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第二十六話(エリオット視点)

その日、騎士団の訓練は剣の鍛錬中心だった。汗が額から滴り落ちるのを拭いながら、次の動きに集中しようとしたその矢先、伝令が一人、私の名を呼んでやって来た。


「陛下がお呼びです。至急、執務室へ」


訓練途中の呼び出しなど滅多にあることではない。何事かと急いで正装に整え、執務室へ向かうと、そこには国王陛下と並んで、静養中の軍務卿ハルシュタイン侯爵閣下、そして外交官長官を兼ねるセリーヌ侯爵が姿を揃えていた。


「エリオット=デスペンダー」と陛下が名を呼び、私は膝をついた。


「このたび、セリーヌ侯爵が率いる外交使節団がサラディアータ―王国へ赴くことになった。娘のナイラ嬢も同行するそうだ。ついては、特別な才を持つ少女、セレスティア=サフィール嬢も同じ船に乗ることとなり――おまえには、その彼女の“お目付け役”を任せたい」


……思わず顔を上げそうになった。お目付け役、とは。


だが、それが王命である以上、異を唱える余地はない。


「謹んでお引き受けいたします」


そう申し上げると、陛下はふっと苦笑を浮かべ、


「なに、お目付け役といっても、他国では創造魔法の使用を禁止しているからな。彼女がうっかり異国で才能を暴発させでもしたら、大問題だ。加えて……万が一、他国の若者に惚れて出奔などされた日には、王都で頭を抱えることになる。そうならぬよう、動向を見張っていてくれ」


と、冗談めかしておっしゃった。だがその冗談の裏には、明確な懸念が滲んでいた。


創造魔法。その力を持つ少女の存在は、以前から聞き及んではいた。だが、陛下がそのように苦笑いを浮かべるほどの人物とは、どれほどの……。


疑問を抱く間もなく、ハルシュタイン侯爵がふいに口を開いた。


「要するに、じゃじゃ馬だよ。見た目は小柄で愛らしいが、賢くて口も達者。こちらが何か言えば、すぐに言い返してくる。まったく、手強い」


侯爵閣下が孫の話でもしているような柔らかい口調でそんなことを言い出したものだから、私はますます混乱した。


続いて、セリーヌ侯爵までもが、すまなそうに頭を下げながら、


「なるべくセレスティア嬢の近くに配置できるよう段取りは整えてあります。迷惑をかけるかもしれませんが……これは娘のたっての願いでもありまして。どうか、よろしく頼みます」


と丁寧に告げてきた。


それほどまでに、彼女の存在は彼らにとって特別なのか。少なからずの疑問を抱きながらも、数日後には外交使節団の出発セレモニーが執り行われ、私はそこでようやく、その“じゃじゃ馬”と名高い少女に初めて相対した。


挨拶を述べると、彼女は露骨に「うわぁ」という顔をした。なかなか素直なお嬢さんらしい。何かを諦めたようなため息とともに、目をそらされてしまったのは……まぁ、仕方あるまい。


セリーヌ侯爵の令嬢――ナイラ嬢――には、くれぐれも“邪魔をしないように”と釘を刺された。さすがは親友というべきか、何かを察知しているような鋭い視線を向けられたが……深く詮索するのはやめておいた。


船が港を離れたあとは、思いのほか彼女たち――セレスティア嬢とナイラ嬢――は自由にはしゃぎ、甲板を走り回ったり、風に髪をなびかせたりと、楽しげだった。まだ十三歳、子どもらしさが抜け切らないのは当然か。


だが、やはり初めての船旅は応えたらしく、夕方には案の定ぐったりとして、部屋の中で丸まっていた。


「……ゲロなんて、吐くとこ見られるわけがないでしょ……!?」


そんな捨て台詞と共に部屋から追い出され、私は仕方なく扉の前で静かに見張りに徹した。


ほどなくして、少しだけ回復したらしく、夕暮れ時には甲板へと戻り、海を見つめていた。何か考え事をしているのか、ただ静かに風を受けているその姿には、年齢以上の落ち着きがあった。


そして、道中――陸路に移ってからも、目に入るものすべてが新鮮らしく、瞳を輝かせてあれこれと声をあげていた。興味と好奇心に満ちたその姿に、ふと、こちらまで心が和らぐのを感じる。


旅の途中、一泊した宿の夜には、隣の部屋から彼女たちの話し声が遅くまで聞こえていた。あれだけ元気に喋って、果たして朝起きられるのかと不安になったが、案の定、馬車の中では二人とも深い眠りに落ちていた。


――一応、令嬢ではなかったか?


そう思いながら見ていたら、セレスティア嬢の身体がぐらりと傾き、私の肩にその頭を預けるようにして眠り込んでしまった。そしてそのまま、するりと滑るように膝の上へと……。


この状況は、さすがに困る。


だが、爆睡している姿があまりに無防備で、髪が頬にかかっているのが気になり、つい手を伸ばして耳にかけてしまった。ふと、くすぐったそうに「ふふっ」と微笑んだ彼女の寝顔が、妙に無邪気で。


……気づけば、撫でてしまっていた。


我に返って前方を向いた瞬間、視線が合ってしまった。


――セリーヌ侯爵。ニヤニヤ笑いながら、こっちを見ていた。


しかも自分の娘を、平然と膝に乗せたまま。


……ああ、もう、何も言わないでください。せめて、今は。


私はただ、何事もなかった顔で、前を向き直した。


旅はまだ、始まったばかりなのだ。

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