表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/101

第十三話 謁見後の余波

翌朝、セレスティアが王城に呼ばれたという噂は、あっという間にクラス中に広がっていた。登校してすぐに、数人のクラスメートたちが興味と心配の入り混じった顔で彼女に声をかけてきた。


「どうだったの? 何か問題があったんじゃないの?」


その問いに、セレスティアはふわりとした柔らかい微笑を浮かべて答えた。


「いえ、特に深刻な話ではありませんの。ただ、魔道院での研究と訓練が一段落いたしまして、今後は通う必要がなくなっただけですのよ」


控えめな口調で、あくまで日常の一部だったかのように語ったその様子に、周囲は一応納得したように頷いてはいたものの、完全には腑に落ちない表情も混じっていた。


だが、第三王女ティアナだけは違った。彼女は前夜、父であるアルドレア王から直接、セレスティアとの謁見の内容を聞かされていたのだ。どこまで伝え聞いたのか、そこは定かでないが、王女は自らの机に向かったまま小さく頷き、「あの子なら、そうなるでしょうね」と小さくつぶやいた。その姿は、年下の少女が想像以上に鋭く、聡明であることを確かに認めた証でもあった。


その日の放課後、セレスティアはかつて魔道院に通っていた時間がぽっかり空いたこともあり、久しぶりにナイラと話をしようと、経営科の棟へ足を向けた。


途中の回廊で、騎士科の制服を着た生徒たちの一団とすれ違う。その列の少し後ろ、ただ一人で歩いてくる男子生徒の姿が目に入った瞬間、彼女の足がわずかに止まった。――ユリオ・バルデック。かつての婚約者。けれど、今はもう他人に過ぎない。


彼女は何事もなかったかのように再び歩を進めようとしたが、不意に背後から名を呼ばれた。


「……セレスティア?」


その声には応えず、そのまま前を向いて歩く。しかし、彼が駆け寄ってきて、思わず腕をつかまれた。


「セレスティア、すまない。怒っているんだろうか……」


その言葉に、セレスティアは静かに、しかし明確に言い放った。


「申し訳ございませんが、どちらのどなたかは存じ上げませんわ。名も告げず、いきなり令嬢の腕を掴むなど、無礼が過ぎますこと」


ユリオは、目を見開いた。


「な……何を言ってるんだ。俺たちは婚約してたじゃないか!」


「その婚約は白紙になりました。今は見ず知らずの他人ですが? 何か認識に誤りが?」


淡々とした口調の裏に、氷のような冷たさが潜んでいた。


そのやり取りの一部始終を、少し離れた位置からナイラと彼女のクラスメートが目撃していた。気まずい空気に気づいたナイラは一歩踏み出そうとしたが、セレスティアの周囲に漂う温度の低さに、思わずその足が止まった。


ユリオはそれでも諦めず、なおも言葉を続けた。


「婚約が終わっても、俺たちは知り合いだし……友達くらいにはなれるんじゃないかって……」


その言葉に、セレスティアは目を細め、口元に皮肉な笑みを浮かべた。


「……はあ? 婚約が破談になっても“仲良しこよし”ができるんですって? 頭でも打ったかしら。もしかして夢の中か何か? 私、あなたのこと一度たりとも“好き”だなんて思ったこと、ないわよ。興味もなければ、関心もなかった。そんな相手と“知り合い”? “友人”? 笑わせないでいただける?」


言葉は静かだったが、その毒の効き方は致命的だった。


「正直ね、今日久しぶりにナイラと楽しい話でもしようと思って、ウキウキしながら歩いていたの。なのに、よりにもよってクズと遭遇するなんて。怒ってるかって? 怒りしかないわよ。あんたの顔を見た瞬間に気分が地に落ちた。さようなら。――もう二度と話しかけないでちょうだいな」


そう言い残し、セレスティアは背を向けた。


そして、ナイラの姿を見つけたとき、ふと頬を赤らめたような気まずさを漂わせながらも、小さく笑って彼女のもとへ歩み寄った。


後ろでは、ユリオが言葉を失い、まるで抜け殻のように立ち尽くしていた。


ナイラは少しばかり困ったように笑いながら、「よかったの?」と問いかける。


セレスティアは首を軽く振った。


「知らない人だったから」


その一言で、全ては終わった。ナイラは「そっか」とだけ返し、二人並んで歩き出す。


ナイラのクラスメートは、あっけに取られたまま、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。


セレスティアは今日も、迷いなく前を向いて歩いていく――過去ではなく、未来だけを見据えて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