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第十二話 謁見の少女、静かなる咆哮

謁見の間に、制服姿の小柄な少女が姿を見せたとき、その場に居合わせた者たちは一様にざわめいた。


確かに、顔は見知っていた。以前、創造魔法の初披露の場において、その可愛らしい容姿と涙を滲ませた演技に、多くが胸を打たれたあの少女――サフィール家の次女、セレスティア。


だが今日、その場に現れた彼女は、何かが違っていた。


肌に纏う空気が澄んでいながらも鋭く、眼差しは静謐にして深く、まるでこの場の誰よりも場の重みを知っているようにさえ見えた。


彼女はカーペットの中心まで進み、長いスカートの裾を丁寧に持ち上げ、深くカーテシーを取った。


「サダール王アルドレア陛下に謁見賜り、深く感謝申し上げます。サフィール家次女、王立学園高等部特別科一年、セレスティア――陛下のご下命により、馳せ参じました」


その言葉は、澄み渡る鐘の音のように場内に響いた。


王はしばし目を細め、そして穏やかな声で告げた。


「顔を上げよ。学業の途中を呼びつけてしまい、心苦しく思う。……そなたの考えを聞きたい。創造魔法について、もう少し協力を深めてはくれぬか」


その言葉に、セレスティアは静かに頷いた。そして、もう一歩前へ出る。


「恐れながら、発言の許可を賜りたく存じます」


「構わぬ。そのほうの意見を、遠慮なく述べよ」


一呼吸、空気が静止する。


「では、僭越ながら申し上げます。創造魔法――この力は、皆さまがご懸念の通り、確かに武力にも転用可能な代物でございます。魔道院が、わたくしに対してその限界を探り、精密に測定したいと考えておられるのも理解しております」


言葉に、少しも淀みはなかった。


「けれど、その先を見据えたとき、果たしてそれが“安全”と呼べるものなのか。仮に、わたくしの力の限界を国が完全に把握したとして、その情報は果たして国の中だけで留まるでしょうか。秘密とは、ひとたび共有された瞬間に、もはや秘密ではありません。他国に流れ、利用され、国を巡って争いが起きる可能性を否定できますか?」


謁見場の空気が、すっと張り詰める。


「わたくし自身は、この国が戦火に晒される姿など、見たくはありません。それだけではなく――この国の内側においてすら、情報を得た者が力を悪用する可能性。わたくし自身が、“便利な道具”として、個人の意思を無視され、幽閉される可能性。そして、力を恐れた誰かによって命を奪われる可能性」


その場の誰かが、小さく声を呑む音が聞こえた。


「皆さまは、どれだけの“覚悟”を持って、協力をお求めでしょうか? わたくしは既に、相応の協力を果たしております。それ以上を望まれるのであれば、曖昧な“責務”などではなく、明確な“目的”と“内容”をご提示くださいませ。……本来、協力とはそういう形をとるべきではありませんか?」


そう言い切ったセレスティアの眼差しに、誰もが言葉を失った。


そこに立っているのは、確かに十三歳の少女だった。しかし、その精神は、はるかに多くの修羅場を超えてきた者のそれだった。


そして、沈黙を破ったのは軍務卿――ディオラン・ハルシュタイン。


苛立ちに満ちた顔を向け、声を荒げた。


「陛下、よろしいでしょうか」


「……許す」


「お前はなぜ、創造魔法という奇跡の力を持ちながら、それを国のため、民のために使おうとせぬ? 国防に活かせば、他国から脅かされることもなくなる。魔獣に対しても防衛線は強化される。お前の父が命を賭けて戦っているというのに、娘であるお前が力を出し惜しみして何になる! それでも家族を思う心があるのか!」


場内に怒気が渦巻く。


だが――セレスティアの反応は、至極冷静だった。いや、むしろ……冷ややかだった。


「陛下、再び発言の許可を」


「許す」


「ありがとうございます。それでは、ディオラン卿にお尋ねします。具体的に、“どのようなもの”をご所望でしょうか? “国防に役立つ道具”とは、何を指しますか? “魔獣を退ける兵器”とは、どのような性能、形状、材質、大きさを想定されていますか?」


静かな口調だったが、その言葉は鋭く正確に切り込んでいた。


「お答えいただけませんか? ……でなければ、なぜわたくしが曖昧なイメージを元に、全知全能でもないこの小さな頭で想像し、創造せねばならないのです?」


一瞬、場が凍りついた。


「ちなみに、“監禁しての躾”に関してはご遠慮申し上げますわ。十三の幼い娘に熱を上げ、閉じ込めようなどとお考えとは……。まさか、そのような趣味をお持ちとは存じ上げませんでした。奥方にお話しする前に、わたくしの周囲にも警鐘を鳴らしておきますね。“ディオラン卿にはその傾向があるので、近づかぬよう”と」


「……っ」


その瞬間――空気が、明らかに変わった。


場にいた誰もが感じた。肌に触れるような冷気が、すうっと広がる。それは比喩ではなく、現実に空間が冷えたような感覚だった。


(……怒った)


誰もが悟った。セレスティアが、本気で怒ったのだと。


王、アルドレアは、静かに深いため息を吐いた。


「……貴重な意見、確かに聞き届けた。セレスティアよ、今後、創造魔法の取り扱いについては“王預かり”とし、協力が必要であればまずこの私を通して交渉するよう、魔道院にも通達を出すこととする。今日のところは、よく来てくれた。気をつけて帰るがよい」


「ははっ」


セレスティアは静かに、しかし深く優雅なカーテシーを取ると、そのまま謁見場を後にした。


扉が閉まった瞬間――


誰ともなく、場の空気がやわらいだ。肌に纏っていた冷気がすっと消えていく。


その場にいた誰もが、確信した。


――あの少女を、怒らせてはならない。


それが、会議に集った全員の“暗黙の了解”となったのだった。


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