第五十三話 後方支援局の役割[後編]
「皆様、そろそろ次の部門をご紹介いたしますね」
カップに残るお茶をひと口含み、私はそっと微笑んで続けた。ようやくここまで辿り着いた。長くて濃密な準備期間だった。けれど今日、こうして顔を揃えてくれた仲間たちを前にすると、やはり言葉には熱がこもる。先程までは緊張をしていて、やや事務的な紹介になってしまった。気を取り直して、私らしく。
「まずは、【局長補佐・作戦調整部】です。この部門の主な役割は、私の補佐、全体の作戦計画や他部門との横断的な調整、さらには現地との橋渡しです。部門長はエリック。行動力と実行力に優れ、私の考えを最も早く具現化してくれる頼れる右腕です」
エリックが椅子を引いて立ち、静かに一礼する。その所作に続くように、私は配下の名を読み上げた。
「配下としては、マルセイユ。命令伝達および議事整備。グレン、部門横断のスケジューリングを担当。ヘルナは支援案件の整理を、そしてカリナが私のスケジュール補佐を務めてくださいます」
続いて資料をめくり、言葉を繋いだ。
「次に、【心理・生活支援部】。この部門の役割は、被災地や避難所における心理的ケアや生活支援。部門長はエリーナ。彼女は共感力に優れ、言葉にせずとも人の痛みに寄り添う力を持っています」
視線を送れば、エリーナがほんのりと微笑み、うなずく。彼女の穏やかな空気が、会議室の緊張を柔らかくした。
「配下は、マーナが聞き取りと心理支援、ユルシュが避難所配置の設計を担当します。サエナは家族や高齢者への対応、クレアは子どもや遺族への支援をそれぞれお願いしております」
一人ひとりがうなずき、やや緊張した面持ちで背筋を伸ばした。真摯な態度に、私も自然と気が引き締まる。
「次に【魔獣・薬療研究部】です。魔獣の情報収集と蓄積、薬魔法の研究、現場での応急処置の技術指導が主な任務です。部門長はミオナ。魔獣と薬魔法、両分野において深い知識を持つ彼女は、研究だけでなく応用もこなせる実践型の才女です」
視線が集まり、ミオナがやや照れたように会釈する。その後、私は配下の面々を紹介した。
「ネルは標本の整理と魔獣の解剖を担当、ミクが薬草魔法の生成、ルオは応急魔法の教育、ジーンは薬品の安全性検証を担当します」
魔導と医療、そして実地対応という難しい領域だが、この顔ぶれならばやってのけると信じている。
「続いて【財務・法務部】。この部門は予算配分、支援金管理、法的書類の作成、契約交渉支援を担っていただきます。部門長はシオン。彼は法令と経理の両方に精通し、局の屋台骨ともいえる存在です」
シオンは静かに立ち、「よろしく」とだけ短く頭を下げた。飾らない言葉の中に、確かな信頼がにじむ。
「配下には、ハウゼが財務書類の整備、アイラが契約文書の作成、フレンが法律の照合と施行確認、そしてベルトが支援金の分配および監査を担当します」
資料を閉じる音が会議室に微かに響いた。
「そして最後になります。【特別技術開発・装備部門】です。これは職人協力枠という外部協力扱いの特殊部門で、私が責任者となります。創造魔法を用いた魔道具の監修と、現地使用装備の開発・改良が主な任務となります。協力職人として、サタール工房のサミエル様にご協力いただきます」
サミエルは席から軽く立ち上がり、恐縮したように手を振った。「職人であり魔法研究者でもある彼は、今後の後方支援局の柱の一つを担っていただく方です。現在のところ固定部下はおりませんが、今後増員予定です」
一息つき、私は笑顔で付け加えた。
「以上が、各部門の紹介となります。皆様、新しい役割に不安もあるかと思いますが、まずは動いてみて、足りない部分があれば共に整えていきましょう。前半は緊張していた様で事務的な説明になりすみませんでした。でも皆様の事きちんと見ておりますので。では質問がある方は挙手をどうぞ?」
数名が目を伏せる中、誰も手を挙げなかった。
「では、疑問は都度聞いてくださいね。これより各部門に分かれて、担当業務や初動について話し合いをお願い致します。なお、サミエル様はこのまま残って、部門間連絡用の魔道具デモをご確認ください」
私が席を立ちかけた時、エリックが挙手して声を上げた。
「局長、もし差し支えなければ、そのデモ品をこの場で一度見せていただけませんか?」
周囲の関心の視線が一斉に集まり、私は頷いた。「わかりました。ただし、これは試作前のデモ品ですので、ご容赦くださいませ」
マジックバックの中から取り出したのは、耳に掛けるタイプの通信具と、スマートフォンに似た小型の映像端末だった。私はひと組を手に取り、もうひと組をサミエルに渡す。
「では、使い方をお見せしますね。こちらを耳に掛けて、画面を見ながら会話をします。側面のボタンを押すと…」
廊下へ出て、遠隔通信を実演すると、画面の中のサミエルが目を見開き、皆の視線が釘付けになった。
「画面越しでも声も映像も明瞭です。音もはっきり聞こえますよ!」とサミエルが感嘆して言えば、私も自然と笑みがこぼれる。
部屋に戻ると、ハルシュタイン侯爵がいきなり私の目の前に立ち塞がった。
「わしは聞いておらん!そんな便利なものがあるとは!」
予想通りの反応に私は肩をすくめ、あらかじめ用意しておいた2組分の試作を手渡した。
「どうぞ。すでに『ちょうだい』と言われる気がしておりましたので」
にやりと笑う侯爵に視線を送りつつ、私は再びサミエルに向き直った。
「この術式と設計図をお渡しします。魔石の加工と術式の精密刻印が必要になりますが、お願いできますか?」
「ふむ…これは面白いぞ。よし、試作してみよう」
サミエルとの技術的なやり取りが始まると、私はふと周囲の視線に気づいた。会議室中の視線が私たちに集中している。
「この通信魔道具は、後方支援局の内部連絡手段として今後導入する予定です。まだ一般配布はできませんが、段階的に各部門へと展開します。なお、この品は商品として販売は致しません」
そうきっぱりと言い切った後、私はどさくさ紛れにサミエルを連れて部屋を出た。視線から逃げるように、けれど確実に歩を進めて、私は局長室の扉を開けた。
背中には、仲間たちの笑いと驚きのざわめきが、あたたかな余韻として残っていた。




