第七十四話 友の卒業と想いの確信
季節が少しずつ衣を変える気配が感じられた頃、学園では今年度の卒業式が執り行われる運びとなった。今日でティアナ王女とナイラも、晴れて学び舎を巣立っていく。
そして後方支援局にも、この春から新たに八名が加わることが決まっていた。学園からは五名、騎士団より二名、治癒士一名。応募総数五十三名という中からの狭き門をくぐり抜け、書類審査、適性試験、面接、各部門の課題に合格した者たちである。そのうち五名が今年の卒業生で、特別科から三名、その他は専門職枠からの選抜だった。
かつての友が巣立つ日――外部者ではあるけれど、どうしてもその姿を一目見届けたくなって、私は仕事の合間を縫い、こっそり学園へと足を運んだ。誰にも気付かれないようにと思ったのに、いつの間にやら先生方に見つかり、するりと来賓席へ通されてしまった。
しかも制服姿のまま。
どう見ても、「今、仕事をサボってきました」という格好である。案の定、学園長や教師陣は口元を緩めながらこちらに会釈しており、「やっぱり来たな」という視線が突き刺さる。
式が始まり、厳かに卒業生たちが入場してくる。まっすぐとした表情の中に、ほんの少しの緊張と誇らしさが見え隠れしていた。
その中で、壇上に立ったナイラが代表挨拶を始める。
堂々としたその姿に、私は自然とあの頃を思い出していた。出会いは学園の廊下、ぶつかりそうになったあの瞬間から。一緒にカフェに行ったこと、観劇に誘ってくれた日、初めて国外に同行した緊張と興奮――懐かしさが胸を押し広げ、瞼の奥が熱くなるのを感じた。
だめだ、今年は絶対に泣かないって決めてたのに。
ナイラは挨拶の最後でこう締めくくった。
「……この学園生活の中で、目指すべき目標となり、誇りに思う友と出会えた日々に、心から感謝します」
そう言って深く礼をし、壇上を下りると、まっすぐこちらへ歩いてきた。そして私の前に立ち、泣き笑いの顔で言う。
「来てくれて……ありがとう」
もう、限界だった。張っていた気持ちの糸が切れて、私はぐしゃぐしゃな顔のまま涙をこぼした。
「ぎょうは……ながないで……おめ……でど……うって言う、つもりだったの……」
「うん、壇上から見てた。すごく我慢してるって、だから、泣かせに来たの」
「ひど……い……!」
二人で笑いながら泣いていると、周りのクラスメートたちも集まってきて、つられて笑い、つられて涙を浮かべていた。
「……みんな、おめでとう……!」
感情を出しきってしまえば、後は前を向くしかない。私は皆に別れを告げて、足早に学園を後にした。目の腫れ……たぶん、治癒魔法でどうにかなるはず。
すました顔で職場に戻れば、ちょっと外で用事を済ませてきた、という風を装える……はずだった。
が、局に戻るとすぐ、エリックがすかさず声をかけてきた。
「セレスティア様、どちらに?」
その声音には、明らかに悪戯心が滲んでいた。
「……ちょっと、外で用事があったのよ」
嘘じゃない。嘘じゃないけど……微妙にごまかしてるのは否めない。
さらにエリオットまでが、眉をひそめた真剣な表情で言う。
「頬に……涙の跡がありますよ。何か、あったんですか?」
「お、乙女の秘密よ!」
とっさに言い放ち、そのまま逃げるように局長室へ駆け込んだ。扉が閉まる瞬間、背後で二人が顔を見合わせ、笑い声をこらえるように肩を揺らしていたのが、少しだけ、悔しくて、でもどこか嬉しかった。
実は、セレスティアが制服姿で講堂の扉からそっと覗き込んでいたとき、エリックとエリオットは既にその後ろにいて、黙って見守っていたのだ。こっそり来たつもりだったのに、ばれていた。
そしてそのまま、教師に手を引かれて来賓席に通される彼女を見て、二人は思った。
――きっと、泣くな。あれは絶対、泣く。
その予感は見事に的中した。ナイラの挨拶が始まると、セレスティアは拳を握りしめ、歯を食いしばり、泣くまいと懸命に前を向いた。が、堪えきれずに天井を見上げ始めたとき、エリックとエリオットは扉の陰でただ立ち尽くしていた。
泣き顔を抱きしめてやることもできず、ただ見守るしかなかったその距離が、もどかしくてたまらなかった。
でも、それでも。
彼女が戻ってきて、何事もなかったように仕事に戻り、すました顔で報告書を読み始める様子を見て――二人は確信した。
「あぁ……全部、好きだな」と。
セレスティアの強さも、泣き虫な一面も、気丈に振る舞って背を向ける姿も。全てを愛おしいと思ってしまうこの気持ちは、もはや言い訳のきかない“想い”そのものだった。
今日という日が、またひとつ、大切な記憶として胸に刻まれていく。
春の風が、静かに吹いていた。




