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第三十六話 王への報告(侍女役と他視点)

場の空気がようやく落ち着いた頃、陛下が軽く顎をしゃくって新たな報告を促した。その仕草に応えるように、一歩前へと進み出たのは、柔らかな金髪をきちりと結い上げた第二騎士団所属の侍女役の、エリーナであった。


「第二騎士団所属、エリーナが報告申し上げます」


一礼ののち、彼女は真っ直ぐな声で語り始めた。


「船旅初日、セレスティア嬢は船酔いにより一時体調を崩されました。午前中は顔色も優れず、食事もほとんど召し上がらずにおられましたが、夕刻になるころにはすでに回復され、笑顔も戻っておりました。その回復の早さに、私どもも内心驚きを隠せませんでした。光属性の魔法をお持ちですから、それを用いてご自身の体調を整えられたのか、あるいは携帯されていた薬を服用されたのか……詳細は不明ですが、あまりに自然で、まるで何事もなかったかのように振る舞われておりました」


そこまで言うと、彼女は少し口元に笑みを浮かべて続ける。


「サラディアータ国でのご様子は、まるで一介の旅人のように町を歩き、商人たちと会話を交わし、屋台の品物を手に取りながら値段交渉を行っておられました。ですが、私にはそれ以上の意図が感じられました。単にご自身が観察していたというより、ナイラ嬢に『見せて気づかせる』という目的があったように思います」


「率先して動くお姿に、ナイラ嬢を導こうという意志がにじんでおりました。やり取りの仕方、商人との間の距離感、目線の合わせ方までもが、教えを含んだ振る舞いでした」


そして、エリーナは少しだけ視線を伏せ、重々しい調子で次の報告に移った。


「ルクリツ公国におきましては、ナイラ嬢の気持ちの変化にいち早く気づかれたのも、セレスティア嬢でございました。公女とセリーヌ侯爵とのやり取りにより、ナイラ嬢が傷ついたことを察し、すぐに宿へ戻られました」


「体調不良ではないことを見抜かれた上で、私たち侍女に対し『心が安らぐような飲み物や食べ物を用意してほしい』と具体的な内容を丁寧に伝えられました。そのお心遣いはまるで……母親のようでございました。翌朝の再訪に際しても、『ナイラ嬢の様子をよく見ていてほしい』と静かに言い残して出立され、戻られてからも、体調や気分に変化がなかったかを何度も尋ねられました」


「カイナゼル国におきましては、よそ者への視線が厳しい中、強く出るでもなく、媚びるでもなく、まるで柳の枝のようにしなやかに、けれど芯を保ったまま対応されていたのが印象的でございました」


そこまで語るとエリーナは「城下町での具体的なやり取りは、私どもは城内待機を命じられておりましたので……」と少しだけ肩を落とし、代わってエリックが進み出る。


「第一騎士団所属、エリックにございます。エリーナの報告に続けて申し上げます」

「城下へ降りた際、セレスティア嬢は果物を売る老婆のもとに近づき、『カイナゼル語を少し覚えたので使いたい』とおっしゃって、片言の言葉で話しかけられました。通訳役の案内人に対しては“あまり言葉が通じていない様子”を見せ、油断を誘っていたように思われます」


「老婆に果物を一つ所望された際、セレスティア嬢は現地では一週間分の生活費に匹敵する金額をさりげなく差し出されました。『聞き間違いで多く渡してしまった』というような素振りで――故意ではないように見せかけながらも、明らかに意図的な行動でした」


「その後も片言風の会話を続けておられましたが、あれは明らかに理解したうえでの演技であったと私は見ています。晩餐の場でも、王子殿下の早口に『聞き取れないふり』をして話題を逸らされるなど、堂々たる役者ぶりでした。……以上が、城下町および晩餐における様子でございます」


次に名乗りを上げたのは、第二騎士団のレオナだった。落ち着いた声で言葉を紡ぐ。


「第二騎士団所属、レオナにございます。エリーナの報告にほぼ相違はございません。私からは補足を申し上げます」


「セレスティア嬢は、移動の馬車の中では常に窓の外をご覧になっていました。ただ風景を眺めているというより、まるで何かを探すような眼差しで、見えたものから何を得られるかを常に考えておられる様子でした。聞かれる質問も、“見たこと”に対する情報の追加を求めるもので、表面的な疑問ではありませんでした」


「魔法の扱いにも驚かされました。日差しが強い日は、詠唱もなく風を起こされ、馬たちの足取りが重い時には、そっと近づいて様子を窺いながら光魔法を使われていたように見受けられました」


「水源のない場所では、球状の水を魔法で生成し、馬たちに飲ませておられる場面も何度か拝見しました。それは、セレスティア嬢が“お花摘み”に行かれていた時の出来事でしたので、男性陣が知らないのも仕方ないことかと……」


一呼吸置いたレオナが、ふと柔らかい笑みを浮かべて言葉を継ぐ。


「ご自宅に戻られた後は、旅のあいだの凛としたご様子とはまた違い、ご家族に囲まれて、年相応の少女の顔を見せておられました。少し緊張の糸がほどけたように、笑顔が柔らかく――妹として、娘としての素のご表情でした」


「……あとは、余計なお世話かもしれませんが、エリオットがセレスティア嬢に心を寄せられたのは、おそらく初めて出会われたあの瞬間からかと存じます」


この唐突な一言に、場の空気がややざわめいた。思わず顔を上げたエリオットを見て、エリーナも口を開く。


「私、エリーナは……エリオットご自身がその想いに気づかれたのは、サフィール領の港に到着し、別れが迫ったときだったと感じております。任務としては、あの時点で離脱となるはずでしたが、王都までの付き添いを願い出られましたから」


すると、サマイエルが苦笑交じりに呟いた。


「護衛としての距離が近すぎると何度も注意したのですが、『近衛ならこれが普通だ』と言い切られて……気づけば常に拳二つ分ほどの至近距離を保たれていました」

エリックもまた肩をすくめながら続けた。


「出発の時点で、エリオット様の様子がいつもと違うと気づいていたため、私たちは彼の報告はあまりあてにせず、対象の観察に集中しておりました。結果的に、セレスティア嬢の意識がエリオット様に向いていたため、我々の素性が露見せずに済みました。……感謝しております」


一連の報告が終わった瞬間、沈黙が執務室に広がった。居たたまれない空気の中心で、エリオットはひとりうつむいたまま顔を上げられずにいた。

自分は何をしていたのか。護衛という任務を忘れ、彼女の姿ばかりを追い、目の前の感情に翻弄されていた。自覚のなさを指摘され、胸の奥で芽生えた感情を暴かれるような居心地の悪さに、耳の先まで熱くなる。


そんなぬるく、どこか甘酸っぱい空気の中――沈黙を破ったのは、軍務卿ハルシュタイン侯爵だった。

どっかりと椅子に腰を沈めたまま、満足げな笑みを浮かべ、何気なく、とんでもないことを口にする。

「そういえば……エリオットが初めて“人を好きになった”相手であるセレスティア嬢だが、大切な人がわしだと言っていたな。――あの時は『はじめても貰ったしな』と……」

場が凍りついた。

時間が一瞬だけ止まったような空気の中で、誰もが彼の言葉の意味を呑み込もうとした。

……次の瞬間、視線は一斉にエリオットに向けられる。

どこまでも青ざめた彼の横顔を見て、誰かが噴き出しかけた笑いを必死に噛み殺すのが聞こえた。

そう――報告は終わったはずだった。

だが、ここからが本当の“波乱”の始まりであることを、まだ誰も知らなかった。



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