第三十八話 謁見の扉の先で
長期休暇明けの学園は、どこか空気が緩んでいた。皆がまだ心ここにあらずという様子で、授業の合間にも小さなため息や、遠くを見つめるまなざしが散見された。教師もそれを察してか、今日は無理に引き締めようとはせず、ほどよく流す授業が続いた。
そんな中で、第三王女ティアナに「他国の様子はどうだった?」と問われたセレスティアは、やわらかく微笑んで答えた。
「楽しかったですよ。その国の営みを肌で感じて、自国との違いや、取り入れるべき点がたくさん見えました。……外交使節団のおまけ、ではありましたけど。でも、ナイラに誘ってもらえて、本当によかったです。おかげで、進むべき道が見えました」
「進むべき道?」とティアナが首を傾げると、
「うーん、それはまだ内緒です。謁見の後に、陛下に聞いてみてください」と茶目っ気たっぷりに返した。
そして迎えた“星の日”。
謁見の許可は下り、王城への正式な訪問が定まった。ついでに、軍務卿ハルシュタイン閣下への手土産も渡そうと連絡を入れると、「星の日は城にいる」との返事があり、その場でお会いすることになった。
王城に到着し、静謐な廊下を抜けて案内されたのは、国王アルドレアの執務室。
中にはすでに、陛下と軍務卿が揃っていた。
セレスティアが頭を下げようとすると、陛下が静かに手を挙げて制した。
「そのような形式は、今日は要らぬ。――さて、進むべき道とは、何か?」
直球だった。だがその声音には、威圧感はない。ただ、率直に“知りたい”という感情がにじんでいた。
セレスティアは姿勢を正し、真っ直ぐに王の瞳を見据えて、静かに口を開いた。
「はい。今回、他国を巡り、自分の限界と可能性を知る機会を得ました。自分に何ができ、何が足りないか。……そして、未来の自分がどうありたいのか。少しだけ見えた気がしたんです」
「私は、今世では、自分の心が自由であれるように進みたいと願っています。もし、この国の中に縛られる未来しかないとしても、誰かの都合に流されるだけの人生は、もう――嫌です」
言い終えて、ほんの僅かに視線を落とす。その一瞬、彼女の纏う空気が、まるで炎のように燃え立った。
「私は、おそらく……国から外に出せない人です。これまでの旅で、それをはっきりと理解しました。陛下の目がどれほど深く私を見ていたかも――」
「……」
「それでも、私は、ただ“囲われる存在”ではいたくありません。いただいた時間の中で、自分にできることを精一杯果たしたい。そう思いました。今回、陛下のご配慮で優秀な方々を五人も旅に同行させていただき、本当に感謝しております」
そう言って、一礼した。
「ですが、その中で考える時間も多くありました。外交官の方々は、国と国の間の交渉を行いながら、同時に、他国の情勢を“現地で”見聞きして帰ってこられますよね」
「ああ、そうだな」とハルシュタイン侯爵が短く頷く。
セレスティアは続けた。
「ならば、その外交官たちを“国内から”支える部門があってもいいのでは、と。情報の整理、支援物資の準備、あるいは戦地・交渉地での突発的事態への魔法支援……そういったものを、内から支える部署。あれば、もっと多くの命や時間が救えるのではないかと考えたのです」
「それは……軍部や騎士団もそうですね。国境近くへの派遣の際、後方の連携が取れず苦労されたという話も聞きました」
「だからこそ、そうした人たちの“後方支援”に特化した機関を、新設できないかと思いまして。私は、創造魔法を持っています。道具や物資の模倣、簡易構造物の生成、文字による情報の変換など、それなりに応用が利きます。自分の能力がそこで活かせるのではと……」
そして、ふっと微笑んだ。
「もちろん、努力もしない者のために使うつもりはありません。ですが、自ら進んで学び、頑張っている人のためなら、私も支えになりたいなと思いました。――陛下、いかがでしょうか」
その言葉が終わったあと、執務室にしばしの沈黙が降りた。
……とても短い、それでいて深い静寂。
陛下は手元の書類から視線を上げ、セレスティアの瞳をじっと見つめた。視線の奥には、揺れ動く水面のようなものがあった。
「……面白い提案だな。だが、同時に、非常に危うい願いでもある」
「……危うい?」
「自由でありたい、と願う者ほど、国は慎重にその動きを見極める必要がある。――なぜなら、“誰かの意志で動いていない者”ほど、予測がつかぬからだ」
セレスティアは息を呑んだ。
「だが、それは裏を返せば、“自分の足で立っている者”であるとも言える。そして、そういう者は……国の宝になる」
王の視線が、ふっと緩んだ。
「――君の進む道、よく理解した。案を正式に上げるよう、内政局に指示を出そう」
「……!」
「ただし。これは“君の願い”でもあるが、“国の器”を試す試みでもある。君がそれを背負う覚悟があるのならば、私も動こう。……よいな?」
セレスティアは、ゆっくりと頭を下げた。
「はい。覚悟は、あります」
その瞬間、王の顔がふっと綻び、傍らにいたハルシュタイン侯爵もまた、静かに頷いた。
「……それでこそ、お主を旅に出した意味があったというものじゃ」
そう言って手を差し出す彼に、セレスティアはそっと用意していた包みを差し出した。
「約束通り、お土産です。たぶん、お気に召すかと」
「ほう……楽しみにしておこう」
重ねられる視線。
その中に、ただの若き令嬢ではない、“一人の志を持った者”としての誕生が、確かに見て取れた。
――王宮の空が、少しだけ明るくなった気がした。




