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第二十一話 感動を胸に 想いを紙に

サラディアータ国に来て次の日。公用語でも会話は十分通じるけれど、せっかく学園で選択授業まで取って覚えた言語なのだから、一度は実践で使ってみたかった。そんな気持ちがふつふつと湧き上がり、私は城下町の市場で、鼻息荒く布屋に向かった。地元の空気に馴染んだ、色鮮やかな布が風にたなびいていて、それだけで異国に来た実感が湧いてくる。


店先で目についたのは、柔らかな手触りと独特の文様が目を引く布。ちょっとしたカーテンにしても良さそうだし、ポーチにしてもきっと映える。意を決して、その店の奥にいたふくよかで朗らかそうな女性に、思い切って声をかけた。


「すみません。この布、買いたいんだけど、おいくらかしら?」


すると、おばさまはにっこり笑って答えてくれた。


「あら、異国の方ね。この布は150ジゼよ」


ふむふむ。1ルポ=2ジゼだから……75ルポ。パンが1つ5ルポだったから、パン15個分か。お財布と相談しながら、私はそっと他の布にも手を伸ばし、思いきって5種類を選び取った。そして、勝負を挑むように告げた。


「500ジゼでお願いできないかしら?」


おばさまは眉をひとつ上げて、あきれたように言った。


「500ジゼ?無理無理。他を当たりな」


それでも私は食い下がった。


「じゃあ、550ジゼでどうかな? 持ち合わせが少なくて……お願い、この金額で買わせて」


じっと私を見つめていたおばさまは、しばらく考えて、やがてため息混じりに言った。


「まったく、貴族のお嬢さんかと思ったら、まるで商人みたいだねぇ。仕方ない、550ジゼでいいよ」


やった! 思わずガッツポーズをしかけたが、ぐっとこらえた。できるだけ、優雅に微笑んだつもりだった。


けれど、後ろを振り返った瞬間――私の背後には、肩を震わせてお腹を抱えるナイラと、口を開けて絶句したエリオットが立っていた。護衛たちも、まるで時間が止まったかのように、石のように固まっていた。


……あ。やっちゃったかもしれない。

まぁ、いい。旅先だもの。貴族らしさを脱ぎ捨てる日があってもいいじゃない。開き直って、私はそのまま市場を巡った。言葉が通じると分かってからは、地元の人たちにも積極的に話しかけて、おすすめの商品や食事処、カフェなどをどんどん聞き出した。ナイラと二人、あっちへ行ったり、こっちへ寄ったり、気になるものがあると立ち止まり、時には軽く迷子になりかけながらも、楽しさで胸がいっぱいだった。



そして夜。使節団の晩餐会が王城で開かれたが、私たちは公式な参加者ではなかったため、部屋に食事が運ばれてきた。食後、給仕係がぽつりとこぼした「この城の屋上から見る夜景は格別ですよ」という一言が心に残り、すぐにナイラを誘った。せっかくなのでエリオットにも声をかけ、三人で城の回廊を静かに登っていった。


屋上に出た瞬間、視界に広がった光景は、言葉を飲むほどの美しさだった。無数の灯りが、街を星のように照らしている。遠くに揺れる灯火、細い通りを照らす橙色の明かり、行き交う人の影。その一つ一つに、確かに人の暮らしが息づいていた。


「この明かりの元に、人々は暮らしているんだね……」


私がぽつりとつぶやくと、ナイラも小さく頷きながら言った。


「どんな国でも、きっと変わらない日々の営みがあるんだね」


私たちはしばしの間、感動の涙を堪えきれずに、そっと目元を拭った。異国に来て、異なる文化に触れて、それでもそこに同じ“日常”があることの尊さに、胸が温かくなった。


それからの2日間、私はこの旅の思い出を形に残そうと決めた。地元の人に聞いたおすすめの店、通りの名前、景色の美しい場所。市場の裏道にあるパン屋さん、小さな噴水広場、朝日が差し込む路地。ノートに丁寧に記録しながら、歩いた。

最終日。ナイラと自分用に、旅の記録をもとに手作りの地図と「おすすめスポット案内」を二部作った。そして、もう一部を手に、あの初日に値切り交渉をした布屋のおばちゃんの元を再び訪れた。


「おばちゃん、この前はありがとう。たくさんおまけしてくれたお礼に、これを受け取ってほしいの」


そう言って、私は旅の記録をまとめた紙を差し出した。地元の人が教えてくれた“この街の魅力”が詰まった地図。おばちゃんは目を丸くして、それを受け取った。


「……あんた、何者なの? ほんとにただの学生?」


「うん。ただの旅好きな学生。でもね、この街が本当に素敵だったから、他の人にも知ってもらえたらいいなって思っただけなの。この紙を参考にしてくれてもいいし、もっと素敵なものを作ってくれても。使い道はお任せするよ」


そう言って、私は笑って手を振り、その場を後にした。

――のちに、その布屋の店先には、街の観光案内図が掲げられるようになり、「旅の少女がくれた地図」として語り継がれることとなる。それはいつしか、この街の“案内板”として、訪れる人々を迎える小さなシンボルになったのだった。


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