第六十一話 名ばかりの舞台裏
第三騎士団からの緊急支援要請が舞い込んでから、早くも三ヶ月が経過していた。後方支援局の正式な就任からも、いつの間にか半年が経とうとしている。目まぐるしく過ぎる日々の中で、月の巡りも季節の空気も意識の外に追いやられていたが、それでもふとした拍子に現実が追いついてくることがある。
その一つが――誕生日だった。
来月、私は十五歳を迎える。
その節目に合わせて、社交界の慣例に則った“デビュタント”というものが控えていた。正式な社交界お披露目の場。衣装も、立ち居振る舞いも、挨拶の仕方ひとつに至るまで作法が求められる、それはそれは面倒で、私にとっては正直“今更”な舞台だった。
局長として働き、現地へも赴き、魔石の動向まで把握している身としては、社交デビューと言われても……というのが正直なところだった。
だが、母と姉は違った。
この日をいつから楽しみにしていたのか分からないほど、二人の気合いの入り方が尋常ではなかった。衣装の打ち合わせ、舞踏会の構成、髪型から装飾品、靴の留め具に至るまで細やかに指示が飛ぶ。私はというと、昔の“妖精さん”コンセプトでお茶会に出された忌まわしき記憶が脳裏をよぎり、今回は即座に「シンプルで、清楚で、できるだけ目立たない方向でお願いします」とだけ伝えて、あとは丸ごとお任せすることにした。
パートナーについても、婚約者が不在のため、ギラン帝国に留学していた従兄のクロードが帰国するというので、そのまま自然と彼に任されることとなった。彼からも、わざわざ手紙で「とても楽しみにしている」と送られてきたので、もはや断る理由も機会もなかった。
局内では特に誰かがその話題を口にすることもなく、皆、デビュタントがすでに終わっているか、まだ先だと思っていたようだった。だからこそ、今更話題にするのも気恥ずかしく、結局は自分から何も言い出せずにいた。
だというのに――。
「セレスティア嬢、来週のデビュタントだが、パートナーは誰だ?」
陛下からの呼び出しを受け、いつものようにエリックとエリオットを連れて玉座の間を訪れた直後、いきなりのその一言に、私は思わず足元を見つめてしまった。
よりによって今、ですか陛下……。
「はい陛下。婚約者は不在ですので、ギラン帝国から帰国しました従兄のクロード――デュパール侯爵家の長男にお願いしております」
できるだけ簡潔に答えたつもりだったが、私の左右で控えていたエリックとエリオットが、それぞれ目に見えて動揺している気配が伝わってきた。顔を上げずとも分かる。二人の気配は、空気に沁みるように分かるのだ。
陛下もそれを感じ取ったのか、苦笑を浮かべながら呟いた。
「まったく……まもなく十五歳になる嬢に、今更などという年齢ではあるまい。ふん、誠に失礼な二人だな」
むっとした私は、顔を僅かに上げて口元だけ笑う。陛下のご機嫌取りではなく、何となく大人ぶってみせたくなっただけだった。
だが、陛下はそこで表情を引き締めた。
「実はな……この度、ギラン帝国よりジークフリート皇太子が来訪する。デビュタントにも出席予定だ。心して臨むように。――なるべく目を付けられぬようにな」
その言葉に私は驚きと困惑を隠しきれなかった。だからこそ、陛下の続く言葉には、冷や汗すら感じた。
「クロードではなく、エリックかエリオットに相手を変更できないか?」
「すでに、母と姉が決めておりますので……。一応、お祖父様に希望を出しましたが却下されましたし、兄は今年デビュタントの婚約者がいますし、父は職務で手が回りません。結果、従兄という流れです」
陛下の眉が寄る。私は少し困った顔で言葉を重ねた。
「わたくしが望んだわけではないのです。むしろ、今更感が強くてとても恥ずかしいくらいでして。けれど母と姉に“女のデビュタントの晴れ舞台は一度しかないのだ”と説き伏せられまして……。アレクシスも楽しみにしていると書いてきましたし、昨日帰国したばかりで、今日は久しぶりの家族の顔合わせなのです。……断れる状況ではありません」
陛下は深く唸り、こめかみを揉んでおられた。しばらくして、ようやく言葉を絞り出した。
「……では、もし帝国から“何らかの接触”があった場合、王命でなければ婚約は結べないと返せ。形式的に“王命が必要”というだけで良い。こちらから何かを強いるつもりはないが、牽制にはなるだろう」
「……了解いたしました。ですが、帝国からの接触なんて……あるでしょうか。忘却魔法をかけておりますし、私はただの一令嬢ですよ?その辺にいる、普通の」
「……まぁ、念のためだ。くれぐれも気をつけよ。それだけだ」
そのまま話を打ち切るように退出を促され、私は礼をしてその場を辞した。
帰り道、後方支援局の石畳を歩く私の背後から、ぽつりと声が落ちた。
「真っ先に相談してくれるって……言ってくれたのに。なぜ、パートナーの件、言ってくれなかったんですか?」
振り向かなくても分かった。エリオットだった。声の奥にある、少し子供っぽい悔しさが、むしろ彼らしかった。
「……こればっかりは、仕方ないのよ。姉と母にエリオットの話をしたら、“はあ?デビュタントの年齢すら把握していない相手に?”って、冷たい顔で言われたのよ。普通はね、半年以上前から打診するの。なのに、局内の誰からもなかった。そっちが何も言わないのに、私からわざわざ知らせる必要、ある?」
「……」
「ちなみに、エリックはわたくしの年齢、いくつだと思ってた?」
「……デビュタントが終わった16歳、かと……」
「エリオットは?」
「……14歳……来年だと……」
ふたりとも、明らかに目を逸らしていた。
「いいのよ。別に婚約するわけでも、結婚するわけでもないんだから。相手は従兄だし、なるべく目立たないようにするし。だから、心配しないで?」
……その言葉が、ふたりにとって救いになったのかどうか。返事はなかった。ただ、少しばかり肩が落ちたように見えたのは――気のせいではなかったと思う。
それにしても……。
――まさか、「モテない」と断言されるとは。
後で母に、“局内で誰も希望者が出なかったことをどう思ったのか”と聞かれ、つい「……別に」と答えたら、「あら、モテない自分にびっくりしたでしょ?」と笑いながら言われたのだった。
本当にね。
びっくりしたわよ。
いろんな意味で。




