気配りが行き届いていて、冷静沈着なお方だなと印象に残っておりました。ご挨拶できて光栄です」


「いや、そんな。こちらこそ、こうして縁を繋いでくれたライラには感謝ですね」


二人の様子を眺めていたライラちゃんは、したり顔でニヤリと笑って言った。


「ほらね、やっぱりお二人は気が合うと思ったの。お祖父様が意地でも紹介しないだろうって思ったから、私が動いたのよ。正解だったわ」


その言葉に、サーラ様も優雅に微笑みながら続ける。


「たしかに、家族の中でレオだけはまだご挨拶の機会がなかったのよね。きっとタイミングが合わなかったのね……と思っていたけど今思えば、ディオランが避けていたのかもしれませんわね」


侯爵の口元がピクリと引きつり、声にならない抗議のような唸りが漏れた。


「ならば、せっかくライラが作ってくれたお見合いの場ですし、レオお庭をご案内してさしあげて」


「ダメだ、ダメだ、わしに会いに来たのだぞ!」


「言い方に語弊がありますが、サーラ様とライラ様にお会いしたくて参ったのですよ? 侯爵様には日々お仕事でお目にかかっていますし」


ライラちゃんはそこでひときわ明るい声で、


「お祖父様はほっといて、さ、さ、どうぞお二人でお庭に!」と背を押してきた。


レオナルド様にエスコートされて向かったのは、春先に満開を迎えたばかりの薔薇園。穏やかな風が花弁を揺らし、赤、桃、白の薔薇が柔らかに香っていた。


歩きながら、自然と会話も弾んだ。ライラちゃんのやんちゃな一面や、ディオラン様がふと見せる孫馬鹿な姿を話、思わず二人で目を見合わせて笑い合ったりして。


「それにしても、何度かお屋敷に伺っていたのに、こうしてお話しするのは初めてですね」


「ええ……ですがまず、お礼を。父を――ディオランを助けてくださって、ありがとうございました。あのとき助けて頂けなかったら、今の父はなかったかもしれません。……心から感謝しています」


「……そう言っていただけると、あの時、本当に救えて良かったと思えます」


「ちなみに……セレスティア嬢にとっての“初めて”って、うちの父なんですか?」


「な、な、なにを仰いますか! どうしてそんなお話に……?」


「兄や、ライラから聞いたんです。“セレスティア様が父に口付けした”と」


「誤解です、完全に誤解ですので、ぜひ訂正させてください」


私の声に真剣味がこもってしまったのか、レオナルド様は笑いをこらえながらも黙って耳を傾けてくださった。


「実は、侯爵様が倒れた際、すでに心肺停止の状態で……。人工呼吸や電気的刺激で心臓を再起動させたのです。口付けではなく、医学的処置の一環です」


「なるほど……心臓、というのは……?」


「はい、よろしければ、お手をお借りしても?」


そう言ってレオナルド様の手を取り、自身の手首に触れさせる。


「ここ、トク、トクと脈打っているのがわかりますか? これが“脈拍”です。これは心臓が血液を押し出している証で、ここの鼓動が止まると脈も止まります。で、心臓はここにあります。心臓の鼓動が分かりますか?」


……その時だった。


「……あっ」


目を下ろすと、私の手はレオナルド様の手を持ち、彼の手は――私の胸元に触れさせていた。


空気が凍る。レオナルド様の顔が真っ赤に染まり、私もその場で土下座したい衝動にかられながら深々と頭を下げた。


「申し訳ありません! 勢いとはいえ、粗相を……!」


「いえ、こちらこそ。手を引くのが遅れました。役得などと、つい……すみません」


顔を赤らめて互いに謝るうち、堪えきれず笑いがこみ上げ、思わず二人で吹き出してしまった。


しばらくして改めて事の次第を説明し、あくまで命を救うための措置だったこと、緊急の状況下であったことを伝えた。彼はじっと私の話を聞いたあと、静かに言った。


「どんな理由であれ、父を救ってくださったことに変わりはありません。……本当に、ありがとうございます」


そのまなざしに、一瞬言葉を失った。必死で救ったあの時の記憶が、静かに胸の奥に広がっていく。


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