第五十八話 魔力の波と岩の記憶
魔獣の湧出がぴたりと止まったのは、魔力溜まりが消えたことが原因だろう。まるで潮が引くように数が落ち着き、過剰とも言える戦力が投入されたことで、討伐は二日足らずで完了した。現場に残っていた魔獣たちも次第に散っていき、まるで何事もなかったかのように谷は静けさを取り戻していた。
後方支援局としては、転移装置を利用しての帰還支援が主な役割となり、臨時派遣された第二騎士団と陸軍部の部隊を本部へ送り届けることとなった。特に第三騎士団については、重傷者が複数出ていたため、その搬送が優先される予定だったのだが――。
なんと、現地で対応にあたったミオナの手腕と、陸軍部に随行していた治癒士の尽力により、負傷者たちは出発可能なほどに回復していたのだ。結局、搬送される者はおらず、第三騎士団も全員そろって通常帰還という形で任務を終えた。
すべての部隊の帰還を確認した後、私はようやく“あの”現象の核心に迫るべく、再び調査に乗り出した。魔力溜まりが出現していた地点へ向かうと、そこには地表を押し上げるようにして、ひとつの岩塊が露出していた。
岩――そう見えたが、近づいてよく見れば、それは元はひとつの巨大な魔石であったに違いない。地中に埋もれていたそれが、何らかの変化で隆起したのだろう。問題は、そんな地殻変動があったとすれば、周辺で揺れを感じた者がいてもおかしくはないのに、そのような報告がひとつもなかったという点だった。
何か別の力が作用したのか、あるいは魔石そのものに自律的な何かしらの性質があるのか――。判断するには材料が足りない。魔石に関して専門的な知見を持つ者が必要だ。とはいえ、今回の原因の根はその岩――魔石であることは、まず間違いなかった。
調査を一段落させて、私たちは後方支援局へと戻った。
帰還してすぐ、各部門の担当者たちを会議室に集め、今回の緊急対応に関する全体会議を開くことにした。まず冒頭、私は椅子から立ち上がり、静かに一礼してから言葉を紡ぐ。
「今回の第三騎士団からの要請により、後方支援局として初めて全体を動員しての緊急対応となりました。皆様の協力に感謝いたします。本題に入る前に、まず私自身が単独で対処した件について、先にご報告いたします」
軽く間をとって、深く息を整える。
「魔獣の数が突如増えた件について、現地調査部の報告では、討伐初期の段階では事前の調査情報と差異はなかったとのことでした。しかしながら、討伐が進行する中、明らかに異常な増加が起きた。私は、これを何らかの外的要因による変化と判断しました」
ここで、一瞬視線を落としてから、続けた。
「現地に出向くことは困難でしたが、私には……一つ思い出したものがありました。以前、創造魔法の件で無理やり王都に呼び出された際に、何かがあった場合の非常手段として密かに作っておいたタブレットです」
局内に軽いざわめきが走る。視線を感じながらも、私は淡々と続けた。
「このタブレットは、国外への脱出を想定して設計したもので、転移先の環境把握や現在地のリアルタイム監視、さらには広範囲の地図情報を視認可能な機能を備えています。軍事利用も可能な性質を持つため、今後も使用は私個人に限定させていただきます。必要な際は、私に直接確認を取ってください」
言葉を選びながら話していたつもりだったが、視線の先で拳を握るハルシュタイン侯爵の姿が目に入る。……思い出しているのだろう、あの時のことを。
「当時は……この国に囚われることを拒み、国そのものを見限る覚悟をもって王宮へと向かいました。しかし、あの後、多くの人々と出会い、この国に生きる意味を見出すことができた。今、私は自らの意志でここにいます。だから、もう過去の事です」
そう言いながら、自然と目が侯爵の方へ向いた。
そして、彼は立ち上がり、深く頭を下げた。
「――すまなかった。あの時、陛下も魔道院もお前の気質を見抜いて、無理をさせないようにと配慮していた。それを、私の独断で……強引に押し通したばかりに、国を捨てさせてしまうところだった。本当にすまなかった、セレスティア嬢」
会議室には静寂が落ちた。誰もが、侯爵が頭を下げる姿をただ見守っていた。
「……もう済んだことです。今の私は、国を捨てようとは思っていません。どうか、頭をお上げください。ハルシュタイン侯爵様」
私はそう静かに告げた。
しばしの沈黙の後、侯爵がゆっくりと顔を上げる――が、次の瞬間には、あの人特有の調子に戻っていた。
「ふむ、やはり……わしの存在があまりに大きく、捨てられなかったということか!」
……ええ、本当にもう、どうしてこの人はこうなんでしょう。
私は心底呆れた顔でそっとため息をついた。ちらりと横目で見たエリオットは、明らかに不機嫌な表情を浮かべていた。何か言いたげだったが、その隣でエリックがそっと首を振っている。……放っておけということだろうか。
「話がそれてしまいましたね。では、一旦お茶をお持ちさせましょう」
私はそう言って、控えていた侍女たちに軽く頷いた。彼女たちは手際よく動き、会議室に心地よい香りと湯気を運び入れていった。
一呼吸、置くべき時だった。




