第三十五話 王への報告(エリオット視点ほか)
翌朝、私は一連の旅の任を終えたことを陛下にご報告すべく、謁見の許可を願い出た。すぐに許可が下り、王城の執務室を訪ねると、すでに軍務卿ハルシュタイン侯爵閣下をはじめ、第一・第二騎士団の顔馴染みの面々が並んでいた。すでに、先に帰還していたエリック、サマイエル、レオナ、エリーナらもその場におり、こちらに気づくなり、何やら含み笑いを浮かべながら視線を寄越してきた。
……嫌な予感しかしない。
彼らは旅のあいだ、護衛と補佐を兼ねて随行していた者たちだ。表向きにはナイラ嬢の従者ということになっていたが、実際はセレスティア嬢の身辺を自然に護るために配置されていた。陛下から派遣された騎士などを近くにつければ、彼女が嫌悪感を抱くであろうという懸念から、細心の配慮がなされた形での同行であった。
私は気を引き締めて進み出ると、膝をつき、簡潔に言葉を述べた。
「アルドレア陛下に謹んでご報告申し上げます。セレスティア嬢は予定の旅程を無事に終え、つつがなくご自宅へとお戻りになりました」
それを聞いた陛下は、深いため息をつきながら椅子の背にもたれかかり、軽く口角を上げてこう言った。
「……それだけの報告で済ませるつもりか? お前が見聞きしたものは、それだけではあるまい。たとえば、セレスティア嬢の訪問時の様子や、ルクリツ公国で起こったあの騒ぎ、公女とナイラ嬢の小競り合い。街歩きの際に気づいた点などもあるはずだ。あるいは、だな……セレスティア嬢のどのようなところに心惹かれたかという報告でも構わんぞ?」
「……っ、いえ、その……私はそのような感情を抱いておりません。ただ……」
口からつい滑り出たのは、誤魔化すような苦しい言葉だった。
「ただ……いつも隣にいた彼女の姿がないことに、少し……違和感を感じるだけです」
言ってから、しまったと思った。案の定、先ほどまで黙っていた騎士団の面々が一斉にこちらを見て、顔を綻ばせる。あからさまに笑いを堪える表情に、私は思わず視線を逸らした。
咳ばらいを一つした陛下は、すかさず話を戻す。
「さて、レオナ嬢から先ほど、報告の一部を受け取ったばかりだが、念のため内容の正確性を確認したい。エリオットの前で、もう一度同じ報告をしてもらおう」
それを受けて、第一騎士団のエリックが一歩前に出た。
「第一騎士団所属、エリックにございます。セレスティア嬢はサラディアータ国において、城下町のあちこちを自ら歩かれ、現地の人々と積極的に交流されておりました。とりわけ、商人との値段交渉に臨まれるお姿は、まさに老練な商売人のようでございました」
「話しかける際の言葉の緩急、間の取り方、表情の使い分けなど、いずれも見事でして、会話の中から必要な情報を巧みに引き出される様子に、私はただただ感服いたしました。その内容を簡単に整理し、地図と共にまとめた書類を三部用意しておりましたが、私の分はセレスティア嬢から快く譲っていただいたものでございます」
「地図には街の構造、要所の目印、訪れるべき場所などが簡潔に記載されており、実用性の高いものです。これを読めば、初めての旅人でも迷うことはございますまい。布屋の女主人とナイラ嬢にも一部ずつお渡ししておりました」
続いて、第二騎士団のサマイエルが前に進み、重々しく頭を下げた。
「第二騎士団所属、サマイエルにございます。ルクリツ公国における出来事について、以下ご報告いたします」
「入城してまもなく、公女殿下がセリーヌ侯爵に抱きつくという行動に及び、これがナイラ嬢の不興を買いました。場の空気が乱れかけたその瞬間、セレスティア嬢が機転を利かせ、沈静化を図り、その場を退かせました」
「翌朝、出立の直前になって、ライオネル公が謁見の場で高塔から飛び降り自死を図るという前代未聞の事態が発生いたしましたが、セレスティア嬢が風属性魔法により、即時にその身体を受け止められました」
「詠唱のない即時起動、目にも止まらぬ速さ、対象への繊細な魔力操作、そのいずれもが圧巻で、騎士団の中でもここまでの魔力量と制御技術を兼ね備えた者は極めて稀です」
「その後、セレスティア嬢はライオネル公に対して厳しい言葉を投げかけられました。その様子は、むしろ部下の甘えを断罪する上司のようであり、情に流されることなく、彼が“悲劇の貴公子”を演じて自己陶酔している姿勢を鋭く見抜いておられました。『その自惚れた自尊心こそが愚かである』と――まさに核心を突いた言葉でした」
「その後、彼が“謝罪を述べたい”と我らが旅の馬車を引き止め、晩餐会への招待を申し出ましたが――」
「セレスティア嬢はそれを冷ややかに、しかし一切の余地なく、きっぱりと拒絶なさったのです。“あなたの謝罪のために時間を割く余裕は、あいにく、こちらにはございません”と」
報告を終えたサマイエルは、一礼して静かに列に戻る。室内には一瞬、静寂が訪れた。
陛下は顎に手を当て、ふむ……と低く唸り、椅子の肘掛けを軽く叩いた。
「相変わらず……恐ろしく肝の据わった娘だな。だが、だからこそ――面白い」
その言葉の真意を問う間もなく、陛下は視線を向けた先にいたレオナとエリーナに声をかける。
「さて、今度は侍女として同行していた者たちの視点からも聞こうか。実際に傍に仕えた者でなければ気づけぬこともあるだろう」
報告はまだ続く。私自身、内心のざわつきを抱えながら、次なる言葉に耳を澄ませた――。
(※つづく)




