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第二十二話 嫌な予感程当たる

サラディアータ王国での日々が落ち着き、次なる目的地への出発を目前に控えたある日、ナイラの父――外交使節団の長官であるセリーヌ侯爵から、旅路に一つ寄り道を加えることが告げられた。

向かうのは、サラディアータの王城から西へと馬車で二日ほど行った先にある、ルクリツ公国。そこは国内でも有数の魔石の産出地として知られており、貴重な資源が多く採れる土地でもある。けれど今回の立ち寄りは、商談でも条約交渉でもなかった。

「ちょっと、様子を見ておきたくてな」と侯爵は控えめにそう言った。

ルクリツ公国を統べるのは、まだ若い公主――ライオネル公。齢わずか二十五。けれどその若さに反して、彼の背負ってきたものは想像を絶するものだった。

五年前、魔石の採掘現場を父王と共に視察中、突然の地盤崩落に見舞われた。瓦礫と石の雨の中で、多くの職人たちが命を落とし、父王もまたその場で帰らぬ人となった。ライオネル公はかろうじて命を取り留めたものの、片腕は岩に挟まれ、救出には切断が避けられなかったという。さらに、顔の片側は崩れた岩の直撃を受け、救助されたときには原形をとどめぬほど損傷していた。

助け出した救助隊は「奇跡だ」と口を揃えた。けれど、本人にとってはそれは祝福ではなかった。

「なぜ、殺してくれなかったのか」

そうつぶやいたとされるライオネル公の言葉が、現地では今も語り継がれているという。

――その時、彼の手を握って泣きながら懇願したのは、年の離れた妹・リーリア公女だった。

「お兄ちゃんがいなくなったら、私はもう一人ぼっちになっちゃう……お願い、生きてよ。お願いだから、生きてて……」

その涙に、ライオネルは答えたのだという。どんなに傷つこうとも、どれだけ自分を憎んでも、彼女のために生きようと。

それ以来、兄妹二人三脚で公国の再建と民の安寧のため、力を尽くしてきた。外交的には特に表立った動きはないものの、サダール王国とは、亡き前公主の代から親しい関係にあり、過去には互いに支援し合う盟約を結んでいた。

あの崩落事故の際、サダール王国からはすぐに外交使節団の一部と共に、医療班、さらには陸軍の一部までが派遣された。物資支援だけでなく、心の支えになればと、国を挙げての対応だったと聞く。

当時、ナイラはまだ学園にも通っておらず、幼い身ひとつで父の帰りを待つ日々を送っていた。母は早くに他界しており、兄妹もいない彼女にとって、その一年の空白は、人生で最も長い時間だったかもしれない。

そんな思い出のある公国に、今回は「様子を見に行く」という名目で立ち寄ることとなったのには、理由があるらしい。

「……リーリア公女が、二年ほど前に結婚したそうでな。最近、第一子が生まれたんだが、それ以降、ライオネルの様子がどこか変らしい。リーリアから手紙で、心配な気配があると連絡が来てな」

侯爵はそう話した。公務の間、普段なら滅多に感情を表に出さない人なのに、その時ばかりは少し眉を曇らせていた。

幸い、次に向かう予定の国はルクリツ公国の隣国であり、通り道にもなる。だからせめて顔を見せて、何かできることがあればと思っての立ち寄りだという。

馬車はサラディアータを発ち、山の麓に広がる草原を越えて、やがてその姿を現した――ルクリツ公国の居城は、かつて夢の中で見たような、童話の世界にあるような、壮麗な城だった。高くそびえる塔、銀の装飾が施された尖塔、そして青みがかった屋根。どこか幻想的な気配を纏いながら、確かにそこに在った。

ただ、その美しさの裏に隠された痛みと喪失を、私はまだ知らなかった。


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