表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/101

第二十五話 茶番劇の後始末

さっさと宿を出る準備をして、私たちは宿を早めに出発した。荷の積み込みも済ませ、あとはナイラの体調を確認するだけだった。昨夜はかなり落ち込んでいたけれど、今朝には顔色も少し戻っていたので、無理をさせないようにとだけ念を押して、馬車に乗り込む。


……とにかく、さっさと公国を離れてしまいたかった。


けれど、現実はそんなに甘くない。


馬車が動き出して間もなく、「お待ち下さい!」という声が、乾いた空に響いた。


……嫌な予感しか、しない。


思わず目を閉じたくなる気持ちを抑えつつ、窓越しに外を覗くと、そこには先程、塔から飛び降りて風魔法で救出した、仮面の公主ライオネルと、その義弟であるサマイエル伯爵が騎馬で並んでいた。


「……何かあったのだろうか?」


戸惑いながらセリーヌ侯爵が私を振り返ったので、私は大きくため息をついて答えた。


「わたくしが対応いたします。ナイラ様とセリーヌ侯爵様は馬車の中でお待ちください。話が終わり次第、すぐに出発します。エリオットは――」


言いかけたところで、エリオットが無言で手を差し出してくれたが、私は首を横に振って、その手を取らず、一人で馬車を降りた。


……まぁ、案の定、彼は後ろから黙ってついてきたけれど。


石畳の上に立つ彼らに向かって、私はなるべく淡々とした声で話しかけた。


「どうなさいましたか? 忘れ物など、なかったはずですが?」


すると、ライオネルは一度だけ息を吸って、伏し目がちに言った。


「……すまなかった。愚かだった。君の言葉で、自分がどれだけ甘えた世界に浸っていたか思い知った。本当に……ありがとう。目を覚まさせてくれて」


「……謝罪は確かに受け取りました。では、これで失礼いたします」


そう言って、踵を返し、馬車に戻ろうとしたそのとき。


「――待ってくれ!」


背後から呼び止める声が飛んだ。


「謝罪の意も込めて、ささやかな晩餐会を開きたい。ぜひ来て欲しいんだ。……リーリアも、侯爵と話がしたいと言っていた」


その言葉を聞いた瞬間、私は立ち止まり、振り返りもせずにふぅっと大きくため息を吐いた。


「……はあ。何をおっしゃっているんです?」


振り返った私の顔に、もはや笑顔はなかった。


「こっちはね、これからの予定がぎっしり詰まってるの。あなたたち兄妹の“悲劇のごっこ遊び”に付き合ってる暇なんてないのよ。今朝のあれは何? 茶番にもほどがあるでしょ。しかも、それに巻き込まれたのはこっち。親友のナイラは、あなたたちの“気まぐれ”のせいで深く傷ついたの。……それでも、まだ“晩餐会”とか言える神経、どこから湧いてくるのかしら?」


ライオネルが何か言いかけたが、その前に続けた。


「それにね、リーリア公女様が“話がしたい”って? それ、また父親を奪おうとするための方便じゃないんですか? いい加減にして。ナイラをこれ以上巻き込み、傷を抉るのはやめていただける?」


彼らの口が閉じていくのを確認して、私は最後に静かに言った。


「……どうぞ、お二人兄妹で“悲劇の主人公”ごっこ、続けてくださいな。お似合いですわ」


そう告げて、私は踵を返し、二人を残して馬車へと戻った。


セリーヌ侯爵は私の顔を見て、なんとも言えない苦笑を浮かべていたが、何も言わなかった。


ナイラは、目に涙をためたまま、何も言わず私の胸に飛び込んできた。


「……よしよし。もう大丈夫よ」


私は静かに背中を撫で、彼女が落ち着くまでそのまま抱きしめ続けた。


外では、ライオネルがどんな顔をしていたのかは見えなかった。でも、窓越しに見えたその姿は、ただ黙って立っているようにしか見えなかった。


その隣でセリーヌ侯爵は、深く沈んだような表情をしていた。娘の心に、自分が気づけなかった傷があったこと。その重さを、ようやく理解したのだろう。


その顔を見て、私は無言で彼をじっと睨んだ。


……しっかり反省しなさいよ、おじ様。


少しばかりきつい視線を送りながら、私はナイラの頭を優しく撫でて、馬車の揺れに身を預けた。


出発の号令がかかり、馬車は再び走り出した。


過ぎ去っていくルクリツの町並みに、私はもう未練も振り返る気もなかった。


――もう、終わったのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