終わりの始まり
そしてまたここにも、クラルテの魅力に魅せられた若者が一人。彼の名前はヒース・クレリック。いわゆる『神の子』と呼ばれる人々の一人である。
「叔母さん、俺、行ってくるよ」
ヒースは、少し遅い昼食を食べながら、台所のマリに言った。
「行ってくるって何処に?」
「世界を見てみたいんだ」
「もしかしてあんた、ジャンキーの忘れモノを探しに行くって言うんじゃないだろうね。ダメだよ、やめときなっ。うちのアホ息子もそう言って出ていったっきりもう4年になる。きっとどっかの蛮族にでも殺されたんだろうね」
マリが実際にはそう思ってはいない事は容易に想像がついた。その証拠にマリの声は震えていた。
「違う。俺はそんな宝にはこれっぽっちも興味はないんだよ。ただ世界を見てみたい。そして大秘宝を見つけて粉々に砕いてやるんだ。5年前からこの世界は何かに取りつかれたように暗く氷ってしまった。変えたいんだよっ。俺の手でこの世界をもう一回創り直すんだ」
「駄目だったら駄目だよっ! ……もう、大切なものを失うのは嫌なんだよ」
マリの背中が震えている。
「叔母さん……。でも、俺にはできないっ。大切な何かを失うのを恐れて、目の前で失われていく人の心を指を加えて見てるなんて。今自分にできる事をやりたいんだ」
「……」
少しの沈黙を切り裂いたのはマリの言葉。
「実は昨日夢を見たんだよ。あんたがいなくなる夢。夢の中で、あんたこう言ってたよ。『たとえ明日世界が滅ぼうとも、俺は今日リンゴの木を植える…』」
「……」
ヒースは言葉に詰まった。
「何してるんだい。早く行きなさい。もう世界の終わりはそこまで来てるよ」
そう言うとマリはありったけの金貨をヒースのポケットに詰めた。
マリは驚くほど笑っていた。その代わりヒースの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「涙はここに置いて行きなさい。これからあんたは数え切れないほどたくさんの涙を見に行くんだから」