第三十一話 何を思うか
カイゼナルという国を訪れてまず驚かされたのは、彼の国の王族が他国の言語を一切習得していないという風習だった。公用語が通じるため、訪問する各国の使節は誰もが当然のように公用語でやりとりをしていたが、逆に言えば、公用語を理解できなければ会話さえ成立しないという、極めて閉ざされた空気があった。
この国の王には四人の子がいた。長男のチャクライ殿下は十七、次男サジルダ殿下が十六、三男マルセル殿下が十五、そして唯一の姫君であるコマチネ王女は十歳。生母の家格によって、その立場にも微妙な差があった。三男マルセルは王妃の子であり、第一王位継承権を持つ立場。対して、長男チャクライは伯爵家出身の第二側室の子、次男サジルダと王女コマチネは男爵家の出である第一側室の子である。そのため、城内での政治的力関係は、自然と三男派が優勢となっていた。
だがその王族たちは皆、先に述べた通り、公用語を一切学んでいなかった。理由は単純で、「王族たる者が他国の言葉を覚える必要などない」という古いしきたりが残っていたからだ。
そんな中、私とナイラが、拙いながらもカイゼナルの言葉を多少使えることを耳にしたマルセル王子は、興味を抱いたのか、城の側近セダンを通して我々に会いたいと申し入れてきた。正直言って、気が進む話ではなかった。セダンに呼ばれた際、私が渋い顔を見せる暇もなく、彼は一方的に「今夜の青の間の晩餐に必ず出席するように」とだけ言い残して退室していった。ナイラも同じくして呼び出されたらしい。
王城では、外交使節団の面々が黄金の間で晩餐をとることになっていたため、私たちの招かれた場はあくまで「別の目的」で設けられたものであると察した。
青の間に赴くと、思いのほか、王子たちは和やかに談笑していた。母の違いによる継承順位の差や派閥の対立があると聞いていたため、険悪な雰囲気を想像していた私は意外に思った。
「初めまして。サダール王国サフィール伯爵家の次女、セレスティアと申します。このたびはお招きいただき、誠に光栄に存じます」
「同じく、セリーヌ侯爵の娘、ナイラでございます。お目にかかれて嬉しく思います」
二人並んで丁寧にお辞儀し、公用語で挨拶を述べた。
すると、長男チャクライ殿下が少し表情を崩し、砕けた調子で言った。「どうぞ気楽にしてくれ。今日は君たちからいろいろと話を聞いてみたくてね。外から来た者の目に、この国はどう映る?」
私は少し間を置いて、「元気……お花畑……です」とだけ答えた。
殿下は怪訝そうな顔をした。「昼間はもう少し話せていたのでは?意味がわからないのか?」
「楽しく……過ごせてます。……ごはん、美味しいです」
頓珍漢な返答をしておいた。何を聞かれたのか理解はしていたが、こちらが話す義理はない。知りたいのなら自分で探れば良い――内心、そう思っていた。
次男サジルダが気を利かせたように言った。「兄上、彼女たちはまだ単語しか覚えていないんじゃ……」
「無理に呼ぶからだよ。外の国と比べてどう思われているか、聞けると思ったのに」と三男マルセルもやや落胆気味に呟いた。
私はナイラに公用語でそっと耳打ちした。「ねえ、ナイラ。王子たち、話すのが早すぎて……全然聞き取れないわ」
「私も、さっぱり……」とナイラも同じように困った顔をした。
セダンが傍にいたので、私はやや演技がかった困惑顔で言った。「昼間、少し話せたように思ったのは……気のせいでしたのね」
ぎこちない空気の中、晩餐は粛々と進み、やがて終わりを告げた。
その夜、ナイラに自室へと呼ばれた。私はエリオットに廊下で待機してもらい、部屋に入ると、ナイラがぽつりと呟いた。
「ねえ……このまま知らないふりをしていていいのかな?」
その言葉に、私は少し目を伏せ、静かに答えた。
「私たちはまだ、何の力も持たない十三歳の少女。ただの客人にすぎないのよ。たとえ今、手を差し伸べられても……助けられるのは、あのおばあさま一人の生活くらい。たった一週間だけしか変えられない」
「この国では、長い年月をかけて臣下たちが権力を握り続けてきた。けれど、王族はそのことに気づいていない。それが当たり前で、日常で、ずっと続いてきたから。そういう人たちに、どんな言葉を並べても届かない気がしたの」
「それに……こちらの正義を、あちらに押しつけることも、私は違うと思ったの。それぞれの国に、それぞれの営みと価値観がある。私たちの常識が、必ずしも正しいとは限らない。だから今は、ただ見て、感じて、記憶しておくしかない。いつか、私が自分の意志で動ける力を得たそのとき――この手で、この想いを、言葉でなく行動で証明できるようにしたい」
そう言って、私は小さく微笑んだ。ほんの少しの哀しみと、決意をにじませて――。




