第十一話 謁見の刻、鋼の意志を纏いて
魔道院での対話から、わずか三日。
だが、その三日間のあいだに、王城の空気は目に見えてざわついていた。
表向きは平静を装っているが、重鎮たちの間では、セレスティアという“十三歳の少女”に関する意見が真っ向から対立していた。
「未知数すぎる。創造魔法がここまで精緻であれば、産み出せるものの範囲は……無限とも言える。下手に縛れば、何を選択するか分からない。彼女は従順な子供ではない。慎重に、穏便に交渉を重ねるべきだ」
それは魔道院・創造魔法研究局局長セラフィム=レーヴァンタールの意見だった。彼は三ヶ月にわたり、セレスティアの観察と接触を続けていた。そして何より、彼女の裏にある知性と意志の鋭さを誰よりも理解していた。
「それは甘い。十三の小娘一人にここまで手間をかけるとはな。いっそ監禁でもして、きちんと躾けた方が早いのではないか? 協力は貴族として、国民として当然の責務だろう。魔道院は何をしていたのだ」
苛立ち混じりにそう言い放ったのは、軍務卿の《ディオラン=ハルシュタイン》。古くから王に仕える側近で、力による統制を是とする人物だ。彼にとって“個人の自由”など、国の秩序を揺るがす幻想に過ぎなかった。
会議の場は割れ、緊張が募っていた。
そして――静かに、けれど確実に均衡を保っていたのは、サダール国王アルドレア陛下その人だった。
「……彼女の言葉を、私は聞きたい。直接、目を見て話してみなければ、判断を下すべきではない」
王のその一言で、場は沈黙した。
間もなく、王立学園に連絡が入った。特別科の授業中に学園長が呼び出しを伝えると、教室の空気がすぐさまざわめいた。
「王城からのお召し……?」
誰もが固唾を飲んだ中、セレスティアは席を立ち、落ち着いた仕草で荷物をまとめ、微笑すら浮かべていた。
だが――内心は、既に全てを計算済みだった。
(……ようやく来たか)
魔道院との対話で、彼女は一線を越える覚悟を決めていた。創造魔法という、規格外の力を持つ者がどう扱われるか。支配か、隷属か、利用か――いずれにせよ、ただ従っていては未来は奪われる。
だからこそ。
彼女は既に、“逃げる”ための準備を終えていた。
転移魔法。試してみたら案外簡単に成功した。距離と制限はまだ未知数だが、緊急脱出には十分だ。
マジックバッグの中には、逃亡に必要な最低限の生活用品を詰め込んである。衣類、寝具、携帯型浄水器、保存食。魔法で時間停止をかけた食料は腐敗もなく、数週間は持つ。
創造魔法で作った“前世のタブレットに酷似した装置”には、地図アプリもどきが搭載されていた。立体的に地形を表示し、位置情報と現地の映像をリアルタイムで把握するという代物。魔石と魔力回路による完全独自設計――魔導技術の常識を逸脱した代物だった。
当然、こんなものが国に知られれば、技術的に軍事転用が可能な“戦略級魔導具”として即座に差し押さえられる。
それだけではない。攻撃毒物無効化のブレスレット。精神支配を遮断する指輪。敵意や殺意を感知した際、自動で転移魔法を起動させる右耳のピアス。魔法そのものを無効化する効果を封じる左耳のピアス――全て、自衛のために用意された創造物だった。
誰にも見せていない。誰にも、気づかせていない。
彼女はずっと、微笑みながら、すべてを“整えて”いたのだ。
――王城の正門が見えてきた。
重厚な石造りの回廊を歩きながら、セレスティアは心の中でひとつ息を吐いた。
(さあ――始めましょう)
謁見の間へ向かう足取りは、静かで、そして揺るぎなかった。
十三歳の少女が背負うには、あまりに重く、あまりに複雑なこの状況を。
それでも彼女は、何ひとつ怯えず、自らの意志でその扉を開ける覚悟を、すでに持っていた。
彼女の瞳に宿るもの――それは、“選ばされた者”ではなく、“選び取る者”の光だった。