第六十四話 距離を繋ぐバングルと、少女を包むブルーの光
エリックとエリオットとは、先程から言葉少なに、どこか間延びした空気のままだった。職場見学の一件が、思った以上に尾を引いているのかもしれない。
だからこそ、私はその空気を払拭するために馬車を出し、城下にあるサミエルの工房へと足を運んでいた。目的は、試作品の確認。先日の魔獣騒動を受けて、私が密かにサミエルへ依頼していた特別な魔道具だ。
「セレスティア嬢、お待ちしておりました。準備は整っております」
扉を開けたサミエルは、手慣れた様子で奥から小箱を持ち出し、ふたを開けて中身を見せてくれた。二つのバングル――繊細な細工が施された銀の輪で、中心には淡く輝く石が嵌め込まれていた。
「エリオット、エリック、こっちを見て」
沈んだ様子の二人に声をかける。ようやくこちらに向いた彼らに、手渡す。
「はい、これ。着けてみて」
差し出したバングルに、二人は驚いた顔をして固まった。
「これには、転移陣と毒・媚薬の無効化、それに治癒魔法が組み込まれているの。まだ試作段階だけど、今のところ私、エリック、エリオット――この三人の座標だけに反応するようになってる。だから、間違っても他の座標には飛べないから注意してね」
彼らの目がみるみるうちに輝きを取り戻していくのが分かった。
「……これを着けて転移を願えば、いつでもセレスのところに行けるのか?」
エリオットが、どこか子どものような目で私を見た。
「ええ、でも――頻繁には使わないでね。緊急時用なんだから」
すると、エリックが少しだけ頬を赤らめて言った。
「私も……セレスティア様を“セレス”とお呼びしても……?」
「いいわよ。ただし、公の場ではきちんと“セレスティア様”って呼んでね」
二人は頷き合い、それぞれ手首にバングルを装着した。
「じゃあ、試してみましょう。私は隣の部屋にいるから、交代で転移してみて」
エリックが最初に転移してきた。現れた瞬間、あまりにも至近距離で、思わず声が出そうになった。
「……軌道、もう少し調整しないとね」
エリックに笑いかけて、再度転移してもらい、次はエリオットの番。
彼が現れた瞬間、何も言わずにそのまま私を抱きしめた。
「……これで、いつでも側にいられるでしょ?」
小さな声だったけれど、そのひと言には、いろんな想いが詰まっていた。
「……ええ」
私も、自然と笑っていた。
***
その日は、偶然にも休日だった。
そして――デビュタント当日。
朝から侍女たちが出たり入ったりして、部屋の中は準備一色に染まっていた。いつもは制服一択、化粧っ気もほとんどない私が、ひとつずつ磨かれていく過程は、くすぐったくて、照れくさくて、落ち着かない。
髪はハーフアップに整えられ、頬にはほんのりと色が乗せられ、鏡に映る自分は、まるで知らない他人のようだった。
……誰、この人。
そう思った。でも、確かに私だった。幼さが少しずつ抜け、背筋が自然と伸びて、どこか“ひとつの区切り”を迎えたような気がした。
ドレスは、薄いブルーのマーメイドライン。決して派手ではないけれど、柔らかな光沢とシルエットの美しさが際立ち、着慣れない私でも息を呑むほどだった。イヤリングとネックレスには、同じ色合いの宝石があしらわれていた。
「クロード様からのお祝いよ」
母がそう微笑んで教えてくれた。
時計の針は、そろそろ迎えの時間を指していた。
私はドレスの裾をそっと持ち、ゆっくりと階段を下りていく。すると、階下には花束を持ったクロードが立っていた。
……顔が真っ赤だ。
「クロード様?」
声をかけると、彼は一度大きく瞬きをしてから、ぎこちなく姿勢を正した。
「セ、セレスティア嬢……今日は……よろしく」
目が泳いでいる。言葉もぎこちない。そして、ぽつりと。
「……綺麗だ」
その言葉に、なぜか胸の奥がほんの少しだけ温かくなった。
ふと、彼の瞳に映る青が、イヤリングとネックレスと、ドレスと――すべてと呼応しているのに気づく。
……え? もしかして、今日のコーディネートって、まさか……。
おそるおそる後ろを振り返ると、母と姉が満面の笑みで親指を立てていた。兄は驚いた顔で、父は……今にも泣き出しそうな顔をしている。
「それでは、行ってまいります。また会場でお会いしましょう」
カーテシーを軽く添えて、一歩ずつ馬車へと向かった。
隣でエスコートするクロードは、まだ頬を赤らめたまま、どこか落ち着かない様子で歩いていた。
今日という日が、私の人生の“はじまりの一区切り”になるのだと――少しずつ実感しはじめていた。




