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第六十八話 意外な考え方

夜会の余韻がまだ身体のどこかに残っていたその朝、今日は公務もなかったけれど、王城へ足を運ぶことにした。というのも、昨夜の帰り際、陛下からの伝言があり、「明日、城へ来てほしい」と告げられていたのだ。言葉の端々からして、どうやらただの挨拶では済まない様子だった。

エリオットとエリックには事前に連絡を入れてあり、城に向かう途中で合流してから、三人揃って謁見の間へ向かった。

王の間には、既に陛下の他に、ギラン帝国のジークフリート殿下の姿もあり、数名の重職や外交官たちも並んでいた。その空気にはどこか緊張感が漂っており、ただならぬ雰囲気が感じられる。

挨拶をしようと歩み出ようとしたそのとき、陛下の低く重い声が響いた。

「よい、そのままでかまわぬ。今回そなたを呼んだのには、それ相応の理由がある」

私は一歩前に進み、静かに耳を傾けた。

「早い話が、そなたの“創造魔法”についての情報がギラン帝国側に漏れておる。それだけでも穏やかならぬ事態だが……その情報を探っていた密偵が、どうやら“顔が緑色”になって帰ってきたというのだ。そなた、何か心当たりはあるか?」

事実を問う口調だったが、そこには一抹の期待も滲んでいた。静かに頷いた私は、穏やかな声で答えた。

「はい、その件につきましては把握しております。その者は、我が国の“通行許可所”を入国時には正規に通過していましたが、出国時には通らずに越境したため、顔色が緑に変色したのです。通行管理の術式では、入国と出国を両方確認できない場合に“緑色”に変化するように設定しております。両方を無視した場合は“赤”になります」

その説明に、周囲の空気が一段と引き締まった。

「他国で発覚すれば不法入国として立派な犯罪者となるべき行為かと存じますが……我が国では、せめて“顔色を染める”程度で済ませております。私としては、むしろ寛大な対応をしているつもりでございます」

私が口を閉じると、ジークフリート殿下が少し身を乗り出すようにして言葉を重ねた。

「……その顔色を、戻すことはできぬのか?あれは私の命令で、クロードが何を求めて戻りたいと思っているのか、それを知るためだけに動かせた者だった。まさか、“創造魔法”に関する秘密にまで触れてしまうとは思わなかった。だが、その者には婚約者もいた……その姿を見た彼女は婚約を破棄してしまい人生が壊れてしまったのだ。どうにか、元に戻してやってほしい」

殿下の言葉には一分の後悔も含まれていたが、その“理由”と“代償”が釣り合っているとは、どうしても思えなかった。

「そうですか……それで、私にどうしろと?」

少し棘を含んだ口調で尋ねると、彼は苦悶の色を浮かべたまま、「頼む、顔色を戻してくれ」と再び懇願した。

それを聞いた私は、今度は陛下の方へと視線を向け、丁寧に一礼してから言葉を紡いだ。

「陛下、ご進言申し上げます。国家の機密を不正に持ち出し、その結果として起きた事案に対し、その罪をなかったことにしてほしいと望む皇太子殿下のご発言――これを、我が国の立場として、どう受け止めるべきでしょうか?皇太子ともなれば、罪の重さとその影響力をよく理解された上で行動すべきかと存じます。ですが、その嫉妬心ゆえにこのような事態を招いたのであれば……帝国の皇帝におかれましても、今一度、殿下のご教育方針をお考え直しいただく必要があるのでは、と進言して頂いた方がよろしいかと愚考いたします」

言葉を選びながらも、その芯ははっきりと通して返した。場が静まり返ったが、私は続けた。

「……ただ、両国間の関係を損なうのは、我が国にとっても得策とは言えません。ですので、我が国の外交官とギラン帝国側との協議が整い、我が国に有利な条件が確認されたのち、自国にいらっしゃる該当の人物用に“解除装置”をお渡しいたします。それでよろしければ」

私がそう言い終えるや否や、ジークフリート殿下の顔がぱっと明るくなり、「本当か!すまない、すぐに父上に連絡を入れる」と、早速国に報せを送る手配を始めた。

その様子を見ながら、陛下が苦い表情を浮かべたのに気づいた。だが、ここでは多くを語らずに、私は静かに一礼してその場を辞した。

ほどなくして、再び陛下から呼び出され、執務室に通される。扉が閉まるなり、陛下は低い声で切り出した。

「……説明してくれ。あの“顔色”の仕組みはどうなっているのだ?」

私は微笑みながら、静かに語り始めた。

「以前、通行許可所の件で感謝状を賜りましたが、実はその背後に“術式装置”を設置しておりまして、現在は我が国のすべての国境線に同様の装置を設けてあります。これにより、国境線に沿って常時結界を張ることも可能でございます。ただし、これはまだ実験段階で、正式運用には至っておりません」

「では、あの“顔色変化”もその一環か?」

「はい、密入出国を抑制する目的で、入出国の記録と魔術式が連動するように設計しました。忘却魔法で記憶を飛ばす手段もありますが、それでは戒めとしての効果が弱いため、視覚的な変化にとどめたのです」

「それで、“解除装置”を渡すと?」

「はい、ただし装置を起動した瞬間、該当者と該当者以外の“創造魔法”や“後方支援局”に関する記憶は上書きされる仕様となっています。ですので、ご心配には及びません。ジークフリート殿下も、帰国すればすべてを忘れることでしょう」

それを聞いた陛下は、ゆっくりと頷いた。

「……ということは、いざという時、我が国はその結界で国を守れるのだな」

「はい、その通りです。ですが、結界は最後の手段とお考えください。あまりにも堅牢すぎれば、相手国の警戒心を煽ってしまう場合もございますから」

「では、どうするのがよいと?」

私は少し思案してから、微笑を含んだ提案を口にした。

「国境を越えた者が、たとえば……突然、体臭がきつくなるとか、髪が薄くなるとか、小指を引っかけて爪が剥がれるとか、小さい不幸を重ねる形でも良いですわね。そうした“地味な嫌がらせ”の方が、精神的にはよほど応えるかと思います。相手に自国を開いて受け入れる姿勢を見せつつ、内心では心を折る。これは有効な対処法でございますよ」

その言葉に、陛下はしばし沈黙し――やがてぽつりと呟いた。

「……意外に陰湿な発想をするものだな」

部屋の隅に控えていた側近たちが、一様に小さく頷いた。誰一人言葉にはしなかったが、彼らの瞳には一つの共通した感想が浮かんでいた。

“……考え方が地味に怖い”

その日、王の執務室には、静かなざわめきが残った――。


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