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第二十七話(エリオット視点)


サラディアータ王国の王城に到着したのは、陽が高く昇った頃だった。道中、二人の令嬢はぐっすりと眠っていたが、目的地が近づくにつれて私が声をかけ、ようやくゆっくりと目を覚まし、それぞれ身支度を整えた。


馬車を降りて門をくぐると、迎えの兵と侍従たちが整列しており、格式ある歓迎の儀が城の前庭で執り行われた。国王陛下は多忙のため不在だったが、その代わりに王弟殿下と外務評議員らが対応にあたっていた。


式典の後、それぞれの客室に案内されたのだが、セレスティア嬢はナイラ嬢の部屋が隣だと知ったとたん、少し緊張気味だった顔をふわりと緩めた。そして、私の部屋がさらにその隣だと分かった瞬間には、露骨なため息を吐いたのが忘れられない。いや、そうは言っても、私は王命を受けた護衛兼お目付け役なのだ。ため息をつかれても困る。


翌朝、さっそくセレスティア嬢は「外に出てみたい」と言い出した。目的は城下町の視察らしい。使節団長であるセリーヌ侯爵から外出許可を得て、ナイラ嬢の護衛と共に私も随行した。


サラディアータ王国の町並みは、我が国とは明らかに空気が違った。建築様式も通りの構造も、色使いも、なにもかもが異国の風情に満ちていた。そんな中、セレスティア嬢は唐突に足を止めると、鼻息を荒くして一軒の布店へ突進する勢いで歩き出した。


何事かと様子を窺っていると、「この布、買いたいんだけど、おいくらかしら?」と、実に流暢な現地語で交渉を始めた。さすが、特別科に飛び級で入学した才媛だけはある。やり取りを黙って見守っていたが、次の瞬間、驚くべき言葉が飛び出した。


「500ジゼでお願いできないかしら?」


……値切り交渉、である。令嬢が。


目を疑いながらも、そのまま会話を聞いていると、ついには「持ち合わせが少なくて……お願い、この金額で買わせて」とまで言い出す始末。


店主は最初戸惑っていたものの、しばらくして苦笑しながら「まるで商人みたいだねぇ。仕方ない、550ジゼでいいよ」と折れた。


その瞬間、彼女は手にした色とりどりの生地を大事そうに抱え、顔をほころばせながら振り返った。が、すぐに私たちが見ていることに気づいたらしく、バツの悪そうに目を泳がせた。


ナイラ嬢はと言えば、もう限界といわんばかりに肩を震わせて笑いを堪えていた。私も唖然としていた。まさか、こんな豪胆な値切りをかますとは――貴族の令嬢とは一体。


その後も、彼女は自信をつけたのか、通りすがりの人々に声をかけてはおすすめの店や場所を尋ねていた。どこへ行っても好奇心の塊のように目を輝かせ、実によく動き、よく喋った。


その小柄な体であちらこちらへ歩き回る姿は、見ていて飽きないどころか、こちらが油断するとすぐに見失いそうになる。護衛としては神経を張りつめるしかなく、正直、骨が折れる。


夕刻、ようやく部屋に戻って夕食を取っていたところ、「城の屋上から見える夜景が綺麗だって、給仕の方が言ってたの」と、セレスティア嬢が言い出し、ナイラ嬢を誘って連れ立って行くというので、私も黙って後ろから同行した。


屋上に出てみると、確かに、夜の闇の中に瞬く街の灯りは幻想的で、思わず息を呑んだ。てっきり二人は「綺麗!」とはしゃぎ回るかと思っていたのだが、意外にも静かだった。


「この明かりの下に、人々の暮らしがあるんだね……」


「どんな国でも、日々の営みは、きっと変わらないんだね」


そんなことを呟いた彼女たちは、そっと目元を拭っていた。


あの年齢で、異国の景色にここまで心を動かされるとは。彼女たちが見ているものが、ただの景色ではなく、そこに生きる人々の息づかいであることを、彼女たちは分かっているのだろう。


その夜、セレスティア嬢の横顔を見て、私はふと、陛下が仰っていた“懸念”という言葉の意味を少しだけ理解できた気がした。


彼女は、時折、すべてを振り切ってどこかへ行ってしまいそうな、そんな危うさをまとっている。


滞在中、彼女は街を歩き、人々と言葉を交わし、よく笑い、よく記録を取っていた。何をしているのかと聞けば、「忘れないように」だという。


滞在最終日。再び城下町を訪れた彼女は、初日に値切った布店の店主に、小さな地図を手渡していた。


「この街の素敵なところ、地元の人が教えてくれた場所を、書き込んでみたの。よかったら、お店の人たちにも配ってもらえたら嬉しいな」


その地図は、彼女なりの礼であり、旅の証でもあったのだろう。


ちらりと覗いたその地図は、手書きながらも非常に精緻で、街の温もりがそのまま紙面に宿っているようだった。


ナイラ嬢の分、自分の分も作っていたらしい。


……私の分は、ないらしい。


まぁ、それも、セレスティア嬢らしいといえばらしい。


私は地図のことは口に出さず、ただ静かにその背中を見つめていた。


この旅は、まだ続く。そして彼女の物語もまた、まだ始まったばかりなのだ。

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