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水切り

 夏のとある田舎町。蝉の声がじりじりと響き、細いコンクリートの畦道の上に空気が揺れる。太陽は快晴であるのをいいことに白く光る。真夏日であろう三十度は優に超えているためかなり暑いだろうが、青田風が吹き、一時の心地よさを生む。


 田舎町の真ん中あたりで細い川が通り、東と西で二つに別れている。その上流にある少し大きな池。西側で二人の子供が楽しく遊んでいた。

 木々が生い茂り虫が何匹か飛び交う池のほとり。もちろん蝉の声も響いている。たくさんの石ころが敷かれたそこで、二人は声を上げて遊ぶ。麦わら帽子を被り、白地のシャツを着て、ジーンズの短パンを穿いて。木の葉一枚一枚が日を遮り、風通りの言いその場所は、こんな暑い日でも、部屋でエアコンを使う時のように涼しい。

 麦わら帽子を被った男の子の名前は千春(ちはる)。もうそろそろ七歳を迎える元気な男の子だ。小麦色の焼けた肌に、つい最近膝が擦りむいたのか、少し大きめの絆創膏を貼っている。

 もう一人は服装はほとんど一緒だが、日陰にいるので、麦わら帽子を脱ぎ、帽子の紐を首にかけて千春と遊んでいる男の子の名は(れお)。肌をかなり露出しているというのに、白く綺麗な肌をしている。


「負けたー!!」

「へへっ、僕の勝ち!」


 千春と澪の二人がしているのは水切り。平らな形の石を投げることで、石が水面を何度か跳ねる、川などの水辺でよくやるような遊びだ。千春は五回、澪は七回。回数を競っているため、千春は負けたのだ。

 一週間ほど前から知り合った二人は、ここ最近、日が落ちるまでずっと水切りをしている。


「ねぇ~コツ教えてよ~」

「教えな~い」

「じゃあ今度駄菓子買ってくるから、教えて?」

「教えなーい!」

「えぇ~?いいじゃ~ん」


 ここまで全敗の千春。コツを聞こうにも教えてくれず、取引を持ち掛けてお菓子で釣ろうとしても、なかなか引っ掛かってくれない。それでも千春は負けず嫌いなのか、単に水切りが楽しいのか、取りつかれたように水切りをずっとしている。


「これじゃないな……」

「これじゃないね」

「あっ、これは?」

「うーん……ちょっと重い?投げられるかな」

「あっ!じゃあこれは!」


 千春と澪が次の石を探していると、澪がふざけて大きな石を力いっぱい池目掛けて投げる。


「「ギャア!!」」


 大きく水飛沫を上げて二人の体に少しだけかかる。冷たい水にびっくりしたのか、二人とも甲高い声で叫ぶ。それぞれの声を聞いた二人は面白そうに腹を抱えて笑いだす。


 笑いが収まり、再び石を探す。


「これ!!いいんじゃない?」

「いいね。じゃもう一個探そ!」

「うん!次こそ勝つぞ~!」

「負けないもんね!」


 石が用意できたところで二人はベーゴマを投げるように構え、一度目を合わせる。千春の石は滑らかな青銅(ブロンズ)のような色をした楕円形の石。澪の石は鈍色(にびいろ)をした滑らかな卵型の平らな石だ。

 お互いがしばらく目を合わせていると、千春が先に池の方を見る。それを見た澪も同様に池の方を向く。


「いっ……」

「せー……」

「「のーで!!」」


 二人同時に石を水平に投げる。同時に宙を舞った石は同じような軌道を描くが、千春の石が先に水面に付き、一回弾く。

 二回弾くタイミングで澪の石も水面を弾く。

 風が弱く、波があまりたたない池に水紋が広がり、浮いている緑の葉が揺れる。


「また負けた~!」


 千春が小さくジャンプし砂利を踏みつけ音を立てながら叫ぶ。

 彼は六回、澪は七回。差を縮めたものの、負けたことに変わりない。


「ふふーん!千春が僕に勝つなんて一億光年早いんだよ!」

「それなら僕は一億光年かける一億光年分生きてやるもんね!」

「じゃあそれの一億光年倍早いね!」

「それなら───」


 距離を示す光年の「年」を一年と同じ使い方をしていると考えているのか、間違った知識を当然のように使い言い争う。それも相手の言った言葉にさらに付け加えるだけなのだが。



