第五十七話 魔力の渦と箱舟の石
討伐隊の戦力補強のため、一度本部へ連絡を入れた。軍部の出発準備は整っているとのことで、ちょうど今から転移装置を通ってこちらへ向かうところらしい。座標はすでに天幕近くに固定してある。となれば、着いた直後の誘導が必要だ。装置の出口に人が立ち止まってしまえば、後が詰まってしまう。何より、転移直後の朦朧とした状態で立ち尽くされては困る。
案の定、座標地点に現れた陸軍部の面々は、しばらく目を瞬かせて呆けたように立ち尽くしていた。声を掛け、現実へと意識を引き戻し、手短に説明をして前線本部へと案内する。ありがたいことに、彼らは軍部所属の医療班も一緒に連れて来てくれていた。医療班は騎士団の医療班と合流させ、その場を一任する。彼らは騎乗で来たのではないため、帰還時は後方支援局内の転移室を使うことになるだろう。
戦力の増援という意味では、これでひとつ前進できた。ただ、現地から上がってきた報告は想定外だった。――魔獣の数が、事前の予測を超えて多いのだという。
調査時点での情報と大きく食い違っていたわけではない。個体数も種類も、大筋では合致していた。にもかかわらず、実際には討伐が追いつかない状況にある。首を傾げつつ、現地調査部の者と、魔獣専門のミオナから詳しい話を聞く。すると、やはり調査そのものに誤りはなかったとのこと。ただ、「もうひと息で終わる」というところで、突如、周辺の魔獣が増えたらしい。増援が現れたというよりも、どこからともなく引き寄せられるように――。
原因は現在調査中とのことだったが、腑に落ちない。私はあの時、初めて謁見した際に逃亡用に作成していたタブレットを手にした。リアルタイムでの地形情報を確認しながら、渓谷沿い、魔獣が密集しているその奥に、何か「発生源」のようなものが存在している可能性に思い至る。
すると、地形データの一部に、魔力が異常に集中している“魔力溜まり”を示す反応があった。しかも、そこを中心に、まるで磁石に引き寄せられるように魔獣たちが集まってきている……そんな挙動を示していた。
「これは、討伐するだけでは埒が明かないわけだ」
考えを巡らせるうち、ふとある仮説が浮かぶ。魔力溜まりの力を、何かしらの手段で“吸い上げて”しまえば、魔獣が引き寄せられる現象は収まるのではないか。例えば、前世でいうところの――そう、電気やガソリンのように、魔力を「資源」として扱えるのなら……。
あるいは、使用済みの“空の魔石”を投入すれば、溜まりに溜まった魔力を吸収させることができるのでは――?
思いついたら、試してみるべきだ。私はすぐにサミエルへと連絡を入れた。後方支援局の転移室に、魔道具製作の副産物として出た空の魔石を箱詰めにして準備してほしいと伝える。城に保管されていた使用済みの魔石も含め、不要なものは捨てるだけだったのだ。それなら、いっそ魔力溜まりへ放ってしまえば一石二鳥である。
試しに三箱分を用意してもらい、座標は魔力溜まりの真上へと設定。簡易転移装置を起動し、物資運搬用の特殊な箱ごと転送する。私はその様子をタブレットの画面越しに見守った。
……すると、魔石の色が徐々に変わっていく。使い果たして灰色に近かった石が、ゆっくりと元の輝きを取り戻していた。どうやら、魔力の吸収に成功したようだ。
急いでサミエルに報告し、転移装置を使って魔石入りの箱を回収してもらう。もともと輸送用に設計された箱は、簡易的な転移装置の機能も備えている。戻ってきた石は、まさに“再充填済み”。興奮気味のサミエルが、「空だったはずの魔石が蘇ってる!」と連絡をくれた。
調子に乗って――いや、効果を確信して――さらに空の魔石を次々と投入する。最終的には十五箱分が送り込まれ、すべてが満たされた状態で戻ってきた。そして、同時に魔力溜まりもほぼ解消されていた。
あとは残った魔獣の掃討のみ。状況はようやく終息に向かいつつある。
ふと気づくと、現地調査部の面々、ミオナ、そしてエリオットとエリックまでもが、黙ったまま私の方をじっと見つめていた。……しまった。手配や通信で手一杯になっていたせいで、あまりにも一人で勝手に進めすぎたかもしれない。
小さく咳払いをしてから、一言だけ告げる。
「この件は、本部に戻り次第、改めて情報共有します」
今は、聞かないでほしい。そう言外に含めながら、視線を逸らした。




