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第九章 御前会議 3

 内宮妓官が一人で護る北院の表門を抜け、ひょうたん型の内大池を右手にして一路東院へと急ぐ。石段を登って桃果門を抜け、中門を抜けて桃の古木の下を通る。


「申し桃果殿の方々! 白梅殿ただいま参上いたした!」

 宝紗が堂々と名乗るなり、桃果殿の官服たる濃い紅色の裳衣をまとった小柄な若い女官が現れた。

 蘭涼は仰天した。


大嬢(ひめさま)!」


「斑竹房、表の場では新内侍と呼べ」と、玉楊は澄まして答えた。小作りで繊細な丸顔に東院風の古風な化粧を施し、額に紅で花鈿を描き、黒髪を双つの環の形に結って、珊瑚の珠のついた金歩揺を左右に三本ずつ挿している。

「これは(さき)の石楠花殿さま!」と、宝紗が畏まる。「お取次ぎかたじけのうございます」

「白梅殿、新内侍だ。部屋にこもって一日中茶ばかり飲んでいても詮方ないしの。奥仕えとしての仕事を覚えようと思うのだ」

「洛中紅家の姫君が何もそのようなことをなさらなくても」

「何かしたいのだ」

 玉楊は真剣な口調でいい、ぎこちなく頭を低めた。

「ああー―白梅殿の方々、上がられよ?」

「翡翠さま、翡翠さま、橘庭も一人おりますぞ!」と、柱の陰から古参らしい近侍がこそこそ教えてくる。蘭涼は思わず笑いたくなった。

 大嬢も色々試みているらしい。



 玉楊は滑るような足取りで磨き抜かれた廊を進んでいった。

 左右に突き出す金歩揺が足取りに合わせてシャラシャラと揺れる。

 じきに奥の謁見の間へと着いた。


 正面に濃い紅色の帳を垂らした天蓋付きの椅子が据えられ、服喪の白い裳衣をまとった王太后が座している。小太りで厳つい顔をした四十半ばの婦人だ。左右には緋毛氈が敷かれて、右手に二人、左手に三人の近侍が坐っている。


「桃果殿さま、お召しの者どもを導いて参った」

「ご苦労玉楊。みな入れ。――金蝉、おぬしも坐れ」

 宝紗を真ん中にして右側に蘭涼が、左のやや後ろに金蝉が坐るのを待ってから、玉楊が右手の緋毛氈の上座に坐った。

「すまんの宝紗、忙しいそなたを急に呼びつけて」

「勿体のうございます」

 宝紗が恭しく応じる。

 その声からは心からの敬いが感じられた。

「ところでそなた、東崗の蘭渓道院の首座導師の出自を知っているか?」

 王太后は実にさりげなく訊ねた。

「太上王后さまのご同族でございましょう。洛南の辻に邸を構える塩政秦家の庶子でございます」

 宝紗がごく平然と応える。

 口調からしてあの秘事を知っているわけではなさそうだ――と、蘭涼は察した。これがもし演技だったら空恐ろしい。

「うむ」

 王太后は納得したように頷くと、わずかに声を顰めてつづけた。

「実はこの頃その首座について聞き捨てならぬ噂を聞いての」と、ちらりと玉楊を見る。「首座は先々代さまの御落胤で、御若いころの蘭渓道院さまが、往時の橘庭に命じて密かに宮の外で養わせていたのだと。光祀の初めの話だという」

「それはまた――聞き捨てならぬ流言飛語でございますな」

 宝紗が慎重に応える。

「うむ。流言飛語であればいいのだが」と、王太后は、今度は金蝉を見やった。「金蝉、光祀の初めであれば、おぬしはすでに宮に入っていよう? 何か知ることはあるか?」

 王太后の鋭い目が射貫くように金蝉を見据えた。


 蘭涼は寒気を感じた。

 同時に理解した。


 目の前の一見ごくごく平凡に見える貴女の秘めている知力と胆力は相当のものだ。

 昨年の騒動にも関わらず後宮がいまだに存続できているのは、ひとえにこのお方の才覚のおかげなのだ。



 ――もしも正后として立たれたら、二十年後の大嬢(ひめさま)もこんな風だったかもしれない。



 そう思うなりしみじみとした敬いが湧き上がってきた。


「桃果殿の(めい)である。答えよ宋金蝉。おぬしの知ることすべて」



 王太后が厳かに告げた。


 妓官の督は諦めたように頷くと、顔をあげて訥々と語り始めた。

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