第三十三話 残りの休暇
三日間に及んだ船旅が終わり、ようやく見慣れた港に辿り着いた。潮風と共に懐かしい香りが鼻をかすめた瞬間、私はようやく現実に戻ったような気がした。「残りの休暇、目一杯楽しむわよ!」と、隣にいたナイラに笑いかけ、元気よくタラップを降りた。
岸には思った以上の人数が待っていて、家族の姿を見つけた時には少しだけ胸が熱くなった。ちょっと気恥ずかしかったけれど、私はきちんと背筋を伸ばして、「ただいま戻りました」と声に出した。
その途端、母と姉が駆け寄ってきて私をぎゅっと抱きしめてくれた。父は目を赤くしながら無言で立ち尽くし、兄はというと、こちらを見ようともせず遠くの空に視線を向けていた。……照れ屋なところは相変わらずね、と心の中で微笑みながら、ぽつんと立っていたナイラに目を向けた。
「ナイラ、こちらが私の家族よ」そう紹介すると、ナイラは少し緊張した面持ちで一礼した。けれど、そのぎこちなさもまた可愛らしく、すぐに打ち解けるだろうと確信していた。
その時ふと、あの人の存在を思い出した。振り返ると、エリオット=デスペンダーが父と兄と何やら話し込んでいた。きっと報告か何かだろう。挨拶くらいはしておこうと近づき、「エリオット=デスペンダー様、旅の間のお目付け役ありがとうございました。王都までの帰路、お気をつけてお帰り下さいませ」と丁寧に頭を下げた。
ところが、彼は一言。「帰らんぞ」と。……え?
「まだセレスティア嬢が王都に着くまでが任務だ」と言われ、思わず苦笑してしまった。「旅の間、一言も話されなかったから、てっきり私のことが嫌いなのかと思ってました」と軽口を叩くと、「邪魔はしたくなかっただけだ」と返された。
「まぁ……丁寧なご配慮、ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですよ。家族もいますし」
それに対して、彼はさらっと、「陛下から目を離すなと命じられている」と。
――ああ、もう。ここまで来たら諦めるしかないわね。
「では、もうしばらくお付き合いくださいませ」と告げると、彼は「承知した」とだけ言い、やはり例の距離感で並んで歩いてきた。……近い。
そんな様子を見ていた姉が、「ねえ、護衛ってこんなに近かったかしら?」と小声で尋ね、ナイラまでもが「やっぱり近いですよね?最近妙に近い気がしてたんですけど……」と首を傾げる。
うん、やっぱり近いわよね。自覚はしてたけれど、慣れたふりしてただけで。
「もう、エリオット様のことはいいから!さっさと屋敷に向かいましょ。お土産もたくさんあるのよ」と話を切り上げ、ナイラと手を繋いで馬車へと乗り込んだ。
が、馬車の中でも、やはり彼は私の隣。定位置、なのかしら。
屋敷に到着すると、ようやく肩の力が抜けた。やっぱり、我が家は落ち着く。
ナイラやエリオット、護衛や侍女たちをそれぞれの部屋に案内し、私は自室に戻って久しぶりの羽を伸ばした。ベッドに身を沈めた瞬間、全身から緊張が抜けていくのを感じる。……旅の終わりって、こんなにも安堵に満ちていたっけ。
翌日からはナイラと領地を巡った。海辺を散歩したり、隠れた名所に連れて行ったりと、短いながらも楽しい時間が続いた。その間ずっと、エリオットも一緒だったけれど……護衛と考えれば納得だし、うん、気にしない気にしない。近いけど。
そして、とうとう王都へ戻る日がやってきた。ナイラを王都の屋敷に送り届け、私も自宅に戻ると、今度こそ――とばかりに再び頭を下げた。
「エリオット=デスペンダー様、道中のお目付け役、誠にありがとうございました。どうか、お気をつけてお帰り下さいませ」
そう言って、御者に「騎士団までお送りして差し上げて」と告げた。彼は何か言いたげだったが、私は聞かないふりをして屋敷の中へ入った。
だって、もし変なことを言われたら、また心がざわついてしまう気がしたから。
――こうして、長くて賑やかだった休暇は幕を下ろした。
明日からはまた、日常が戻ってくる。学園での生活が、再び始まるのだ。




