第四十九話 それぞれの役割、始動の時
「よし……これで、なんとか形のイメージは出来ました。細部の調整は必要ですが、試作品としては問題なく仕上げていけるかと」
そう言って、サミエル氏は試作品のデモ品を手にしながら、ぽつりと呟いた。その指先には、あれほど感嘆していた無限水筒や寒暖差マント、通気靴などの試作品が光を帯びるように整然と並んでいる。彼の職人としての眼差しは真剣そのもので、試作品をただ眺めるのではなく、その仕組み、構造、そして用途までを全身で理解しようとする熱量が伝わってくる。
私は、迷いなくマジックバックを取り出すと、試作品たちをすべてその中に収めて、静かにサミエルの前へと差し出した。
「こちら、サミエル様にお預け致します。手元に実物がないと、どうイメージするか困るでしょ? どうかご自由にお使いください」
「え、でも、こんな貴重なもの……よろしいんですか?」
「ええ。信頼しているからこそ、お渡しするのです」
私が穏やかにそう返すと、すぐそばで見ていた皆が一斉に「えっ」と声を漏らした。
「もったいない……」
「せめてコピーを残しておかないと……」
そんな声が飛び交う中、ハルシュタイン侯爵が、ぽつりと呟いた。
「わしも欲しかった……」
まるで駄々をこねる子どものような声音に、一瞬空気が緩んだ。
「え? 何が欲しかったんですか、おじいちゃま?」
そう返した私に、侯爵はちょっとだけ眉を吊り上げながらも、照れくさそうに答えた。
「そのマジックバックとやらと……あとは無限水筒じゃ」
「え、ちょっと待ってください。いくつ欲しいんですか? サミエル様が作ってくださるまで我慢してくださいよ? ね?」
「嫌だ。これは陛下への報告も兼ねておるのだ」
ぐぬぬ……この人、こういうところだけは本当に子どもみたいになるんだから……。仕方なく、私は目の前でふたつ――マジックバックと無限水筒――を再度、創造魔法で具現化した。
「はい、どうぞ。これで満足ですか? まったく、おじいちゃまはわがままなんだから」
私が呆れたように言うと、侯爵はいたずらっ子のように目を細めて、口角を上げた。
「わしは大切な人じゃからな。わがままを言っても、どうせ何だかんだで作ってくれるだろう?」
……ぐぬぬ、また言った。
その時、空気を読んだようにサマイエルが「まぁまぁ、今日はこの後どうする? せっかく皆集まってるんだし、今後の話し合いでもしようか」と場をまとめてくれた。
私も切り替え、改めて顔を上げる。
「では、今後の流れについて整理しておきましょう」
私は手元の資料を確認しながら、一つひとつの役割を口にしていく。
「まず、サミエル様にはデモ品の試作品を本格的に形にしていただきます。連絡の窓口はミオナさんでお願いね。次に、陛下に提出した草案を元に、より現実的な運用案を加味して、文面を整える“肉付け作業”はエリックさん、シオンさん、そして私の三人で進めていきます」
全体がうなずく中、私は続けた。
「軍部と騎士団から提出された現地調査の報告をもとに、今後必要となる後方支援活動を見極めるのは、レオナ、セレガル、サマイエルの三人。外交方面については、まだ聞き取りが済んでいない関係者も多いので、エリーナとミオナは直接聞き取り調査を。タイラーには、聞き取った情報を国ごとの地図に落とし込んでもらいます。そしてアレクサには、それぞれの話を元に図解やイラストで資料化してもらいます。視覚的な資料は意外と大事だからね」
皆の視線が真剣なものに変わっていくのを感じながら、最後の役割分担に入った。
「行政関係との調整や、人材発掘については、ハルシュタイン顧問、エリオット、そして私が担います。特に新しい拠点の整備や役所との折衝は重要な要素ですから」
一通りの説明が終わったところで、私は改めて全体を見渡した。
「学園の生徒は、今は時間のある時だけの活動としますが、卒業後は本格的に現地調査や支援活動に関わってもらう予定です。あくまで今は“前段階”。無理なく進めていきましょう」
その言葉に、皆が一様に頷いた。
すると、ハルシュタイン侯爵が立ち上がり、静かな声で締めの言葉を口にした。
「うむ。とりあえず今は動き出すことが肝要だな。その中で方向性が違えば修正していけばよい。後方支援局の仮局舎については、王城内に場所が確保されておる。だが、それが整うまでは――我が屋敷を仮の活動拠点として提供しよう。週に一度、星の日に学生は放課後に集合。騎士団組は任務の都合を調整し、同様に集まるように。各自、今日決まった役割について準備を進め、次回にはどう進めるか案を持ってくるように。それでは、今日は解散だ」
皆が立ち上がり、それぞれの資料を手にして一礼していく。
私は、自然と湧いてきた想いを心の中でそっと結ぶ。
まだ仮の組織。形にもならない計画。それでも、今ここにいる皆の想いは一つだ。
世界のどこかで困っている人のために――誰かが声を上げ、誰かが動けるように。
その未来の一歩を、確かに踏み出した日となった。




