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第七十話 15才と秘密

ジークフリート殿下がようやくギラン帝国へと帰国してから二日後、セレスティアの十五歳の誕生日を祝う小さな集まりが、サフィール家の屋敷で静かに催される……はずだった。


ところが、蓋を開けてみればその日は屋敷の中がまるで祝賀の舞台のように賑わっていた。


駆けつけてくれたのは、いつもの友人であるナイラやティアナ王女をはじめ、後方支援局の初期メンバー、そして父方の叔父であるデュパール卿夫妻、母方からは祖父のエバンズ元子爵、叔父夫妻と従姉妹のエミリーまで。さらには、普段は滅多に姿を見せぬ父方の祖父ロドルフまでが顔を出しており、その顔ぶれたるや、まるで公的な晩餐会のようであった。


遠くに住む親戚や、かつてお世話になった知人からも、色とりどりの贈り物が続々と届けられており、十五歳という節目を祝う空気が、どこかくすぐったくも心温まるものだった。


今日のエスコート役も、当然のようにクロードが務めていた。つい数日前までのジークフリート殿下の件もあり、妙にクロードの存在が落ち着いて見えるのは気のせいだろうか。


「そういえば、エリオットもエリックも、エスコート役を申し出てくれてたのよ」と、母が耳打ちしてきた。続けて、「でもデビュタントの一件で撃沈したらしいわよ」と、笑いながら囁く。横目で母を見れば、いたずらっ子のような笑顔で、そっと首を横に振ってきた。


……そうか、これは“モテ期”ではないらしい。


この国において十五歳は“成人”と見なされる年齢でもあり、乾杯の場には炭酸の入った淡いアルコール飲料が用意されていた。シャンパンに似たその酒を前に、私は壇上でグラスを掲げ、静かに口を開いた。


「本日は、わたくしの十五歳の誕生日にお集まりくださり、誠にありがとうございます。ここまで無事に歩んでこられたのは、ひとえに皆様の温かなご支援のおかげと存じます。……僭越ながら、乾杯の音頭を取らせていただきます。では皆様――乾杯!」


高く響くグラスの音とともに、一口……のつもりが、美味しくてもう少し、とまた一口。周囲を見渡すと、皆、談笑していてこちらに気を向けている者はいなかった。


「……もう一杯くらい、大丈夫よね?」


小さく呟いて、給仕にお代わりを頼んだ。二杯目のそれもまた美味しく、しゅわしゅわと弾ける泡が喉を心地よく撫でていく。気がつけば、三杯目のグラスを傾けていた。


そうしているうちに、ふわりと身体が浮くような感覚に包まれた。気持ちがいい。少し、酔っているのかもしれない。


「……皆にご挨拶、行かなくちゃ」


そう思い立ち、ふわふわした足取りのまま歩き出す。ちょうどクロードがエミリーと話しているところを横目に、兄アレクの元へ向かった。


「にいたま……セレ、十五歳になりました。ほめてくださいまし」


そう言って甘えるように頭を差し出すと、アレクは半ば呆れたように笑いながら、そっと頭を撫でてくれた。


「……セレ、何杯飲んだ?」


「3つでちゅ」


「もう、これ以上はダメだ」


「おいちかったのに~……」


唇を尖らせ、今度は姉の姿を見つけて駆け寄る。


「ねえたま!セレ、おとなになったから、ねえたまといっちょに、おでかけできまちゅ!」


抱きついた私を姉は優しく抱きとめたが、すぐに小声で窘めてきた。


「セレ、せっかくのお誕生日なのよ?きちんとしなきゃダメ」


「……あい」


涙が浮かびそうになったところで、背後から母の声が聞こえた。


「あらあら、もう大人だから大丈夫かと思ったけれど……やっぱり、まだまだ子供なのね」


母が私を優しく抱きしめてくれて、甘えるようにしがみつく。


「ははさま~……だいすき……」


頬をくすぐるように笑いながら、母の胸元に顔を埋めた。


すると父が、冗談めかして声をかけてきた。


「父のことは?」


「……だっこ!」


両手を広げておねだりすると、父は満面の笑みで抱き上げてくれた。肩の上に顎を乗せながら、私は父の頬にキスをしてささやいた。


「ちちさま……だいだいだいすき!」


その光景に、屋敷のあちこちで歓談していた人々の手が止まり、誰もが一瞬息を飲んだ。普段のセレスティアとはまるで違う、甘えた素振りを見せる私に、驚きと困惑の表情が広がっていた。けれど、親族たちは動じることなく、むしろ微笑ましく見守っていた。――この一面を知っていたのは、彼らだけだったから。


そしてただ一人、目を見開いて絶句していたのがクロードだった。


「ちちさま、おろちてくださいまち」


そう言って地面に降ろしてもらい、てくてく歩いた私は、今度は祖父ロドルフのもとへ。


「じいじ……だっこ」


その小さな声に、ロドルフはやや戸惑いながらも抱き上げてくれた。


「……じいじ、ごめんね。じいじ、かなちませて、ごめんね」


そうぽつりと言い残した私は、安心したようにそのまま眠ってしまった。


あまりに突然の出来事に、周囲は再び静まり返った。


父が口を開いた。


「セレスティアは普段こそ落ち着いた態度でいるが……アルコールが入ると、こうして子供に戻ってしまうんだ。小さい頃からずっと“しっかり者”として過ごしてきたせいで、甘えることが許されなかったのだろうな。だから今だけは――許してやってください」


深く頭を下げる父に続いて、母、兄、姉までもが並んで礼をした。


ナイラも、ティアナも、最初は驚いた顔をしていたが、次第に優しい笑顔を浮かべて頷いた。


しかし――後方支援局の面々だけは、違っていた。


固まったまま、まるで“見てはならぬ秘宝”を目撃してしまったかのような顔をして、目をそらすこともできずにいた。


“セレスティア局長が……あんな姿に……”


誰も言葉には出さなかったが、全員の心の中に同じ衝撃が走っていたことは、確かだった。


そしてその夜は、セレスティアがぐっすりと祖父の胸で眠ったまま、穏やかに更けていったのだった――。

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