    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    




『五時になりました。良い子はお家に帰りましょう』


「じゃあ、お家に帰るか!」

「うん!」


 五時を告げるアナウンスが静かな森にこだまする。蝉の音は止んでこそいないものの、音を出す蝉はほとんどおらず、アナウンスの音にかき消される程小さい。

 二人はアナウンスを聴き、池から離れて帰路に就く。


「そうだ、澪は、なんて名字なの?」

「僕の名字?僕の名字はね……」

「なになに??」

「『すーぱー最強』だよ!」

「嘘つけ!泥棒のはじまりだぞ!」

「バレちゃった?」


 千春が澪の名字を聞く。澪は冗談で変な名字を言う。それを千春は分かっているため、ツッコんで反応する。


「僕の本当の名字は、『白波(しらなみ)』って名字だよ。でもどうして突然そんなこと聞くの?」

「いや、お母さんがお礼したいからって、お家どこか聞こうとしたんだけど、僕人のお家覚えられないから名字聞いて来てって。」

「ふーん。あ、信号だ。じゃ、また明日ね!」

「うん!ばいば~い」


 町に一つしかない鉄臭い錆ついた信号で二人は手を振って別れる。

 千春は道端に落ちていた少し長い棒を拾い、歌を口ずさみ棒を振り回しながら家に帰る。


「ただいま~」


 自宅へ戻り、靴を雑に脱いでリビングへと続く廊下を駆け抜け、すぐさまリビングへと向かう。拾った棒はドアの隣に立てかけておいてある。


「晩御飯できてるから、手を洗ってきなさい。」

「は~い」


 千春の母がキッチンから声をかける。千春は手をしっかりと、爪の先まで洗った後、ご飯を運ぶためキッチンへと向かう。


「今日の夜は生姜焼きよ。ママとパパとお婆ちゃんのお箸と千春のスプーンとフォーク、全員分のコップを持って行ってくれない?」

「うん!僕なんでも運べるよ!」


 箸とスプーン、フォーク、コップを持っていく。

 千春の母は、よそった米と味噌汁を机に並べ、主食である生姜焼きを人数分並べる。

 生姜焼きはキャベツに立てかけるように盛られ、肉の油で宝石のようにキラキラと輝いている。


「あなたー!お母さーん!ごはんですよー」


 千春の母が呼びかけると、二人がリビングにやってくる。大人全員が正座をして、千春は小さな椅子に座る。座ったのを確認して、全員が手を合わせると、


『いただきます』


 明るい千春の声がリビングに響き、全員が晩御飯を食べ始める。

 最初は全員が一心不乱に生姜焼きとホカホカの白米を口いっぱいに頬張っていたが、少し経つと、千春の母が口を開き、話し始める。


「そうだ千春、お友達の名字聞けた?」

「『しらなみ』さんだって。」

「分かった。今度ママね、その子のママのところに挨拶に行ってくるわ。」


 母は、自分の聞きたいことを聞き終えると、再度ご飯を食べることに集中し始め、無言になった。

 話し終わったことを確認して、祖母が口を開く。


「千春、明後日から何があるかわかるかい?」

「分かんない!」

「……そうかい。明後日からお盆ですよ。」

「お盆って何だっけ?」

「死んじゃった人たちをお参りしに行くことですよ。それと、千春は最近、池の近くで遊んでいるって言っていたね?明日で遊ぶのは最後。お盆の間は水辺に近づいちゃいけませんし、山にもあまり入ってはいけませんからね。明日、そのお友達に『また来年会おうね』ってバイバイしてきなさい。」

「はーい……」


 千春は力なく祖母の話を理解したかのように返事する。

 明後日からお盆。水辺には死んでいった霊が集まり引きずりこまれるという話と共に祖母は千春に説明を始める。ただ、千春はせっかくの長期休みを出来る限り満喫したいのだ。祖母の話に力なく返事することにも納得いくだろう。

 その後は黙々と、全員が夕飯を食べ進めるのだった。


    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    



 朝。蝉が元気に泣き始め、太陽が熱気を振りまき、地面を照らす。そんな中でも、千春と澪の二人は池に集まり水切りをして遊ぶのだった。いつにも増して水辺が涼しく感じ、木漏れ日が、水辺に光りを散らし、爽やかに感じさせてくれる。

 何回か水切りで競い、練習といった形で石を拾ってはひたすら投げる時間になった。そのタイミングに合わせ、昨日祖母の言っていた言葉を澪に伝える。


「明日から、お盆でお化けがいっぱい集まるから、今年はもうここに来れないって。今日で最後なんだって。」

「えぇ~?別にバレないようにここに来ればいいじゃん!」

「でも、ママとお婆ちゃん、怒ると鬼さんよりも怖いからなぁ……」

「そっかぁ。僕のママも怒ると怖いよ」

「へー。どんくらい?」


 石を投げながら会話を続ける。そうしてしばらく『どっちのママが怖いか』というのを決めるために話し合っていたが、その勝負は千春の方が勝った。


「そうだ、今日で最後なんだし、コツ教えてよ」

「いいよ。」

「いいの!?」


 澪が突然、千春の要求を吞む。すると、澪は丁寧に教え始めた。


「鉛筆を持つみたいに三つの指で支えるの。そして手首を回すように下から投げると、ほら。いっぱい跳ねる」

「おおー!!」


 千春は驚きのあまり、思わず拍手した。

 拍手が終わると、突然身震いしくしゃみをした。


「どうした?」

「いや、なんか今日夏なのにちょっと寒いね。」

「そう?涼しいから、風邪でも引いたんじゃない?」

「そうかな?」


 鼻をズビズビさせながら、人差し指で鼻を擦る。


「最後に、一番大事なのは、石の形。楕円形じゃなくって、こんな感じの円に近くて、ちょっとつるつるしている石。小さすぎても重すぎても、薄すぎてもダメ。丁度いいのを探すの。」

