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第五十九話 動く石、揺れる想い

会議室に漂っていた香茶の余韻が薄らいでいく頃、私は背もたれから身体を起こし、そっと視線を移した。現地調査部――今回の討伐後に発生した異常事態の真相を掴むため、最前線で動いてくれたのは、彼らだった。


「では次に、調査部より現地調査の報告をお願いいたします」


呼びかけに応じて一歩前に出たのは、サマイエル。年齢は20台後半だったと思うが、どこか老成したような雰囲気を纏う男だ。臨機応変な現場判断力と、地味ながら緻密な語学調査能力で、現地調査部の柱とも言える存在だ。今日もいつもの落ち着いた声色で語り始めた。


「後方支援局・現地調査部、部門長サマイエルです。今回の異常魔力反応について、現地の一次調査と部下たちによる分野別分析を終えましたので、順に報告いたします」


そう言って、彼は脇に控えていた4人を手短に紹介した。


「地形と物流動線の変化を担当したカース、魔獣痕跡の解析を担当したベリエル、魔力反応と危険要因を検出したティナ、そして周辺住民への聞き取りを行ったイオナです」


彼らは整然と前に出て、それぞれの分野で得た情報を手短に報告した。


まずカースが口を開いた。


「調査地点における地形の崩落や隆起について、土壌の状態、過去の記録と照らし合わせましたが、地震などの自然災害を示す痕跡は見られませんでした。ただし、地下に眠る“空洞”の存在は確認されており、それが何らかの刺激で崩落し、巨大な魔石の一部を露出させた可能性は否定できません」


その報告に続き、ティナがやや硬い口調で話す。


「魔力溜まりの発生源周辺では、極めて高濃度な魔素の流動が観測されました。魔石と判明する前ですが、あまりにも“呼吸”に近い挙動をしており……一定周期で魔力を吸引し、放出する波形が確認されています」


「呼吸……ですか」


思わず繰り返した私に、ティナは頷いた。


「はい。まるで生体が息をするかのような波形でした。魔力溜まりの発生源が魔石と分かるまでは何か生物がいるのかと思いましたが」


その言葉は、会議室に静かなざわめきを起こした。


続いて、ベリエルが資料を手に進み出る。


「魔獣の挙動に関してですが、溜まり周辺には、通常の縄張り反応とは異なる“惹きつけられる”ような行動が集中していました。興奮や警戒ではなく……“服従”や“帰巣”に近いものです。言葉を選ばずに言うなら、あの魔石に対して魔獣たちが従属関係にあるような振る舞いをしていました」


最後に、イオナが人差し指を胸元で組みながら話す。


「周辺の住民や遊牧民からの聞き取り調査では、ここ数年、谷の南部で夜になると“地がうねるような音”や、“低く唸るような響き”を耳にしたとの報告が複数ありました。ただし、それが地震や風ではないという感覚的な証言が多く……皆、言葉を濁して不安気で」


報告が終わり、再びサマイエルが前へ出た。


「以上を総合した上で、我々の見解としては――“魔石が動いたのではなく、魔石が動こうとした”可能性がある、という点に行き着きました。これはあくまで仮説ですが、もし魔石が“自己修復”や“再起動”に近い機能を持つものだったとすれば……何かが原因があり、動き出そうとしていたのかもしれません」


その静かな言葉に、空気が少しだけ重くなるのを感じた。


私は深く頷いた。


「……今は岩塊となってますが、今後また魔石となる可能もあると言う事ですね。引き続き、あの石の動向について監視を。特に何か動きがあれば、すぐ報告を」


「承知しました」


サマイエルが頭を下げたあと、席へ戻ると、会議室は再び落ち着きを取り戻しつつあった。


ただ一人、エリオットを除いて――。


彼は終始、険しい表情でサマイエルたちの報告を聞いていた。かつて見せたような冷静な理性ではなく、どこか苛立ちと、張り詰めた焦燥が滲んでいる。


私はちらりと彼を見た。だが、彼はこちらを一瞥しただけで目を逸らす。ふいっと視線を落とし、唇をかたく結んだまま何も言わなかった。


――何かが、ある。


会議が終わり、人々が三々五々退室していくなか、エリオットの姿は見えなかった。あのまま部屋を出たのだろうと、私も次の予定へ移ろうとした矢先――。


「セレスティア様」


その声は、廊下の角を曲がったところで突然背後から届いた。振り返ると、エリオットが一歩二歩と駆け寄ってきて、思いのほか距離を詰めてきた。


「……どうかしたの?」


そう尋ねるより先に、彼の言葉がこちらを追い越してきた。


「なぁ……俺は、何かあったとき、一番に君に頼られたいんだ。誰よりも、先に」


普段の彼からは考えられないような直球だった。私は思わず瞬きをする。だが、彼の瞳は真剣で、その言葉が飾りでも冗談でもないことがすぐに伝わってきた。


「今回のこと……サマイエルや他の部門の連携が完璧だったのは分かってる。セレスティア様の判断も正確だったし、尊敬してる。だけど――俺はただ、それを見てるだけの存在じゃいたくないんだ」


彼の拳がわずかに震えていた。悔しさと、切なさと、そして焦り。すべてを押し込めて、今ようやく吐き出したようだった。


「セレスティア様が困ってる時、追い詰められそうな時、誰よりも近くにいたい。声をかけられるより前に、隣にいたい。……そう思ってるのに、いつもあとから気づいて、後悔してばかりだ」


言葉に詰まりながらも、彼は続けた。


「俺のことを頼ってほしい。君が、他の誰よりも俺の近くにいた、あの頃みたいに。俺は、変わらず側にいる。だから、次は……俺に、真っ先に声をかけてくれないか、そして今より側に置いて欲しい。」


彼の声音は低く、それでいてまっすぐに心を射抜いてきた。強くて、弱くて、誠実で――エリオットらしい、不器用な叫びだった。


私は小さく微笑んで、答えた。


「……じゃあ、今、あなたに一つお願いしてもいい?」


「もちろんだ。何でも言ってくれ」


「前と同じ様にでも構わないから、近くにいて。それが、今の私には一番、安心するから。ついでに、セレスティア様、セレスティア嬢、君、呼び方が不規則よ。普段はセレスティア様で、二人でいる時にはセレスで良いわ。」


エリオットは、驚いたように目を丸くした後、少しだけ照れたように笑った。


「分かった。セレス、いつも側にいる。」


その照れた笑みは、どこか少年のようで、けれど何か吹っ切れたようだった。

きっと不器用な彼は、今後もいろいろ悩むのだろう。


私の隣に並ぶために。



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