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第七十五話 ギラン帝国の事前調査

気がつけば、私が後方支援局の正式な局長となってから、ちょうど一年が過ぎていた。


季節の空気が柔らかくなりはじめたこの日、また新たな仲間を迎えることとなり、後方支援局の空気も少し引き締まった。今日加わるのは八名。学園の卒業生から五名、騎士団から二名、治癒士が一名。書類審査から始まり、適性や専門試験、面接を経て、五十三名の応募者の中から選ばれた精鋭たちだ。


中にはかつて学園で顔を合わせた同級生もいて、さすがに最初の顔合わせでは、少しばかり気恥ずかしさがあった。けれど、そんな照れくささも乗り越えて、私は局長としての責務を果たした。彼らが持つ力を、これからどう支援局に生かしていけるか――その責任を、心地よい緊張とともに受け止めていた。


とはいえ、今日の私にはもうひとつ重要な予定があった。陛下から直々に呼ばれていたため、挨拶と配属を済ませたあとは、エリックとエリオットを連れて、急ぎ王城の執務室へと向かった。


陛下の執務室に入ると、そこにはティアナ王女、そして第二王子ルシアン殿下の姿があった。王子は今年で二十歳、容姿は端正で、どこか王妃に似た穏やかさを湛えた青年だった。


サダール王国は、他国と異なり、王位継承において性別にこだわらない。「長子優先」ではなく、あくまで“才”と“人望”が重んじられる。王族は皆平等に教育と訓練を受け、国を導くにふさわしい人物かどうかを、王位審議会によって見定められる。過去にも女王が治めた時代があるこの国では、それは特別なことではない。


とはいえ、ティアナ王女は現時点で継承順位においては遠い位置にあると聞いていた。にもかかわらず、第二王子と共にここにいる――その意味を測りかねていると、陛下が口を開いた。


「セレスティア、忙しいところすまない。実は来月、ギラン帝国にてリリア王女とジークフリート皇子の挙式がある。その場に、名代としてルシアンとティアナを出席させようと思っているのだが――その前に、君に頼みたいことがある」


陛下の言葉に、私は背筋を伸ばす。どうやら今回の件には、表に出せない“懸念”があるようだ。


「ティアナはこれまで国外に出たことがないし、最近エルデバーデ王国内では暗殺未遂や毒殺未遂といった事件も起きているらしい。二国の関係を快く思わない勢力が、どう動くか分からぬ。そこで、君には事前の調査を依頼したいのだ」


私は静かに頷いた。


「承知いたしました。後方支援局として、ギラン帝国内の情勢調査を行います。挙式自体には他国の参加は許されておらず、夜会からの参加と伺っていますが、万が一の危険性があれば、王城への移動は転移を用いるのも一案かと。既に危険回避用の装飾具はお渡し済みですが……」


淡々と提案を述べると、陛下は小さく笑みを浮かべた。


「それも考えたがな……。やはり、旅から得られる学びもあるだろう。馬車で向かわせるつもりだ」


“可愛い子には旅をさせよ”――そう言いたげな陛下の表情に、私も思わず頷いた。そして、隣にいたティアナの方へ向き直ると、静かに目を合わせてうなずいた。何があっても、守るから。


その様子を見ていたルシアン王子が、優しく微笑んで言った。


「君がセレスティア嬢か。父や妹が、ずいぶんとお世話になっているようだ。父は特に、心配性でね……。今回の件、よろしく頼むよ」


その物腰と眼差しに、私は思った。王子というより、良くできた“兄”のようだなと。王妃譲りの穏やかな気配がある。思わず口元が緩む。


「道中の護衛は騎士団が担ってくださると思いますが、後方支援局も微力ながら、お力添えさせていただきます。では、御前、これにて失礼いたします」


執務室を下がった私は、すぐさま局に戻り、現地調査部と外部交渉補佐部の部門長たちを招集した。二部門には、ギラン帝国での夜会前の情勢調査、参加予定の他国の代表者の情報収集、さらに道中の安全確認など、幅広く依頼を出す。ティアナ王女とルシアン王子が無事に役目を果たし、そして帰国できるように。


あわせて、他国の参加者情報も詳細に調べてもらうことにした。噂では、カタリナ王女がかつて婚約を申し込んで断られた相手――マーレン国の第二王子が夜会に出席するのではと、真偽は定かではない。個人的な感情も絡んでいるかもしれないが、王族が動く場において、そういった“感情”が政治に波紋を広げることもある。だからこそ、しっかりと調査は必要だ。


ひととおりの指示を終えたあと、私はふと局長室に戻り、書類棚に目をやった。


あの頃――


自分が局長という立場に置かれ、右も左も分からぬまま懸命に駆け回っていた日々、誰よりも強くあらねばと奮い立たせたあの頃を、ふと思い出す。


その中に、ジークフリートの存在もあった。


……ジーク、君が結婚か。


心の中でそっとつぶやき、誰にも見せずに、ほんの少しだけ微笑んだ。


――幸せになってね。


それはかつて、短い間に交わした友としての願いだった。淡い思いは、時の流れに溶けて消えたとしても、幸福を祈る気持ちだけは、いつまでも胸に残っていた。


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