「ほへー」


 千春はそのことを聞くと、石を探し始める。だが、狙いをつけて探してみると、不自然なほどに見つからない。


「見つからない?」

「うん!見つかんない」

「じゃあ、こっち来て。」


 澪が水のほとりまで手招きをする。千春が近づくと、澪が水の中に手を突っ込み、石を拾う。


「水に浸かっているのは角が無くなって丸くなってるから、いい感じの石を見つけられるよ。」

「ほんと!?じゃあ頑張って探してみる!」


 とは言ったものの、池はいつにも増して底が見えず、水も、透明というより黒に近いくらいだ。

 なぜ澪が石を探せたのか。そんな疑問に至る間もなく、事件は起きた。

 水飛沫が立つ音と共に、千春が溺れる。足元の見えない水辺で足を滑らせてしまい、転んでしまったのだ。

 ほとりとはいえ、異常なまでに深い池。千春の身長では足がつかず、体勢を安定させることが出来ない。ましてやまだ六歳程だというのにこんな状況で冷静になれる方がおかしい。千春は混乱し、体を滅茶苦茶に動かし暴れまわるが、浮き上がるどころか、少しずつ沈んでいく。

 ついに顔までが水に浸かり気泡を口から漏らしながらさらに沈んでいく。真っ黒な水中。目を開いていても閉じている時と同じように何も見えない。


 その時。上の方から白い泡がキラキラと光り、人影が落ちてくる。千春と同じくらいの大きさの人影の正体は、澪だ。

 助けに来てくれたのだと安心した彼だったが、何かおかしい。澪が、自分よりも速く泳ぎ、上から抱きついてくる。

 そして、水中ではっきりと聞こえるはずのない澪の声が響く。


「見ッケたヨお。僕ノッ?か、代わァリ」


 口から気泡を漏らさずにそう言葉に話し、耳元まで口元を伸ばすほどに口角を上げて笑いながら千春をさらに深くまで引きずり込む。池とは思えないくらい異常なほどに深い空間にさらに引きずり込む。見えていた水面の光も気づけば無くなっていた。

 千春は必死に気泡を口から出し、体を動かし続けるが、澪の抱きつく力と、水の抵抗により、満足に動けないでいる。


「もう……だ……め……」


 水中で誰にも聞こえないか細い声を上げ、段々と視界がぼやけてくる。だが、はっきりと何かを叫ぶ声だけは聞こえる。


「───ッ!!──春ッ!千春ッ!!」


 母の声で目が覚める。水を吐き出すように思いっきり咳き込み、激しく体を動かして呼吸をする。周りには彼の母と祖母、そして、見知らぬ女性が一人だけ、心配そうに千春を見ながら立っていた。


「よかった……てっきり溺れちゃったのかと……」


 聞く話によれば千春にとっては深い深い池に引きずり込まれたように見えていたが、母にとっては水面でピクリとも動かず浮いていたそうだ。


「あれ……澪は……?」


 千春は最初にその質問をする。なぜこの場にいないのか、そもそもなぜ自分を溺れさせようとしたのか。


「千春……くん、私は澪のお母さんなの。あなたは、ついさっきまで楽しく遊んでいたようだけども……その……実はね……」


 澪のお母さんを名乗る女性は、目から涙をボロボロと流しながら千春に話す。


「去年、ここで死んじゃったの。」

「え、でも、さっきまで……」


 千春は状況が理解できない。さっきまで一緒にいたというのに。去年死んだという事実が理解できず、混乱している。


「きっと、お盆を待ち切れない澪が水辺の霊力が強まったタイミングで引きずり込んだんだろう。千春、家に帰るぞ。」


 千春に知らないが、彼の母たちがここへ来れたのは、母が菓子折りを持って田舎町に一つしかない白波家へ寄った際、子供がいないということを聴き、千春の遊び場であり、澪が死んだ場所である池に寄ったところ、千春が水面で浮いていたのを発見したというわけだ。


 家に帰り、遊ぶ手段、遊んでいた澪がいなくなり、暇になった千春は、自分の部屋へ行き、未だ終わっていない宿題を取り組み始める。


 椅子に座った時、後ろから声が聞こえる。


「見ぃツけたァ」


 千春は何かに抱き着かれた。






















『次のニュースです。Y県のX町で昨夜、六歳の少年が自室で死亡しているのが発見されました。死因は溺死ですが、近くに液体はなく、警察は当時自宅にいた家族全員に事情聴取を行っているとのことです。』

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