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第十話 真実と交渉のはじまり

今日も、学園の授業を終えたセレスティアは、何事もなかったように魔道院へと足を運んだ。既に三ヶ月、こんな日々が続いていた。学園では“特別科の飛び級生”として注目を浴びつつも、穏やかに過ごしていたが、魔道院での彼女は、まったく別の顔を持っていた。


創造魔法――その希少かつ未知の魔法に関して、セレスティアは意図的に“幼い少女らしい”表現に徹していた。ぬいぐるみ、リボン、髪飾り、ハンカチ、ノートや万年筆、小ぶりのハンドバッグなど、生活に寄り添った“可愛らしいもの”ばかりを創り出し、のらりくらりと本質を煙に巻いてきた。


だが、それも――今日で終わりを迎えた。


「……構造が、あまりにも精巧すぎる」


そう指摘したのは、魔道院・創造魔法研究局の局長である《セラフィム=レーヴァンタール》。切れ長の目に銀縁の眼鏡をかけた初老の男性で、かつては王立学園の魔法理論科の主席教授でもあった人物だ。彼の隣には、魔道院副総長《ミルドレッド=クライヴァン》が座し、その後ろには重鎮である魔道院総長《ハロルド=ヴァスティア》が無言で控えていた。


「セレスティア嬢。創造魔法とは、構造と原理を理解して初めて成立する術式のはず。にもかかわらず、あなたが創り出した物は、まるで魔道工房で制作されたかのような完成度を持っている。どこで、それを学んだ?」


セラフィム局長の問いは、鋭利な刃のようだった。もはや逃げ場はないと、セレスティアも感じ取っていた。


静かに椅子に腰を下ろし、彼女はふぅと小さく息を吐く。


「……その質問に答える前に、いくつか条件があります」


「条件?」


「はい。これから話すことの真偽を問わないこと。加えて――私の未来を制限しないこと。それを、今この場で、三人の責任のもとに確約していただけますか?」


会議室の空気が重く沈む。ミルドレッド副総長がわずかに眉を寄せ、ハロルド総長が手を挙げて制した。


「……約束しよう。内容に応じて、王陛下への報告は必要かもしれないが、家族や学園、騎士団、軍部には開示しない。君の自由を損なうことも、しないと誓う。君の言葉を、信じよう」


その一言に、セレスティアはそっと目を閉じた。まるで何かを切り替えるように、次の瞬間には、これまでの“可愛らしい少女”の雰囲気がすっと消えていた。


「では……本題をお話しします」


声が落ち着き、目の奥に冷静な光が宿る。その語り口は、幼い少女には到底似つかわしくない重みを持っていた。


「私は……前世の記憶を持っています。かつての私は、この国とは違う、魔法の存在しない世界で暮らしていました。年齢は四十。夫と子供がいて、仕事と育児と家事に追われる、ごく普通の女性でした」


しんと静まり返る室内。誰もが、息を飲んでいた。


「ある日の仕事帰り、駅の階段で倒れ、そのまま意識を失って……気づけば、この世界に転生していました。最初は混乱しました。でも、前世の記憶が戻ってからというもの――誰かのために尽くすことばかりだったあの人生が、空虚で仕方なかった。だから私は今世、自由な未来を選び取るために生きたいと強く願ったのです」


「だから創造魔法の使用対象を“あえて”身近なものに限定していたのですね?」


そう尋ねたのはセラフィム局長だった。


「はい。創れるからといって、創りたいわけではありません。私にとって創造魔法は、生きるための道具であり、鍵であり……武器でもあります。だからこそ、必要以上に力を見せることは避けてきました。精巧さを突っ込まれるとは思いませんでしたが」


淡々と、けれど一言一言に芯を持たせながら、セレスティアは言葉を紡いでいく。


「……で、ここまで話して。私に何を期待しているんですか?」


挑むように、彼女は問いを返す。その声音は、年齢以上の重みを帯びていた。


ミルドレッド副総長が答える。


「創造魔法の可能性を国として検証し、国のために役立てたい。ただそれだけです」


「それだけ? で、私はどこまで“差し出す”必要があるのかしら」


「責務を果たすのは、誰しも国民として当然のこと。あなたも……」


「すでに協力はしてますよね? 魔道院への通達、測定、創造の実演、報告……私は十分に対応していると思います。これ以上、何をさせたいのか。その“内容”によっては、私は交渉を打ち切るつもりです。だって私は、この世界で、ようやく自分の意志を持てたんですから」


明確な拒絶の気配に、三人の表情が曇る。


しばし沈黙が流れ――やがて、ハロルド総長が口を開いた。


「……本件は、君の話をもとに、王陛下と直接協議する必要があるだろう。ここから先は、魔道院だけの判断では難しい。今日は、ひとまず戻ってくれ。すぐに連絡を入れる」


セレスティアは、静かに頷いた。そして椅子を立ち、くるりと踵を返す。


出口へ向かう背中は、十三の少女とは思えぬほど、堂々としていた。


――その小さな背に、三人は思う。


この少女は、間違いなく未来を動かす存在になるだろうと。

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