第三十話 国の現状
カイゼナル国の城下町に足を踏み入れるにあたり、周囲からは反対の声も少なくなかった。それでもナイラだけは、私の意図を正確に汲み取ってくれた。私がこの国の何を見ようとしているのか、何を確かめようとしているのか――それを、言葉にせずとも理解してくれる。やはり彼女は、私の良き友だ。
今回は前回のこともあり、護衛の人数は通常より多めに手配されていた。加えて、カイゼナル側からも案内役がひとりついた。要するに、「好き勝手な行動は控えてくれ」という牽制なのだろう。まあ、当然と言えば当然か。いつものように、エリオットもついて来ると申し出たが、それも今更驚かない。
ナイラには本当は宿で休んでいてほしかった。けれど、彼女は毅然とした面持ちで、「将来、外交官として世界に出るのであれば、今ここで目を逸らすわけにはいかない」と言った。その言葉に、私は何も返せなかった。ただ、彼女の決意を信じることにした。
未来というのは、常に不確かなものだ。だが、それを良き方向へ変えていく可能性は、今この瞬間の選択にこそある。だから私たちは進む。私たちの足で、目で、心で――。
とはいえ、安全面は万全を期した。出発前に、ナイラにはいくつかの護身具を渡してある。攻撃性のある毒物を無効化するブレスレット。精神支配を跳ね除ける指輪。殺気や敵意を感知した瞬間、自動的に転移魔法を発動する右耳のピアス。そして、魔法そのものを封じる効果を遮断する左耳のピアス。それぞれ、以前私が使用したものと同等の性能を持たせたオーダーメイドだ。
その準備を整える中で、ナイラには前世の記憶のことや、私が持つ創造魔法の話もすべて打ち明けてある。それでも彼女は変わらなかった。ただ静かに、「知っていた」とでも言うように頷いただけだった。本当に、頼れる友だと思う。――他の人がどう思おうと、それはどうでもいい。
さて、城下町に降り立った私たちは、早速視線を集めることになった。どうやら、異国からの来訪者などめったにないらしい。案内役のセダン様が、貼りつけたような笑顔で「他国からのお客様は、通常城下に降りられることはありません。ですから、珍しいのでしょう」と説明してくれた。けれど、その言葉の裏には、「こんな無茶をするのは、あなたたちだけですよ」という棘も透けて見える。
「そうですか」と軽く受け流した私は、わざとらしく笑って返した。「せっかく珍しい人扱いを受けるのなら、ついでに城下の皆様ともお話ししてみようと思いまして」
そう言いながら、私は露店で野菜や果物を並べていたおばあさんの元へ向かった。品物はどれも少ししおれていて、疲れたような印象を受けたが、果物だけはかろうじてまだ新鮮さを保っていた。
私は、公用語ではなく、カイゼナル語をたどたどしく使って声をかけた。――と、言いたいところだが、実際には秘密兵器がある。某ネズミ型ロボットの「翻訳○○」を飴玉風にアレンジして使ったのだ。さすがに「こんにゃく」そのままでは不審すぎる。
ナイラには隠さず事情を話した。外交官を目指す以上、ずるは禁物だと分かっていながらも、今回は特例ということで納得してもらった。彼女はこの国の言語をまだ習得していないが、せっかくなので同じ翻訳飴玉を渡しておいた。エリオットにはナイショだ。彼にまで話せば「なぜそんな言葉を学んだのか?」と余計な疑問を持たれかねない。だからこそ、あえて“習いたての初心者風”にたどたどしく話すのがポイントなのだ。
「これ、なに? たべるもの?」
そう尋ねると、おばあさんは警戒した面持ちで答えた。「貴族様のお口には合わんよ。こんな下々のもんは。見世物じゃないんだ、帰っておくれ!」
その声音に、貴族という存在への強い反感が滲んでいた。私は、言葉をあえて誤解したふりでにっこりと笑い、「これ、いただく、はい、これ、お金、ありがとう」と、果物ひとつと引き換えに、この国で一週間は暮らせるだけの額をそっと手渡した。
おばあさんは一瞬戸惑ったようだったが、私の目を見て、微かに頷いた。すべてを理解してくれたように、何も言わずにそれを受け取ってくれた。
私は、果物をそっと抱えたまま案内役のセダン様のもとへ戻り、「習いたてですが、こちらの言葉が通じてよかったですわ。果物まで買えましたの」と、世間知らずの令嬢を演じてにっこり笑った。
セダン様は、やや驚いたように眉を上げたあと、安心したように笑った。どうやら“ポンコツっぽい令嬢”という印象が功を奏したらしい。
これで、少しは警戒も緩むだろう。さて――この町で、何が見えるのか。私は、ゆっくりと視線を巡らせた。




