第五十話 ひとつの節目、そして新たな始まりへ
振り返れば、この一年と少しは、まるで駆け抜けるような怒涛の日々だった。
後方支援局設立のための準備段階――それはただ紙の上で理想を語るだけでは済まされない、地に足をつけた現場の声と、外交の繊細な均衡と、実務に根ざした理論とのせめぎ合いの連続だった。軍部や騎士団の要望を聞き、外交関係者から直接ヒアリングを重ね、必要とされる支援の在り方を洗い出し、幾度も協議を経て、ようやく肉付けされた最終草案が完成したのは、私が高等部特別科の二年に進級して三か月が経った頃だった。
その頃には、学園の仲間たちもそれぞれの道を進み始めていた。
セレガル、アレクサ、タイラー、ミオナ――皆、無事に卒業し、そのまま後方支援局の初期メンバーとして入職を果たした。シオンも予定通り飛び級での卒業を決め、ほぼ同時に入局。そして、騎士団から選出された五人――エリオット、エリック、サマイエル、レオナ、エリーナ――彼らも、当初はその能力を惜しむ声が多かったものの、本人たちの強い意志もあり、今では後方支援局において不可欠な戦力として、それぞれの役割を果たしている。
王城内に新たに設けられた部署、後方支援局。
その部屋に、私以外のメンバーはすでに常勤しており、局としても本格的な始動が始まっている。私はといえば、学園での勉学と局長としての業務、そして飛び級卒業を目指すための試験勉強という、まさに三足の草鞋を履いたような生活を送っていた。
けれど、そんな忙しさの合間にも、大切な時間をちゃんと過ごしていた。
ナイラやティアナ王女と誘い合って、お茶会に出かけたり、カフェでくだらないことで笑ったり、時には劇場で感動の舞台を見て涙したり。忙しいからと諦めるのではなく、学生としての今この瞬間を大切にするために、私はあえて全力でその時間に飛び込んでいた。学園で過ごせる残された日々を、ひとしずくもこぼさないように。
……とはいえ、飛び級卒業試験の勉強は、本当に――思い出すだけで、今も夢に出るほどの追い込みだった。
心のどこかで「本当に間に合うのだろうか」と不安に思いながらも、諦めることはしなかった。限界を超えて、超えて、超えて――何度も壁にぶつかっては立ち上がり、ようやく掴んだ卒業の知らせ。
喜びで胸が震えたその瞬間。
でも、同時に、ひどく寂しくて――涙が溢れた。
ナイラやティアナ王女、クラスメートたち。共に過ごした時間のひとつひとつが、思い出となって押し寄せてくる。私のこの一年が、どれほど多くの人の支えに囲まれていたかを痛感し、その日々の尊さに、ただただ感謝しかなかった。
卒業式の日――あの日のことは、きっと一生忘れられない。
式が始まる前から、もう胸の奥が張り詰めていた。言葉に出来ない思いが溢れて、涙が止まらなかった。式の間中、私はずっと泣いていて、目は真っ赤、声もかすれて、そんな姿で壇上に立つなんて――と戸惑った。
「……学園長、お願いですから、別の誰かにしてください……」と内心では思っていた。
それでも、学園長はにこやかに私を指名し、壇上に立たせた。
(泣き顔でスピーチ……ほんと、心の中でボコボコにしたい気分でした)
でも、いざマイクの前に立った時、涙声でも、ちゃんと伝えようと思った。
「ご紹介にあずかりました……この度、飛び級で卒業となりました、王立学園 高等部特別科二年、セレスティア=サフィールと申します――」
その瞬間、会場は静まり返り、私の声だけが響いていた。
「この壇上に立たせていただくのは、これが二度目です。一度目は、後方支援局の設立にあたり、そのご説明のためでした。そして今日、再びこの場でご挨拶できることを、大変光栄に思っております。
わたくしは、この学園に入学して、まだ二年しか経っておりません。けれど、その短い時間の中で得た学びや出会い、そして支え合った日々は、わたくしにとって何よりも大切な宝物です。
入学当初は年齢のこともあり、多少の戸惑いや緊張がありましたが、先生方や友人たち、そして仲間たちの温かさに触れ、少しずつ自分の居場所を築いていくことができました。
時には戸惑い、時には迷いながらも、誰かと話し合い、笑い合い、悩みを分かち合いながら過ごしてきた日々。それらがあったからこそ、わたくしはここまで歩いてこられました。
卒業後、わたくしは後方支援局へ正式に入職し、局長としての職務に就きます。責任は重く、課題も多く、きっとこれからの道は平坦ではないでしょう。それでも、学園で得た知識と、仲間たちとの時間が、わたくしの心の礎となり、未来へと歩む力になります。
学園長をはじめ、すべての先生方。日々、知恵と導きを与えてくださり、本当にありがとうございました。
在校生の皆様。わたくしと共に歩んだ日々は、決して忘れません。どうか、これからも誇りを胸に、この学び舎での時間を大切にしてください。
共に学び、共に笑い、時には涙を流しながらも、わたくしにたくさんの思い出をくれた皆へ。
今日で離れてしまうけれど、またどこかで会えたなら、どうか、変わらず――友でいてください。
わたくしにかけがえのない日々を与えてくださった、すべての方々に、心より感謝申し上げます。
本当に、ありがとうございました。」
そう締めて、深いカーテシーをして壇上を降りた時。
待っていたクラスメートたちが、涙ぐみながら抱きしめてくれて、私はまた、ぐしゃぐしゃに泣いた。
……そして今朝。鏡に映った顔は、案の定ひどい有様だった。まぶたが腫れぼったくて、こんなんじゃ初出勤にはふさわしくない。そう思って、そっと光魔法で整えておいた。初めて局長として後方支援局に正式出勤する日なのだから。
制服の肩に袖を通し、鏡の前に立った私。
14歳――もうすぐ15歳。身長も伸びた。体つきも少しずつ大人びてきた。制服の似合い方も、入学当初とは違って見える……はず。
うん、多分――たぶん大丈夫。
息を整えて、玄関に向かう。
さあ、今日からまた、新しい一歩を踏み出そう。
「行ってきます――わたくしの未来へ」




