第六十七話 熱を帯びた視線に気が付いて…
ティアナ王女とナイラとのひとときを、言葉の花びらで彩りながら楽しんでいたところ、控えていた侍女が小声で「ジークフリート殿下と陛下が会場を後にされました」と報せてきた。すぐに三人で顔を見合わせ、目で合図を交わす。
「戻りましょうか?」
「ええ、そろそろいい頃合いかと」
そう頷き合って席を立った私たちは、再びあの煌びやかな広間へと向かうことにした。
ちょうどそのときだった。
「セレスティア様、お待ちください」
エリオットの静かな声に振り返ると、彼が少し申し訳なさそうに近寄ってきて、私の横顔を見ながらそっと指先を伸ばした。
「御髪の飾りが、ずれておられます」
どうやらティアナたちとの歓談の最中に、装飾がずれてしまったらしい。ナイラとティアナには先に会場に向かってもらい、私はしばらくエリオットに身を任せる形で足を止めた。
彼がそっと手を添えて、私の髪飾りを直しているときだった。ふいに耳元にふっと息がかかる距離で、彼の低い声が囁いた。
「今日は……いつもと雰囲気が違いすぎて、声をかけるのも躊躇いました。……デビュタント、おめでとうございます」
その言葉が、そっと耳の奥に溶け込んでいく。くすぐったさと戸惑いとが同時に押し寄せて、耳たぶが熱を帯びた。思わず彼の目を見上げると、そこにはどこか切実な、熱のこもった眼差しがあった。
その視線に、胸の奥が波立つ。ようやく、彼が私にどんな想いを抱いていたのか――言葉にせずとも、その目がすべてを語っていた。
どうしよう。
そう思った瞬間、顔から火が出そうになり、きっと真っ赤になってしまったに違いない。視線をそらしたそのとき、ふいに肩を引き寄せられ、彼の腕に包まれた。
「……あまり、可愛い顔をしないでください。我慢ができなくなります」
低く押し殺した声が、真っ直ぐに心の奥へと届く。その一言が、これまでなんとなく流してきた彼の言葉とは、まったく違って聞こえた。
何をどう返せばいいのか分からず、混乱しかけたそのとき――
「はい、そこまで」
静かだが凛とした声が割って入った。振り返ると、そこにはセレガルとサマイエルの姿があった。少し離れた位置からこちらを見ていた二人は、どうやら一部始終を見ていたらしい。
目が合った瞬間、セレガルが顔をしかめてぼそりとつぶやく。
「まずいな、こんな顔で会場に戻すのか……」
「普段も可愛らしいけど、今日のはまた……何人か落ちるな、間違いなく」
こそこそと二人で会話しているのが聞こえてきて、私はじろりと睨んだ。
「……助けに来たんじゃないの?」
その視線に、サマイエルが慌てて「いやいや、そろそろ泣きそうだったので」とエリオットを引きはがしてくれ、ようやく私は一息つくことができた。
顔の火照りを抑えようと、手で仰いでいると、懲りもせずにまたエリオットが寄ってきて、柔らかく微笑んだ。
「ようやく、意識していただけましたね」
その言葉に、再び顔が熱を帯びた。思わず彼を睨みつけ、どうにかしてと目でセレガルたちに助けを求めるが、二人は肩をすくめて首を横に振るばかり。
もう、誰も助けてくれないらしい。
「会場まで、私がエスコートいたしますよ。セレス」
そう言って、彼はさりげなく自分の腕を差し出し、私の手をそこに添えさせた。拒む間もなく、自然な流れでエスコートされる形となった私は、なんとも言えない気恥ずかしさを抱えたまま、その腕に導かれて歩き出した。
しばらく四人で歩いていると、会場の扉の前に差しかかったとき――
突然、扉が勢いよく開き、焦った様子のクロードが飛び出してきた。
「セレス!」
驚いて立ち止まると、クロードがこちらに気づき、すぐに笑顔を取り繕うように言った。
「これはこれは、後方支援局の皆様。ここまでのご護衛、ありがとうございます。ですが……今宵のパートナーは私なので、セレスは返していただきますね」
そう言うなり、私の手をやや強引に自分の腕に引き寄せた。
「ジークフリート殿下のこと、すまなかった。今日はずっとそばにいるつもりだったのに……本当に、すまない」
その表情は、いつもの冷静な彼とは思えないほど切実で、どこか泣きそうにも見えた。
「気にしないで」とだけ答えて、エリオット、サマイエル、セレガルに軽くお辞儀をした。去り際、「また」と小さく口パクし、手を振った。
後に残った三人の男たちは、しばし無言でその背を見送りながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……なんだ、あの可愛らしさは」
「普段もあれくらい可愛げがあればいいんですけどね……」
「無理だろ…」
男たちの呟きは、しばらく続いた――まるで、手の届かない何かを眺めているかのように。




